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序章.始まりの前奏曲
14.人の価値
しおりを挟む大慌てで部屋に向かう二人の後を追うと部屋では旦那様が食事を済ませた後だった。
「貴方!食事を!」
「ああ、味がする」
「味覚が解らなくなっていらしたのに…ああ、なんてことでしょう」
涙を流しながら使用人達も大喜びだった。
味覚障害を患っていたなんてしらなかったな。
「このポーションを飲んで味がしたんだが、あまりも美味いので一気飲みしたら食欲がわいてきたんだ」
「それはエリオル様がお下さったポーションではありませんの」
「なんですって!ではエリオル様は魔術師…いいえ、魔導士さまでしたか!」
マーナさんが俺を見て詰め寄るので一歩下がる。
「いえ、私は魔力が少ないので」
「ですが、これほどのポーションを」
「ただの経口補水液なんですけど」
「良く解りませんがハイパーポーションですのね」
全然違うから!
ハイパーポーションと言えばポーションの中で一番回復力が高く魔力も回復してくれる優れモノだ。
その分値段もかなり高く貴族でも手に入れられる者は少ない。
「ハーブと調合して私が作った物で…」
「何?君が作ったと?」
「えっ‥」
ベッドで横たわっていた旦那様は俺を睨みつける。
怖い!
ものすごく怖くて迫力のある目つきだった。
まるで草食動物を狙う肉食動物の目に俺は動けなくなった。
「申し訳ありません。その…粗末な物を飲ませてしまい」
まずい、絶対に殺される。
この屋敷を見る限りかなり高貴な身分であることは解るし、俺なんかが作った物を飲まされたらいい気はしない。
「旦那様!」
「ひぃ!」
立ち上がり俺に近づいてくる。
かなり巨人で武人のような体格に恐れを抱く。
馬車では少し体格がいいぐらいにしか見えなかったが、海坊主みたいに巨体じゃないか!
「あっ…あの」
「ありがとう」
「へ?」
怯えた目で見上げていると軽々と抱き上げられた。
「小さいのに君は素晴らしい賢者様だ。ありがとう」
「そっ…そんな」
父親にですら抱きあげてもらったことがない俺はどうしていいか解らない。
「どうした?具合でも悪いのか?」
「いっ…いえ、こんな風に抱っこしてもらったことがなくて…その」
恥ずかしい。
嬉しい気持ちもあって少し複雑な気持ちになる。
「父親には?」
「ないです」
そもそも俺はお父様とスキンシップをしたこともなければ頭を撫でて貰ったことも遊んでもらったことも一度としてない。
「私は望まれない子供ですから」
「エリオル殿」
「父は武人として優れていて家も武人家系なのですが…私は優れた武人としての才を授からなかったんです」
武闘派一族と謳われるラスカル家にとって俺は恥ずべき存在であってはならないのだから仕方ないと解っているけど。
胸の奥が苦しかった。
「くだらない」
「あっ‥」
愚痴を零してしまった俺は後悔した。
そうだよな。くだらないよな。
「君の父親は実に器が小さくくだらない男だ」
「へ?」
「スキルがないから武人になれない?馬鹿馬鹿しい…では騎士のスキルがなければ騎士になれないと言っているようなものだ。スキルで差別とは最も愚かな行為ではないか」
呆れたと言わんばかりの表情だった旦那様は俺を抱き上げたまま膝に乗せる。
「人の価値は生まれや血筋やスキルで決まる者ではない。どう行動したか、生きている間に何を成したかだ」
「はい…」
「今日のように君が人を助けたこと。その行動は賛美されるべきなのだ」
俺は特別なことは何もしていない。
困っている人がいたら手を差し伸べるのは当然じゃないか。
「人は…特に貴族とは己の保身を最優先に考える」
「けど!」
「全てではないが、そいいう者が多いのだ。とても嘆かわしいが」
言っていることは解る。
俺の祖母も利益を最優先する人だから仕方ない。
「だが、君は醜くなるな。心を美しく持っておくれ」
「旦那様?」
「貴族である以上は純粋なままではいられないだろうが、心まで貧しくならないで欲しい。今日君が私達を救ってくれたように‥優しい心を無くさず気高くあってくれ」
優しく頭を撫でてくれた旦那様の手はすごく大きく感じた。
お父様の手よりも大きくて優しく感じた俺は泣きそうになった。
伯父さん…
俺を可愛がってくれて師でもある大好きな伯父さんと同じ優しい手だった。
「まだ名乗っていなかったな。私はランスロット・ベルクハイツだ」
「エリオル・ラスカルにございます」
この時二人は正式に挨拶を交わした。
けれど、外の世界や貴族の常識がまだ足りないエリオットは目の前にいる人物の正体を知る事はなかった。
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