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勇敢なのか馬鹿なのか Merry Christmas

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「ぎゃーーー」

心臓が飛び出るかと思った。

だって、ここは地面から3メートルはあろうかと思われる窓。

まるで、宙に浮いているように見えた。

「なにしてんの」

「ん、ちょっと」

びしょびしょ。

雪の中で遊んだ程度の濡れ方ではなかった。

まるで、洋服を着て川の中を泳いできたような……。

「まさかねー、この雪の中を」

外はちらちらと雪が降っている。

「寒い」

ぶるっとふるえた。

しかも、窓からそのまま入ってきたし、この人。

この人の正体は一つしたの弟である。

わたしは、クリスマス・イヴのその日、

一人自分の勉強部屋で、本を読んでいた。

赤毛のアン、何度この本を読んだだろう。

おばが送ってくれた本なのだが、

暇さえあれば開いて、雪の女王様や

恋人たちの小道を想像して、

胸ときめかせていた。

勉強部屋には、暖房はない。

コートを着て、寒さを体感しながら

一人で楽しむ読書。

最高の贅沢だと思う。

この家は、料理屋をやっているので、

雇っているお姉さん2人、

時折訪れるお客さん、

父と母。

いつもいつも人がいるような家だった。

うろ覚えだが、わたしが小学5年生、

弟が4年生?

本を読んでいると、突然、窓ががたがたと揺れた。

この地域に地震はほとんどなかった。

「なーに」

すると、窓がスーと開き、

弟が顔を覗かせたのだ。

窓の下は、狭い土手があり、

川が流れている。

びしょびしょの服を脱がせ、

下着と暖かそうな洋服を着せて、

布団の中にもぐりこませた。

湯たんぽを用意し、

温かな砂糖湯を飲ませた。

弟はやっと落ち着いたのか、

橋の向こうの木工所に

風呂にくべる燃料のおがぐずを貰いに行こうと、

自転車に乗っていったら、

橋の欄干が壊れていて、

下の川にまっさかさまに落ちたそうだ。

一旦は、岸まで泳いでたどり着いたのだが、

自転車も一緒に落ちてしまったので、

父様に叱られると想い、

また飛び込んでとりにいった。

何度ももぐって、沈んでいる自転車を移動させ、

母さまにみつかると叱られそうなので、

自転車は勉強部屋の下に置き、

窓から入ってきたという。

「はうううう」

この、寒空に助かっただけでもラッキーなのに、

また飛び込んで……。

その無謀さと勇気に開いた口がふさがらなかった。

とりあえず、自転車を自転車置き場に戻して欲しいという。

その自転車はかなり古くからあるもので、

通常ではわたしの力では、押すことも困難だった。

いつもシェパードに引っ張ってもらうのだが、

そんなことをすると見つかりそうなので、

弟と一緒にとりに行った。

柳にうっすらと雪が積もっている。

柳に雪折れなし

たおやかでしなるように雪をかぶっている。

橋の下から、ここまで自転車を運んできた……。

50メートルはあろうかという距離。

川の中をあの重たい自転車を一人で。

そのすさまじいエネルギーはどこから来たの。

川から、自転車の場所まで、

点々と続く足跡。

弟の苦労がひしひしと伝わる。

「がんばったね。すごいね」

心からほめてあげたかった。

自転車置き場まで、人の通っていない道は、

ずぼずぼ雪にはまって歩きづらかった。

弟がハンドルを握り、私は荷台を一生懸命前に押した。

距離にすれば、30メートルくらいであろうが、

水を吸った自転車はいつもより重かった。

何とか二人で移動させることができて、

胸をなでおろす。

「はーー」

二人で顔を見合わせ、

にんまりと笑った。

これで叱られないですむ。

弟と私は、ものすごくよく喧嘩もしたけど、

困ったことがあるとお互い、かばいあった。

「世界中でたった三人の兄弟なんだから」

父からいつも諭されていた。

父も母も、クリスマス準備ができて、

居間にいた。

酒樽の底を使ったテーブル。

掘りごたつは、とても暖かい。

薄い茶色を基調にしたこの部屋は、

家族団らんにはもってこいの

和やかな雰囲気をかましだしている。

わたしたちの背よりも大きなクリスマスツリー。

弟と一緒に飾った電飾。

きらきら輝いて美しい。

雪に見立てた白い綿も沢山載せた。

「はじめるよー」

「はーい」

「えーと、その前にお話があります」

正直に今回の話をしたほうがいいという判断を二人はした。

一瞬、重々しい空気が流れる。

父母に、弟が川に落ちたこと、

何度ももぐって自転車を移動させたこと。

窓から入ってきたこと。

弟の面倒をちゃんと見たこと。

自転車を元の場所に二人で戻したこと。

かいつまんで、正直に話をした。

「えええええ」

母は、悲鳴ともとれる声を発している。

二人は、驚きと戸惑いの顔になっていく。

父様は黙って聞いていたのだが、

話を最後まで聞くと、

「よく無事で帰ってこれた」

「本当は橋の欄干が壊れているのに

雪道を自転車を使ったことを叱りたいが

今日はクリスマスで人を許し愛す日だ。

だから、許そう。メリークリスマス」

と、静かに言った。

父の大きな目からは、涙が光っていた。

話を聞きながら、心配したんだろうな。

優しい父様。

宴は始まる。

明るく、楽しく、賑やかに。

そして、二人はプレゼントを貰った。

開けてみろといわれ、大きな包みを開くと、

山吹色のジャンパーだった。

しかも、弟とおそろい。

我が家で、黒、紺、茶、地味な色以外の洋服を買うことは

とても珍しかった。

からし色にも似た山吹のジャンバーは美しく見えた。

二人は小躍りした。

「やったー。ありがとう」

「父さま、ありがとう。母さま、ありがとう」

「メリー・クリスマス」

父の買ってきた二段のケーキが結婚式みたい。

母の作ってくれた料理がとってもおいしい。

青磁に並べられたふぐ刺しもとても上品な味で口の中で甘みが

ふわーと広がる。

ふぐの皮がこりこりしておいしい。

ああ、楽しい嬉しいクリスマス・イヴ。

それにしても、弟君、君は勇敢なのか馬鹿なのか。

これからもよろしくなのです。

Merry Christmas。

PS.

橋からまっさかさまに
重い自転車と一緒に落ちた君は
雪の降る中を
自転車を取りに
また川の中へともぐっていく
すごい勇気それとも無謀
あの時には気づかなかった
ことの重大さが
ひしひしと伝わってくる
生きててよかったね
助かってよかったね
理解できなくてごめんね

沢山の思い出をありがとう



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