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第二部 幕間

目覚めない妻を待つ日々

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 妻ルクリアが夢見の薬のチカラで現世から離脱してからも、夫であるネフライトは彼女の帰還を諦めず日々を送っていた。社会情勢を受けて進学の道は断念し、すぐに結婚と社会人生活を始めたネフライトだったが、現実は妻ルクリアの夢への逃避によって孤独に氷河期と闘う羽目になった。

「ルクリアさん、今日はもう遅いから帰るね。明日こそは、お話ししよう」
「……」

 返事のない眠りっぱなしの妻に挨拶をして、ネフライトは帰り支度をして病室を出る。夕陽が落ちて暗がりが広がる中、なかなか来ないバスを待っていると、すっかり顔見知りになってしまった若い看護婦に声をかけられた。
 看護婦はすでに私服に着替えていて、いつもはまとめてある亜麻色の髪は肩ほどの長さで下ろされている。全身は黒系のファッションだがスカート丈がやや短く、口紅や赤いアクセサリーも相まって仕事の時よりも派手な印象を与えた。

「バスをお待ちなんですよね。実は今日はバスの予定がかなり遅れているので、よろしければ駅まで車でお送りしますよ」
「えっ……?」
「ふふっ。遠慮なさならないでください。今日は隣国の氷河期の影響で、交通機関には頼れませんから」

 一応既婚者である身なのに、妻以外の女性の車に乗せてもらうのは気が引けたが状況が状況なので、お言葉に甘えることに。看護婦の名は、マリーゴールドというらしく愛称のマリーで呼んでほしいとのことだった。

「ネフライトさん。お仕事と奥様のお見舞い、大変でしょう。まだ本当だったら、学生でもおかしくない年齢なのに。ちゃんと食べてれているの? 私、これから行きつけの自然食のお店に行くんだけど、よかったら奢るわよ。というか、運転手は私だしネフライトさんのご自宅の途中のお店だから、立ち寄ってもいいわよね」
「は、はぁ……」

 半ば強引に晩御飯に誘われて、会話の流れ上断ることも出来ず、自然食レストランで食事をすることになってしまう。隕石落下による食糧難の影響で、自然食レストランは高級な部類である。たわいもない話を何となく聞き流して、無難にレストランを出て再び車でマンションへ。
 マンションの地下駐車に着くと、マリーはすぐに降りずに、ネフライトに対して何かを言いたげな様子で見つめて来た。

「その……奥様がああいうことになって、お寂しいでしょう。ネフライトさんもメンタルのケアが必要ですわ……癒されたいでしょう」

 若いネフライトが精神的に孤独に陥っていると分かっているのか、助手席に座るネフライトの手を引き寄せて自らの腕に当てる。そのまま開いた胸元の服をおろして、ふくよかな胸を晒してネフライトを誘導して来た。不可抗力とはいえ、妻以外の女性の胸を揉むようなことになってしまって、ネフライトはいよいよ混乱する。

「えっちょっと、待ってください……オレ、そんなつもりじゃあ……」
「可哀想だけど、奥様はもう目覚めることはないでしょう。延命措置を止める日をいつにするか決めるだけだわ。けど、患者様のご家族はその決断が出来ない人が多いの……孤独だから」
「……!」

 暗に妻ルクリアの命のパイプを切る日を決めるように促されて、ネフライトの頭は真っ白になった。

「だからね。仮初でも何でもいいから、ネフライトさんには側で癒してくれる相手が必要なのよ。奥様がいなくても生きていける自信をつけなければ、【その日】を決断することは出来ない……!」
「その日って、妻はもう助からないって決めつけるんですか? あんまりだ!」
「違うわ……本来はもう亡くなっているはずの人を無理矢理頑張って生かしているのよ。お願い、ネフライトさん……現実を見て……。延命するお金だっていつまでも続くわけじゃないわ。いずれ……」

 いずれ延命費用が途切れると同時に、ルクリアも死ぬといいたいのだろう。ネフライトの判断能力が消えるのと同時に助手席のシートが倒されて、気がつけば上半身の服を脱いだマリーがネフライトの上に跨った。

「やめてください! まだオレは妻のことが……ルクリアさんのことが」
「なら、忘れなきゃ……前に進めないわ。私が忘れさせてあげる。それに貴方……美味しそうだもの」
「だっ駄目だ! やめろっ」

