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第七部 ハーレム勇者認定試験-後期編-

第七部 第32話 12月の風と迷子の犬

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 早いもので気が付けばもう12月、ハーレム勇者認定試験なるものが開始されて半年が過ぎようとしていた。
 いつも通り、朝の身支度を整えるも、冷たい水で洗顔するのがそろそろつらく感じる。かじかむ手で制服に着替えて、髪を整える……紺色のダッフルコートにグレーのマフラーで防寒対策もバッチリだ。

「ふう、毎日寒いよなぁ。あーあ、もう12月かぁ……今年もそろそろ終わりに近づいているな。あれっククリは?」
 ククリは、いつも守護天使のエステルとともにロフトベッドから出てきて、オレの登校を見送ってくれるのだが……。今朝は、ふわふわのしっぽを携えたリス型精霊の姿を見かけない。

「それがハーレム勇者認定試験の協会と話し合いがあるらしくて、朝からずっとロフトの奥で通信中なの」
「……そっか、ククリも仕事頑張ってるんだ。でも、試験はこの間の学園祭で終了したはずだよな。アオイとのデートは、なんにも問題なかったぞ。ただ、萌子とマルスが……ちょっとギクシャクしてたけどさ」
「うん、話は聞いているよ……ダブルデートだったんだね」


 すでに終了したハーレム勇者認定試験の最終テストは、魔族の姫君で幼なじみのアオイとのデート試験だ。

 オレの双子の姉である萌子もえこと、同じ勇者コースに所属するマルスがダブルデートの相手として同伴したものだ。マルスは以前から萌子にアタックしていたものの、2人はカップルではない。職業的にちょうどいいということで、企画として上層部が組み合わせたのだ。

 デートの途中で、マルスのギルドメンバー(性別不明の男の娘)が登場し、いろいろ誤解が生じたため萌子とマルスは交際に発展しなかったが……。その事と、オレのデート試験は基本的に関係ないだろう。
 萌子本人はケロッとしていて、ここ最近は転生者専門ギルドクオリアで、ルーン会長の兄であるランターンさんから、補助魔法を習うのが日課になっている。


「あのいつもおしゃべりなククリが、ひたすら仕事……そういえば、テストの内容について語らなくなったような気が……いや、最終テストだったし選考期間が長いんだろう」
「……だよね。たぶん大丈夫だと思うけど……何かあったら連絡するから……行ってらっしゃい!」

 寄宿舎から食堂への移動時間は、15分ほどであるが、コートやマフラーを装備して移動しないと寒くて震えるほどである。ぴゅうっと木枯らしがオレの頬を横切り、思わずくしゃみがでそうになる。
 最近は卒業ミーティングを兼ねて、勇者コースと聖女コースの卒業予定の生徒同士で朝食をとることになっているのだ。考え事をしながら歩いていると、食堂に到着。待ち合わせのテーブル席には、一番乗りなのか萌子の姿。


「お早う。イクトの分の朝食もう用意できてるわよ」
「ありがとう、萌子。おっ今日は焼き鮭がメインの定食か、美味そう。でも早く来たつもりだったのに、萌子に先越されたな」
「今朝、教会でクエストに出ている人たちの無事をお祈りしてきたの」

 いつも通りの萌子に、思わずホッとする。もし万が一、学園祭の事を引きずっていたら……とたまに心配になるのだが、どうやら考えすぎのようだ。
 その後、ミンティアやレインといったお馴染みの顔ぶれをはじめ生徒たちが揃い、ミーティング開始。

「まずは、進路予定のチェックから……ギルドに残留する生徒と地元のギルドに入り直す生徒と……あれっそういえばマルスは?」
「それが、異世界転生者特有の特殊風邪にかかったとかで、外出禁止だそうよ。今朝、保険委員に連絡があったの。イクトさんも気をつけてね」

 保険委員長を務める聖女コースの女の子から、特殊風邪の忠告を受ける。異世界転生者だけが、かかる病気なんてあったんだな。


 その後、無事にミーティング兼朝食会は終了し、授業へ。
 噂通り本当にマルスは欠席で、先生から特殊風邪にかからないように手洗いとうがいを心がけるようにと注意を促される。
 他に特殊風邪にかかった生徒は居ない様子だが、すっかり警戒状態だ。

