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第十部 異世界学園恋愛奇譚〜各ヒロイン攻略ルート〜

最終話:異世界と言う名の天国へ

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「おにーちゃん! 起きてよぉ、もう朝だよ!」

 いかにも、美少女ヒロインといった雰囲気の萌え萌えしたラブリーボイスが聴こえる。この声は、聴き間違えるはずがない……オレの妹であるアイラの声だ。くりっとした大きな瞳にピンク色のツインテールが、まるで二次元から抜け出して来たかのように可愛らしい。

「おはよう、アイラ。お前も、こっちで生活することになってるんだよな。やっぱり、お前は異世界人だったのか……」
「うん! アイラね……地球では【きちんと生まれてこれなかった】けど、ずっとお空の上からお兄ちゃんのこと見守っていたんだ。けど、アイラがここで暮らす理由はそれだけじゃないよ。お兄ちゃんの居るところが、アイラの居場所だもん。着替えが終わったら、ダイニングに来てね」

 眠い目をこすりながらゆっくりと周囲を見渡すと、カントリー風の家具で揃えられた懐かしい部屋。ここは、オレが最初に異世界へとやってきた時に利用させてもらった部屋だ。すっかり忘れていたが、今回泊まったロッジは孤児院と同じ敷地内である。
「そうか……初めて泊まって部屋がここだったんだ。どうりで見たことがあると思ったら」

 ベッドサイドには、ステンドグラスのランプが光を柔らかく灯している。オレはその灯りをそっと消した……もう朝だ。ゲームスタート時に戻ったかのような初々しい気持ちで、ふかふかしたベッドからゆっくりと身体を起こす。洗面で洗顔と歯磨きを済ませて、冒険者用の装備に着替える。

 そして、ドアを開けてダイニングにへと向かうと、あの頃のように挽きたての珈琲の良い香りと朝食特有のカチャカチャとした食器を並べる音がして……。

 黒髪清楚な美人賢者マリアが、朝食を甲斐甲斐しくテーブルに並べて……優しく微笑んだ。

「ふふっ起きたんですね、イクトさん。おはようございます。朝食、出来てますよ」
「おはようマリア。それにしてもこのメニュー……本当に旅立ち当日のものと全く同じだな」
「うわぁ……なんだか、このメニュー懐かしい! さあお兄ちゃん食べよう」

 3人でテーブルを囲み、修道院で修行を積んだことがる賢者マリアが、丁寧に神へ感謝の祈りを捧げる。

 挽きたて珈琲に、砂糖とミルクをたっぷり入れてもらい起きたてのオレにも飲みやすく……。スクランブルエッグはケチャップが少しだけ添えてある。ベーコンはカリッと焼かれてこんがり、丸いパンは天然酵母のライ麦パンだ。この村で作ったという三角形の大きなチーズが、濃厚な味わいで極上に美味い。

「ところで、今日の予定はどんな感じだっけ? 一応、昨日でギルドからの依頼は終わったんだよな」
「ええ。イクトさんはハーレム勇者認定試験の関係で、アオイさんとのデートクエストがありますが。詳しいデータが送られてくるまでは待機状態かと」
「そっか……久し振りに休みになったな。しばらく連続クエストだったし、今日はゆっくりと休んで……」

 まったりとした1日を過ごそうと計画を練っていると、カラーンコローンと呼び鈴を鳴らす音。

「んっ……お客様かな? 誰だろう」
「アイラちょっと見てくるね。はぁいどちら様ですか。あれっ族長さん?」
「実はな……スマホRPGとのリンクが切れる前に、みんなでサービス終了の宴を開くことになったのじゃ。最後になってしまったが、【勇者とその仲間達】の記念撮影も行うぞ。会場は村のホールを貸切にしてな……勇者どののギルドメンバーも到着しているから、是非出席してくだされ」


 * * *


 族長の粋な計らいで、スマホRPGサービス終了の宴が開かれた。別れを惜しみつつも思い出話に花を咲かせて、ドレスアップしたミンティアとレインが両隣にいわゆる両手に花の状態である。

「イクト君! はい、このフルーツカシスドリンクすごく美味しいよ」
「このケバブさっき作りたてを貰ってきたの。はい食べさせてあげるね……あーん」
「あーん。あはは……悪いな2人とも」

 ミンティアとレインの2人に食事を食べさせてもらう。この『食べさせてあげるねアーン状態』では留まらず、さらにメンバーが追加される。

「イクト! 撮影の準備始めるぞ」
「イクト様、有終の美を飾りましょうね」
「さ、撮影だから仕方なく、膝の上に手をおくんだからね!」

 エルフ剣士アズサや神官エリスにもマッサージや占いでもてなして貰い、ミニスカ装備の魔法剣士シフォンを膝の辺りに侍らせて……。すると、タイミングよくカメラマンが到着して写真を撮り始める。