 身も心も妻を忘れるように強要されて、ネフライトは必死に抵抗をする。美味しそうという言葉にゾクっとしながらも、男慣れしているマリーの手管で身体の力が抜けてしまう。

「ああ……奥様が妬ましいわ。こんな可愛い人間の男の子の初めてを奪っただなんて。きっと奥様しか知らないから依存しているのね。けど、大丈夫よ……あっ! あっはっ」
「ん……貴女は、一体……?」


(この人、ただの看護婦だと思っていたけど……なんか顔色がだんだん青くなってるし、耳が尖り耳になってる? まさか、妖魔サキュバス?)

 サキュバスとは、男女の関係を結ぶことによって男の精気を吸って、吸い尽くしたのちは殺すという妖魔の一種だ。向こうも人間に擬態していた封印を解くのに時間がかかったのか、幸いまだサキュバスとしての彼女に精気は吸い取られていない。

(早く何とか逃げないと、浮気どころか殺されちゃう)

 だが、既に準備が整っておりサキュバスとしての【食事】をする気のようだった。

「あっ……はぁ。今日はとびきり上等な可愛い子を食べられる……特別運が良い。そろそろ、いいわよね……ふふっ。いただきます」
「だっ誰か、助けてっ!」

(ルクリアさん……貴女にせっかく命を助けてもらったのに、こんな情けない形で殺されるなんて……!)

 ここまでか……というところで、地下駐車場が一気に眩しく照らされる。

「ネフライト! 大丈夫か? ええい、この穢らわしい妖魔めっ」

 ゴッッッ!

 エクソシストを引き連れた兄のアレキサンドライトが、車を強制的に開けてサキュバスの後頭部を殴打して、ネフライトから引き剥がす。
 聖なる呪文をエクソシストが唱えると、マリーがコンクリートの地面でのたうち回って苦しみ出した。

「ああああああっ。邪魔するなっ。若い男を食べなきゃっ。男、男、男ォオオおおおおおおお!」

 断末魔をあげながら妖魔サキュバスは、聖なる光に焼かれて……やがて消し炭になり消えていった。間一髪で何とか貞操と生命を守ったネフライトだったが、ルクリアの延命費用の捻出という話だけは現実だった気がして頭を悩ますようになった。


 * * *


「もう、仕事に行けるのかネフライト?」
「うん。兄さんも心配かけてごめん。ルクリアさんのためにもお金を貯めなきゃね」

 妖魔サキュバス騒動から数日が経過して、ネフライトは仕事に復帰することになった。
 勤務先は兄が運営するオークションハウスだが、やはりこの景気ではオークションを利用する者は少なく、食料や日用品などの取り扱いコーナーを増設することに。

 隣国であるメテオライト国に堕ちた隕石の影響で、突発的に訪れた氷河期の影響は大きい。ネフライトの拠点であるモルダバイト国にも、食糧難や経済的打撃がそれこそ彗星のように降り注いだ。以前のように、大きなお金が動くことも少なくなっている。

(オークションハウスは、コレクター達の懐に余裕がないと盛り上がらない。このまま以前のタイムリープの軸のように闇市のような業務形態にシフトするのかな?)

 ルクリア延命のためにも、どうにかして金銭を捻出したいところだったが、物品を用意できても大きなオークションが行われなければ意味がない。

『おい、聞いたか? 隣国に落ちた隕石って滅茶苦茶高額な買取金額が付くんだってな』
『普通の鉱石の何十倍の価値のある隕石だって、今のメテオライト国にはゴロゴロあるって話だぜ』
『けど、氷河期が凄まじいし、氷の加護を持っていないと厳しいな。それに最近はメテオライト国の地下で不審な反応があるんだろう?』

 だが、どのような社会情勢でも大きな儲け話に目がない者はいる。そうやって不況から抜け出す方法を模索しているのだろう。そして、その儲け話はごく身近に転がっていた。

(そうだ……ルクリアさんから分けてもらった氷の加護があるオレなら、氷河の中でも隕石を発掘出来る!)

 発掘経験のないネフライトだったが、ルクリアが残してくれた氷の加護を活かして隕石を採掘する決意をするのであった。
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