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第一部目覚めた先は巻き戻った世界
7.寡黙な護衛騎士
しおりを挟む朝一番にクニッツを呼び出し、袋を差し出した。
「お嬢様なりません」
「貴方の為ではありません。私の為です」
さっきからこのやり取りの繰り返しにクニッツは困り果てた。
「本来なら王都にお呼びしてお医者様に見て欲しい所だけど環境が変わると体に悪いでしょう?」
クニッツの母親は重い病を患い寝たきりの状態だった。
今も小さな小屋で暮らしているが、病気が悪化したと風邪の噂で聞いた。
「なりませんお嬢様…そのお金は」
「貴方の為ではありません。私の為に受け取ってください」
クニッツは受け取るわけには行かなかった。
誠心誠意仕えると決め以上は、お金を受け取ってしまえば傭兵達と同じになると思った。
「貴方はずっと私を守ってくださったけど、私は貴方にあげられるものがないのです」
「そのような…」
名門貴族に仕えながらも日陰で苦労させてきてしまったことを悔いていた。
クニッツの腕前ならば近衛騎士に志願することもできるのにそうしなかったのは自分の所為だと思っていた。
「せめて少ないけれど、受け取ってください。お医者様は既に手配しました」
「お嬢様…」
まだもっと幼かった頃。
護衛騎士を選ぶとき、社交界でも悪評のある令嬢の護衛騎士になりたいと言う者はいなかったが立候補したのはクニッツだった。
両親から酷いことを言われても堂々と庇ってくれたが、その所為でラウルの怒りを買ってしまった。
申し訳ないと思っても、あの時は非力でどうすることもできなかった。
(せめて私ができるのはこれだけ)
重い病を患う母親に食べ盛りの妹や弟がいるクニッツにできる唯一のことは食べる物を与え医者を呼ぶことだけった。
「そのうちお邸の近くに家を建ててもらって引っ越せるようにします…もう少し待っていて」
今のエステルでは難しいが近いうちに必ずと約束をする。
「だからせめてこれを」
「ありがとうございますお嬢様」
表情の変わらないクニッツの瞳には涙が溢れていた。
(お優しく美しい我が主…)
何時も傷ついてばかりだった。
誰よりも優秀だったのに認めてもらこともできないエステルを見守って来た。
(これからもお傍にります…我が君)
エステルの想いを受け止め、新たなに誓いを立てるクニッツ。
「早速お願いがあるのだけど」
「なんなりと」
膝を折りエステルを見上げる。
「私に剣術を教えて欲しいの」
「ダメです」
(即答!)
迷うことなくバッサリ言われてしまった。
「何故?どうしてダメなの」
「お嬢様は御令嬢です。剣術を学ぶ必要はございません」
「でも貴族の中にもいらっしゃるわ」
貴族の令嬢の中でも剣術を極め騎士になった女性もいるが、かなり少ない。
「幼いうちに無理をすれば体を痛めます」
「そうですか」
「解っていただけましたか」
クニッツは安堵したのだが、翌日後悔することになる。
教えて貰えないなら我流で剣術を習得しよう決めたエステルは無茶な練習を始めた。
「ハッ!ハッ!」
とりあえず教本を見ながら素振りを始めた。
(なんということだ!)
こっそり隠れて盗み見するクニッツ。
あっさり引いてくれたと思ったが、こんなことになるとは思わなかった。
(あのままでは体が…)
まだ成長しきっていない体で無理をすればどうなるか解らない。
「お嬢様」
「クニッツ」
耐えきれずクニッツは前に出る。
「そのような棒では練習になりません。練習用の剣をご用意しましょう」
「クニッツ!」
「私の負けです」
このまま無理な練習をされるぐらいならちゃんとした練習を見る方がいいと思った。
「でも、このことは内緒にして」
「かしこまりました」
二人だけの秘密ができた日。
エステルはこっそり抜け出してはクニッツと一緒にトレーニングをするようになった。
「ハッハッ!」
「もっと力を入れて」
「はい!」
クニッツは中々のスパルタだったが、エステルはめげなかった。
(そうよ…二度と過ちは繰り返さないわ!)
前世を繰り返さない為に唯一の方法を考えた。
その方法は…
(私がお父様の跡を継げば変えられる!)
ロバートの跡を継ぐためには騎士にならなくてはならない。
近衛騎士第二団を率いるロバートの跡を継ぐには自身も剣術を磨く必要がある。
(そうすれば婚約も白紙に戻せる!)
カルロとの婚約を白紙に戻すにはこれしか方法はない。
フレッツ侯爵家は王族の分家筋に当たるのだが、王位継承権を得ることはない。
ただ現段階ではということだ。
有力な後見人をつければひっくり返すことが可能だった。
ただ婚約関係にあるということは正式に結婚すると決まったものではない。
現時点では婚約者候補になっているだけだった。
にも拘わらずカルロは婚約者のエステルに対して関心を持つこともなく妹のヘレンと懇意な関係だった。
(お祖母様が知ったら激怒するわ)
前世でも堂々と浮気をしていた。
当初はそんなつもりはなかったのだろうが、甘え上手で天真爛漫なヘレンはすぐにカルロと仲良くなり公の場でも腕を組みデートをしていた。
結婚したら義妹になるのだから仲良くなるのはいいことだと思ったが、既にカルロの心はヘレンに向いていた。
今更傷つく必要はない。
恋をしていたのではないのだから。
慕ってはいたが。
(でも当然よね)
誰からも愛される妖精姫と老婆姫では仕方ないのだ。
(でも!)
ここで諦めてはいけない。
なんとしても婚約を白紙に戻すべく、行動を起こさなくては。
(今から死ぬ気で剣術を学ばなくては)
翌日、エステルは筋肉痛で悩まされることになるとは知らすにいた。
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