「では、みんなで【勇者とその仲間達】のイメージ写真を撮りますね。ユーザーへの記念としますので……リラックスして……」

 宣伝用の写真のためとはいえ、照れながらもノリノリでオレの膝の辺りで女スパイポーズを披露するシフォンに、ただならぬ素質を感じつつ撮影が終了。

「久しぶりだね、イクト。隣……いい?」
「カノン! ああ、喜んで」
 しばらく会っていなかった小学生時代の友人カノンと、仲良く談笑。その後は、席の交代でみんなの憧れのルーン会長がオレの元へとやってきた。ギルドメンバーも交えて、和やかなムードでお食事を楽しむことに……最後の記念になるだろう。

「はぁ……イクトったら。ミンティアちゃんというものがありながら、いろんな女の子にヘラヘラして……。まぁ最後の宴なんだから、大勢の人と交流した方がいいけど、なんだか心配だわ。男の人ってみんな浮気性なのかしら?」
「萌子……まぁせっかくの宴だし、大目に見てあげようよ。僕は、萌子だけだよ!」
 気がつけば宴の席には殆どのギルド所属者が出席していて、元運営者で義兄であるリゲルさんや姉の萌子の姿もあった。

 離れた席では、マリアとマルスの姉弟も思い残すことが無いように、共に食事を楽しんでいる。

「もうっ有吏たら、課金し過ぎよ。ああ……姉さんがもっと早く名乗れていれば、いろんなギャンブルで元を取る方法を伝授したのに……」
「まだ間に合うぜ、マリア姉さん! 残り時間でフルギャンブル……まずはポーカーだ!」

 猫耳メイドのミーコと犬耳錬金術師のココアも、宴の接客に大忙し。
「みゃみゃ。オーダーの追加入りましたにゃん」
「わん! 鴨肉のソテー、ローストビーフ、パエリアと飲茶セット大量追加だワン」

 そろそろ食事も落ち着いてきたところで、宴のラストを飾るにふさわしいライブイベントが行われることになった。

「では、この宴のメインとも言えるイベント……魔法少女アイドルアイラなむらによるライブを行いまーす!」
「おおっアイラちゃーん、なむらちゃーん」

 スマホRPG異世界の主題歌を中心に2人の歌も終わりそろそろ宴も終了……と言うところで、慌てた様子でククリとエステルが会場へと駆け込んで来た。

「はわわっイクトさん、大変ですっ。このハーレム勇者認定協会のククリ……思わずリスモードから人間モードに変身しなくてはいけないほどの緊急事態でして」
「ごめんね、イクト君。朝食タイムだったかな? 実は次のデートクエストの予定のアオイさんから、メッセージデータが送られて来て……」

 訪問者はリス型精霊であるククリと
守護天使エステルだった。ククリの方は人間モード、エステルの方も珍しくいつもの少女の状態ではなく大人守護天使モードである。

「ククリもエステルも、随分と本気モードになって。そんなに大変なことが起きたのか?」
「うん。この異世界の存続が危うくなるほどの……ね。まずはアオイさんから送られてきたメッセージを見て。これからこの村の上空に映し出されるらしいから……人間と敵対する冥界の支配者魔王グランディア復活の誓いとして」
「人間と敵対する冥界の支配者魔王グランディア復活? ちょっと待てよ、アオイは友好的な魔王グランディアとして生きていくって話してたぞ。なんで急に敵対なんか……」

 あまりに突然の出来事に驚きつつも、初恋の相手である魔王グランディアことアオイからのメッセージを確認するために外へ。すでに、外は暗雲が立ち込めており蝙蝠の群れが辺りを飛び交っていた。


「アオイ……久し振り。アオイ……さん?」
『イクト君、随分と楽しそうな宴だったね。なんでも、昨夜はマリアさんに気持ちを伝えて。それなのに、今日はシフォンさんやルーン会長といい感じで……もう信じられないよ』
「ち、違うよ。あれは企画や撮影で……はっ! それはさっき撮った【勇者とその仲間達】の写真」

 アオイの手に握られていたのは、二時間くらい前に撮影したばかりの『サービス終了記念勇者とその仲間達イメージ写真』だった。例の写真は、すぐにホームページにあげられたようだ。
 アンティーク風の王様の椅子にナルシスト気味に座りつつ、周辺に妖しげなドレスを纏った美少女達を侍らす姿。それは勇者とその仲間達というより、謎のコスプレハーレム軍団と言った感じで悪ノリしすぎた感じすらある。

