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正編 第三章

第16話 別れの曲と決断を

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 地下都市アトランティスへの移住計画発足から、半年の月日が流れた。人員以外にゴーレムなどのチカラを用いて進める工事は順調に進んで、ついに王立メテオライト魔法学園の新校舎が完成した。
 地下を照らすための人工太陽の試運転を兼ねて、許可証を取得すれば一般市民も地下都市への出入りが可能となった。こういう方法で、少しずつ住人を地下に慣らしていく方針だ。既に、居住エリアも大半が完成しており、住宅見学会なども行われている。

 封印されていた出入り口を最初に見つけたレグラス伯爵家は、優先して好きな邸宅を選べる権利を取得していた。娘のルクリア、カルミア、妻のローザ……そして、最も地下都市発見に貢献したミンク幻獣のモフ君を連れて、久しぶりに家族全員が揃い邸宅を見て回る。

「こちらは、貴族などの富裕層向けの邸宅でございます。家族で団欒の時を過ごすための暖炉や、音楽好きのレグラス伯爵にオススメな音楽室など、ピッタリの邸宅かと」

 ルクリアに抱っこされながら、住宅を見学しているモフ君が窓の外を見ながら何か言いたげだ。

「きゅい、もきゅきゅ!」
「あはは。もちろん、ミンクなどのペット君が安らげるお庭も設置予定ですよ。庭づくりに関してはこれからですので、ご要望があればそのように致します」
「人工太陽もいい感じだし、お庭でティータイムなんて出来たら、素敵でしょうね」

 庭の土地はまだ寂しい見た目だったが、契約主に合わせてこれから自由に造っていいらしい。

「ふむ。我が家は娘二人だから、少しばかり部屋数が多い気もする。が、いずれルクリアもカルミアも何処かへと嫁ぐだろうし、もしかすると孫を連れてきて暮らす日もくるかも知れぬ。よし、ここにしよう!」
「お父様やお姉様……それにモフ君が気に入ったなら、私も文句ないわ」
「私も、異論はございません」

 カルミアもローザも文句はなかったようで、レグラス伯爵家と相性の良い洋館を契約することになった。今回の不動産契約は国家が主導の強制移動のため、現在持っている地上の不動産権利を国に渡す代わりに地下の物件を引き渡してもらえる仕組みだ。

 今回の移住計画は、国民の殆どが何かしらの仕事を分担して進めているが、その代わり家族の期間が無かったのも事実。新設されたゲートから地上に戻り、あと僅かで手放さなくてはならない現在のレグラス邸で食事をすることになった。


「新しい家が決まったのはいいが、こことの別れが近いとなると寂しいな。せめて、計画していた音楽会を開いてからこの家を去りたいと思うのだがどうだろう?」
「以前話していた地下のプレオープン時に頼まれている演奏のリハーサルよね。私達が関わっている工事も落ち着いて来て、人も呼べそうだしいいんじゃない。カルミア、歌えそう?」
「えっ? 私……あ、当たり前でしょう! 私はこの乙女ゲームの主人公よ。目立ってなんぼなんだからね」

 この半年間、めっきり乙女ゲームの話題を出さなくなったカルミアだが、今日は気が抜けているのか以前の調子が戻っている。

「なんだか、久しぶりに貴女から乙女ゲームの話を聞いたわ。けど、このままいくと乙女ゲームのシナリオってどうなってしまうのかしら?」
「さあ、地下都市編とかに変更するとか。ずっと同じ学園風景でマンネリ化するよりいいんじゃない。ただし……お姉様が私にギベオン王太子を奪われて婚約破棄されるシナリオは厳しいだろうから、別れたいなら自分達で話し合ってよね!」
「ははは! 流石に、地下都市発見の貢献者であるルクリアを悪者扱いで追放することは出来なくなっただろう。もし、ギベオン王太子ではなくネフライト君と結婚したいのであれば、音楽会に二人を呼んで気持ちに蹴りをつけるといい。よし、ワシは楽器の練習でもしてくるか……」

 言いたいことだけ言ってレグラス伯爵は、サッと席を立ってしまった。ギベオン王太子とネフライトのどちらを選ぶかはルクリアの意志に任される形となる。そして、本来はギベオン王太子に猛アタックするはずのカルミアが、ギベオン王太子に気がないような素振りを見せていよいよルクリアは困ってしまう。


 * * *


 そしてついに、地上のレグラス邸で行う最後の音楽会の日がやって来た。いわゆる家族によるコンサートで、レグラス伯爵がチェロ、ルクリアがピアノ、ローザがバイオリンというクラシック定番の三重奏編成。楽曲によっては歌が加えられて、カルミアが歌唱を担当する。

「では、最後はやはりこの曲で終わりたいと思います。異世界の名曲ショパンの【別れの曲】です」

 別れの曲は名曲が多いことで知られる異世界クラシックの巨匠ショパンが、これほど美しい旋律はもう作れないと語ったもの。チェロ、ピアノ、バイオリンの三重奏編成曲の中では、最もメジャーな曲の一つとも言える。
 実は各言語の歌詞も付けられており、カルミアが異世界イタリア語版で歌っていく。

 親しい者たちを招いての音楽会は、静かに幕を閉じた。ルクリアは結局、ギベオン王太子ではなく、ネフライトと自室でひと時を過ごすことにした。移住の準備で忙しくなり、学園でランチを共にすることくらいしかデートの時間はなかったが。どんどん大人っぽく成長していくネフライトに、ルクリアは心が惹かれていった。


「ルクリアさん、演奏会お疲れ様でした。ピアノの旋律も素晴らしかったし、レグラス伯爵とローザさんの弦楽器は息がぴったりだったね。カルミアさんに至っては、歌っている時はあの性格だなんて想像つかないよ」
「うふふ、地上でのいい思い出が出来たかなって。ギクシャクした家族だったけど、最後に良い三重奏と歌唱が出来たと思うわ」
「最後か、ねぇルクリアさん。この国の人達が地上から離れて地下都市アトランティスに移動する時には、隣国の住民であるオレは国に帰らなくてはいけない。けれど、オレはルクリアさんと別れたくない。別れの曲を聴いて、綺麗な旋律の思い出で終わりたくない。ルクリアさんの答えを聞かせて欲しい……オレの婚約者として隣国へと共に来てくれますか」

 初めて会った頃には、まだルクリアよりも低かったネフライトの身長だが、今ではルクリアよりも背が高くなっていた。声もいつの間にか低く大人に近づいていて、ルクリアは本当の意味で彼を異性として意識するようになっていた。

 だから、ルクリアの中では答えがもう決まっていた。ギベオン王太子やこの国と別れて、ネフライトと共に隣国へと旅立つことを。
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