「でも、特殊風邪っていったいどんな症状なんだろうな。マルスはギルドの病院に入院しているんだっけ? レイン、何か知ってるか?」
「うん。なんでも、症状がひどくなるとアバター体に異変が起きるらしいよ。スマホで調べると……ほら、特殊風邪で動物の姿に? って、来年の干支に変化するケースが多いらしいけど……」

 スマホのニュースには、犬に変身するという情報と可愛らしい犬の写真や犬のグッズがたくさん。ただ単に犬アイテムの宣伝にも見えるが……。

「ふうん、来年の干支って犬か……。まあ、万が一アバター体が動物に変化しちゃっても犬なら、世間に馴染むだろう」
「だよね。でも来年の干支だけあって犬を飼う人が増えてるし、本当にマルスが犬になっちゃっても犬の数が多すぎて、誰も気づかなかったり……」

 命に関わる病気ではないことが確認できて、ひと安心だ。
 そんなわけで、いつも通り放課後はギルドへ……レインは所属する学園ギルドの任務があるそうで、学園内でいったん分かれる。

「マルスが特殊風邪にかかった報告をしなきゃいけないな。今日はクオリアに行くか。萌子は?」
「私もクオリアに行くよ。今日もランターンさんに、魔法を教えてもらおうっと」

 学園外の街中にあるクオリアは、カフェとギルドが融合したオシャレなギルドだ。そのせいか、最近は冒険者やクエスト依頼者以外のお客さんも増えている。

「今日もクオリアは、繁盛してる雰囲気だな。それだけ、この街にも異世界転生者が多いってことか」
「そうだね、あれっあの犬……」

 今日は普段より訪問者が多いらしく、にぎわいを見せるギルドクオリアの入り口には、犬の姿……。サイズは中型、犬種は……んっまさか狼犬か?
 どうやら、迷い犬のようで飼い主がこの店に居るわけでもなさそう。

「わんっわんっ萌子ちゅあーん! わぉおおおーん!」
「きゃっ! わんちゃん、やめて……私たちお店に入りたいの……ごめんね」

 フセの体制で待機していた狼犬が、萌子の姿を確認するやいなや甘える鳴き声ですり寄ろうとしている。

「ほら、しっしっ。狼犬の割に緊張感の無い犬だな。しかも今萌子って言わなかったか? まさか、おまえ本当にマルスか……いや、入院中だしそんなはずないか」

 カランコローン! 
 ドアを開けて、店内へ……。何故か狼犬も一緒に店内に入ってしまったが、誰も気にとめる様子がない。

「ここってペットの入店も出来るみたいだね」
「知らなかったな。そういえば、使い魔って犬とか猫が多いもんな。ギルドなら当然か」

 12月の冷たい風に迷子の犬を晒しておくのも可哀想だし、良かった。

 奥の勉強スペースでは、ランターンさんが魔法書の分析作業中。ルーン会長の兄であるランターンさんは、最近このクオリアの裏方として働くことになった。
 主な仕事内容は、ギルド所属者たちに魔法を教えることと魔法書物の分析。

「ランターンさんっ! 今日も、魔法教えてくれますか? そうだ、イクトもせっかくだし、何か習ったら?」
「やあ萌子さん、今日はイクト君も一緒かな? ……おや、その狼犬は?」
「お店の入り口にずっといて……飼い主を捜しているのかしら?」
「ふぅん……ここは異世界だし、ペットとして気軽に飼われているのかもしれないね」
 狼犬はランターンさんの事が苦手なのか、萌子の後ろにさっと隠れてしまった。
 オレたちが犬の対応に困っていると、ピピピッ! と電子音。スマホにメールが届いた合図だ。

「なんだろう……えっダブルデート再試験? デート中にマルスのメンバーが乱入してきたのが原因で点数を判定できない……もう一度……そんなバカな……あんなことで」

 まさかの判定不可能で、ハーレム勇者認定試験最終を再試験、もう一度オレとアオイ、萌子と他1名男性を加えてテストをするように、とのこと。
 マルス入院中の現在、萌子と親しくしている男性といえば、目の前にいるランターンさんが適任で……。

「おや、もしかして僕の出番かな?」
 と、眼鏡を直しながら優しく、だが少し不敵に笑うランターンさんは、乙女ゲームの攻略対象として出てくるイケメンそのものだった。

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