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第10話 ひかりの継承
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春が過ぎ、夏が歩み寄り、秋が色づき、冬が雪を降らせる。
季節は迷いなくゆっくりと巡る。
ゆうは何度も空き地へ来た。
雨の日も、風の日も、雪の日も。
歩幅はだんだんと小さくなり、息は浅く、杖は体の一部になっていった。
やがて――ある静かな午後。
ゆうは切り株にそっと触れた。
「ひかり……今日は少し疲れたよ」
声は穏やかで、痛みのない柔らかさを帯びていた。
芽はもう、小さな苗木ではなく、青年の背丈ほどに育っていた。
葉は風に揺れ、かすかな擦れ音を奏でる。
「すごいな……もう僕より高い」
ゆうは笑った。
その笑みは、幼い頃にひかりの木の下で見せた笑顔と同じ形だった。
「──ねぇ、ひかり」
ゆうは苗木のそばに腰を下ろした。
土はほんのり温かく、風が頬を撫でた。
鳥が遠くで鳴き、雲がゆっくり流れる。
「生きているって……痛くて、嬉しくて、寂しくて、あったかくて……
いろんな形があったけどさ」
ゆうは苗木を見つめた。
「君がいてくれたから、僕は最後まで……生きられたよ」
風が苗木を揺らす。
その揺れは慎ましく、でも確かな返事。
「……ちょっと眠るよ。
ほんの少しだけ。
……ひかり、そばにいてね」
ゆうは背中を切り株に預け、目を閉じた。
風が止まり、空気が柔らかく沈んでいく。
土の匂い、草の匂い、昔と同じ空気。
その呼吸は――
ひとつ……
またひとつ……
そして、静かに――溶けていった。
ゆうは眠るように息を引き取った。
ひかりは、ずっとそこにいた。
影で包み、風で寄り添うように。
それから季節は、何度もめぐった。
雪が降り、溶け、芽吹き、葉が茂り、そして赤く染まり、散る。
空は晴れたり曇ったり、雨は降り、鳥は巣を作り、やがて旅立った。
ゆうが眠ったその場所から伸びた苗木は、
年々大きく、たくましくなっていった。
根は深く、枝は広がり、葉は光を受けて輝き、
ある朝――その姿はもう立派な大樹になっていた。
幹は太く、影は広く、実が枝を重たげに揺らす。
ひかりは再び、誰かを迎える準備を終えた。
ある日、小さな足音が草を踏んだ。
「わぁ……大きい木!」
声は弾んでいる。
その声は、遠い昔の少年の声に似ていた。
「ねぇ、ここ座っていい?」
木は静かに揺れる。
陽の光が葉を透かし、小さな影が地面に踊った。
子どもは木の根元に座り、空を見上げた。
「ここ、すっごく落ち着くね。
なんでだろ……おうちみたいな匂いがする」
風が吹き、葉がさらさら音を立てた。
子どもは木の幹に触れた。
ざらざら、でもあたたかい。
「ねぇ……」
そして、まるで引き寄せられるように言葉をこぼす。
「君は友だち?」
瞬間――
葉が一枚、ゆっくりと空中を回りながら落ちてきた。
子どもの肩に、そっと触れるように。
その様子を見た子どもは、ぱっと笑った。
「……うん。
もうわかったよ」
空は青く、雲はゆっくり流れる。
風が木を揺らし、葉の音がまるで歌のように続いた。
子どもは木にもたれ、目を閉じた。
「また来るね。
ずっと、ここにいてね」
木は答えない。
けれど――風が優しく吹いた。
そう、それはまるでこう言っているようだった。
「ここにいるよ。
いつまでも。」
空に光が満ち、葉がきらりと光を返す。
ひかりの木は、また新しい時間を育て始めた。
――物語は終わらない。
与えられたものは形を変え、
誰かの心で、また芽吹く。
そして未来へ。
また新しい春が始まる。 🌿
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