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正編 第2章 パンドラの箱〜聖女の痕跡を辿って〜
03
しおりを挟む存在そのものを隠されて育ったという貿易国家ペルキセウス国のアッシュ王子。その彼が一般兵として探索クエストに向かった先で遭遇した黒いドラゴンは、普通の武器では太刀打ち出来ないほど強いという。
転移魔法で詰所へと避難した探索部隊は案の定、瀕死だったが、アメリアの全体回復魔法で事なきを得る。
後は、特別室で眠るアッシュ王子を治療するだけだが。
「こちらです、アメリア様。アッシュ様は、黒いドラゴンの直接攻撃で通常に怪我以外に呪いを受けているのでございます」
「呪い、ドラゴンって呪いなんかかけて来るの?」
「はい。パンドラの箱が眠る聖域、白い山脈への道のりを守るドラゴンは、ペルキセウス王家の血を引く者に古代神殿へと足を踏み入れないように呪いをかける……と言われています。おそらく、パンドラの箱を精霊の血を引くアッシュ様に渡したくないのでしょう。まさか、現実になってしまうとは……」
重厚な扉で守られた特別室を王宮関係者が開けると、黒髪の華奢な若い男が苦しむ姿があった。
少年と呼ぶには多少大人びている気もするが、青年と呼ぶにはまだ幼さが残る……本来はあどけない顔をしているのだろう。が、痛みに耐える姿は見ているアメリアの方が辛いくらいだ。彼がアッシュ王子なのだろうと、アメリアは駆け寄って早速治療を施そうとする。
「大丈夫、アッシュ王子。これから、治癒魔法をかけるからね……」
バチィイイイ!
が、魔法を詠唱しようとした瞬間、電流のようなものが走り詠唱が止まってしまう。
「きゃっ!」
「アメリア様、ご無事ですか。あぁ、しかし聖女のチカラを持ってしてでも、アッシュ王子の呪いを解くことは出来ないのか」
「……あの、それなら呪いを解くための術式を先に使えば何とかなるかも知れません。けれど、呪い解除はその人の心の根に何があるか、推測出来なければ効かないんです。アッシュ王子が何故隠された王子だったのか、教えていただけますか……?」
王宮関係者達は顔を見合わせたが、メンバーの中で最も高齢であろう男が頭を下げて『このことはまだ内密に……』と事情を語り始めた。
* * *
貿易国家ペルキセウス国の王家一族は、錬金術を用いて精霊を救ったとされる初代聖女と、アスガイアより流れついた精霊の男の子孫である。精霊と人間の両方の血を引く王家は、他の国よりも早く発展し、ペルキセウス国の繁栄は保障されたように感じられていた。
ある日、王家に双子の赤ん坊が生まれた。片方は精霊の血を濃く引き、片方は人間のチカラしか持たない状態だった。
精霊の血を濃く引く方の赤ん坊は健康に育ち、魔法にも剣にも長けて完璧な王子だったが、人間の血を濃く残す方の王子は病弱で魔法も剣も弱かった。
『二卵性とはいえ何故、双子でこれほどまでに差がついてしまったのでしょう。別に剣や魔法が得意でなくとも良いのですが、病弱で何も出来ないのでは王家の仕事すら手伝えない』
『エネルギーを精霊の血を濃く残す方に、吸い取られているのですよ。双子でありながら、精霊である片方は永遠にエネルギーを吸収する側に生まれ、人間でしかない方はエネルギーを永遠に奪い取られるのでしょう。これは、別々に育てるべきだったか……』
その後、病弱な方の王子は成人を迎える直前に病に倒れて亡くなった。精霊の血を濃く残す方の王子は、以前に比べればそのチカラは落ちたとされたが、それでも人並み以上の魔力に満ちていた。
『ペルキセウス王家にとって双子はタブーである。もしこの先、ペルキセウス王家に双子が生まれた場合には……人間の血を濃く引く方は一旦王家から離れたところで育てよう。もし、成人になるまで無事に育ったのなら、その時に改めて王家の者として民に公表すれば良い。双子の片割れとしてな……』
それから数百年、双子はしばらく生まれなかったがついに、再び双子の赤ん坊が生まれてしまう。だが、今回は前回の双子の王子とは違ったパターンであった。
『なんと、男の子と女の子の双子とは……! しかも、女の子の方が精霊の血を濃く引いているではないか。これは困った……』
『ペルキセウス王家にも女王陛下がトップを務めた歴史はあるし、姫様が国を継いでも問題はないのだが。しかし、それは女性しか王位継承者がいなかった場合に限る。男子が生まれた場合には、その王子が王位継承するべきなのに……』
『そうだ……各国の精霊様にご神託をもらい、王子を今後どうすれば良いのか決めてもらおう。内密に頼めそうな……隣国の精霊魔法国家アスガイアの神殿に依頼したらどうだろう?』
『おぉ! その手があったか、今代はラルドどのが神殿を仕切っている。精霊鳩を遣いに出して、アッシュ王子について未来を予測してもらおう』
精霊ラルドの神託によると、王子であることを隠して民間人として育てれば、アッシュ王子は成人まで無事に生きることが出来るという結果が出た。若くして亡くなるよりは良いだろうと王は喜び、アッシュ王子の存在はラルドの神託に従って一旦隠すことになった。
* * *
「……という話の流れなのでございます。アメリア様、どうでしょう? なんとかして、アッシュ王子の呪いは解くことが出来そうですか。アメリア様……?」
まさか自分のよく知る人物が、アッシュ王子の事情に深く関わっているとは思いもせず、アメリアは言葉に詰まってしまう。
(アッシュ王子の存在をラルドは最初から知っていたの? 予言が確かならアッシュ王子は成人を無事に迎えられるはず……ううん、助けなきゃいけないんだわ。私が……!)
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