『なんでこんなに、イクト君も記念撮影に乗る気なの? 僕……イクト君が誰か1人に心を決めたなら身を引こうと思ってさえいたんだよ。でも、気づいたんだ……キミは女アレルギーが発症しないと、ただのどうしようもない女好きだってッッ』

 ズガァアアアアンッ!
 怒りの稲妻が、大地を貫くかの如く地に落ちた。これはマズイ……アオイは相当ご立腹だ。

「違うっ! アオイ、違うんだ……! ほら、もう直ぐアオイとデートする約束じゃないか? 機嫌直そう! ねっ」
『我が名は魔王グランディア、真野山葵(まのやまあおい)グランディア……。我とデートしたければ冥界まで来い! 辿り着ければなっ!』
「そんな、また初めからやり直すのか?」
『今回は、やり直しにはならないよ。じゃあね、イクト君……冥界でずっと待ってるから』

 一瞬だけ……アオイが、素の表情に戻り涙を零している気がした。だけど、彼女は可愛らしくも気丈な魔王様だから、それ以上オレには弱いところを見せてくれないのだ。

「冥界……か。ところで冥界って何処にあるんだろう」


 * * *


「おぉっ勇者イクトよ。魔王グランディアとの冥界デートを成功させること……それがお主の新たなクエストじゃ。気をつけてな……では、新たな出発のためそなたにアイテムを授けよう。これじゃっ!」

 族長から手渡されたアイテムは、『冒険者ガイドブック』のみ。以前と違い、冒険者スマホは手渡されなかった。

「あの、族長? 以前は冒険者スマホがあった気がするんですが……」
「もう、必要なかろう。じきに、この異世界はスマホRPGとのリンクが切れる。純粋なただの異世界じゃ……お主のスマホも解約でいいな」

 オレのボディバッグに収納されていたスマホが宙を浮き……族長の手の内に収まった。そうだよな……もう必要ないか。

 旅立ちのメンバーは、オレ、マリア、アイラの3人だ。最初の旅立ちの時と同じ3人で、もう一度この異世界を旅する。

「イクト君、いってらっしゃい……。良い旅を」

 ふと、振り向くと聖女ミンティアや地球でのゲーム仲間達が、オレに手を振っている。レインやシフォンは学生服だが、学校に通っていないミンティアことミチアはいわゆる【喪服】だ。
 みんなの服装をよく見ると、大学生のマルスやケイン先輩、ルーン会長、家庭に納まっている姉の萌子や夫のリゲルさんなどもみんな黒い服……喪服姿である。ただ、萌子の喪服だけは他の人と違い、お腹が大きくても着られるいわゆる妊婦用だった。

 手には、オレに捧げる白い花……いわゆる献花というものが。辛うじて両親の顔は認識出来たけれど、他の参列者やスマホゲーム異世界のアバターを持たない人のことは、細かく認識出来ない。少しずつ、住む世界が離れてきている証拠だろう。

「ヤダよ……イクト、お別れなんて。行かないで! どうして、私達……双子として一緒に生まれてきたじゃない? なんでイクトだけ先に天国へ行かなければいけないの」

 他の人は静かに泣いていたがオレの双子の姉の萌子は、泣きじゃくってかなり取り乱していた。最後にオレの手を握ろうと腕を伸ばすが、既にオレの魂はこちら側に来てしまった。
 姉のしなやかな手はオレと触れ合うことはなく、夫であるリゲルさんが萌子を後ろから抱きしめて止める。彼も……泣いているようだった。

「駄目だよ、萌子……イクト君を見送ろう。きちんと天国へと行けるように。これ以上はお腹の子に触るから……萌子は、いや僕と萌子はもう【お父さんとお母さん】なんだ。お腹の赤ちゃんを守らないと……イクト君だって、心配するよ」
「うぅリゲルさん……分かってるけど。イクトが……イクトが、うわぁああああんっ!」

 不思議なことに、姉達の姿は次第にぼやけて見えなくなってしまう。


 ――ああ……そうか、これが【異世界転生】か。


「ありがとう萌子姉さん、オレのために泣いてくれて……もし、生まれ変わることが出来たら。次は……あなたとリゲルさんの……いや、それは辞めておこう。さあ冥界に急がないと……アオイに逢いに!」

 日差しの穏やかな青空の下、山奥の教会には花々が咲き、白い蝶々がひらりひらりと追いかけっこ。

 マリア像が見守る小さな教会で、オレの魂は安らかに眠る。異世界と言う名の天国で、幼馴染とひと時のデートを楽しみながら。
 
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