11 / 21
11.俺の過ち①
しおりを挟む
ロナが出て行った理由が分かった、出て行かれても当然だと思った。
妹が勝手にロナの花嫁衣装に手を加えて着ていることにも、彼女の絶望にも気づかなかった。その日一日会話も出来ず目も合わなかったこともお互いに忙しいから仕方がないと考えてしまっていた。
一生懸命に俺の妹の為に動いてくれているロナに気を遣わず、幸せそうにはしゃいでいる妹の姿を見て亡くなった両親の墓前で誓ったことがこれで果たせたと舞い上がっていた。
その後に訪れる二人だけの生活に『ロナとはこれからいくらでも時間がある』と思っていた。
俺は馬鹿だった。
愛しているから、家族になったからと俺はロナに甘えていたんだ。
クレアさんに結婚式当日のロナの様子を教えてもらうまで気づきもしなかった。それに妹が犯してしまった罪に気づかずその姿を褒め称えて笑っている俺をロナはどんな思いで見ていたんだろうか…。
どんな顔をしていたんだろうか…。
泣いていたのか…?
震えていたのか…?
それとも軽蔑していたんだろうか…。
その場にロナはいたのにそれすら記憶にない、まったく見ていなかったから。
俺は本当に最低だ。愛している妻にこんな仕打ちをするなんて、自分でも信じられない。
クレアさんはあんなロナは見たことがないと言っていた。彼女の顔には『絶望』しかなかったと…。
そんな顔をさせたくて結婚したんじゃない。
愛していたから、この手で幸せにしたいから結婚したのに。
俺は三年間一緒に暮らしていてロナのそんな顔は一度も見たことはなかった。だからこそ己の犯した過ちがどれほど妻を追い詰めたのか分かった。
すまない、本当にすまない。
謝ってもあの大切な花嫁衣装はもう元には戻らないけど…。
お願いだ、直接顔を見て謝りたいんだ。
帰って来てくれ…愛しているんだ心から。
家を出て行った妻に心の中で何度も謝り続ける。
自分の過ちは分かったが離縁など絶対にしたくない。ロナを愛しているんだ、もう一度ちゃんと話し合ったらきっと俺達はやり直せる。
俺はもう間違えない、変わって見せる、それに誤解も解きたい。
だが何度ロナの実家を訪ねても彼女に会えなかったし居場所も教えてもらえなかった、ならば手紙を渡して欲しいとお願いしたがそれすら拒絶されてしまった。
妹のマリーもミールと一緒に何度か実家に謝罪しに行ったが扉すら開けて貰えなかったらしい。
‥‥当然だった。
そんな状態のまま一ヶ月が経過し流石に仕事を休んだままという訳にいかずに、仕事をしながら休日にロナを探すという生活を続けていた。
最初の頃は俺が休んでいた理由を知らなかった同僚達も、周囲の目を気にすることなく探している俺の噂は自然と耳に入り、今では妻に出て行かれた夫として騎士団では有名になっていた。
妻が出て行った理由を訊かれたら隠すことなく話していた。憶測で出て行ったロナのことを悪く言われたくはなかったからだ。
自分のことはどう思われても構わないと思っていたが、意外なことに男ばかりの騎士団では大半が俺に同情してくれていた。
『頑張れよ』と声を掛けられる毎日が折れそうになる俺の心を支えてくれていた。
今日も何の手掛かりも掴めない俺を慰めるという大義名分を掲げて皆で行きつけの酒場に来ている。
最初こそはそんな誘いは断っていたが最近は酒場で何かしらロナの情報が掴めるのではないかと淡い期待を胸に顔を出すようにしている。
「ほらザイ、元気出せ。綺麗な奥さんが出て行っちまったくらいでそう落ち込むな。しばらくしたらきっと旦那であるお前の良さが分かって帰って来るさ。女なんて勝手な生き物なんだ、感情的に怒ってすぐに実家に帰っちまう。でも暫く経つとケロッとして家にいるのさ、俺の女房もそうだぞ」
一人の騎士が笑いながらそう言うと周りの男達も『そうだ、そうだ』と同調して笑い声を上げている。
俺は笑えなかった。それはちゃんと妻が帰って来てくれたからこそ言えるセリフだ、今の俺は賛同など出来ない。こっちは必死なんだ。
…ったく、勝手なことを言ってくれる。
俺の気も知らないで。
俺は黙ったままコップに入っている酒を一気に飲んだ。
ロナが出て行ってから酒が美味しいと感じることはないが、酔えば少しは不安な気持ちを紛らわすことが出来るから飲んでいた。
そんな俺を慰める様に仲間達が口々に話し掛けてくる。
「まあ嫁さんが出て行ったのも仕方がないかもしれないが、でも何も言わずに出て行くなんてちょっと酷いよな。お前は妹の面倒も必死に見ていたし浮気なんかもしていなかった。
それなのに、お前の妹が間違って嫁さんの花嫁衣装に少し手を加えて着ちまっただけで一ヶ月も帰ってこないなんてなー」
その言葉に酒を飲みながらみな頷いている。
「そうだ、お前は夫としてよくやっていた。幼い妹を養って、結婚してからも遊びもせずに嫁さんを大事にしていたのを俺は知っている。だってよお前の家に遊びに行った時、お前は嫁さんにデレデレだったもんな。
男の俺から見てお前は満点に近い夫だったぞ。
それなのにお前の嫁さんは怒り過ぎなんだ、たかがドレスくらいで。お前の妹も弁償するって言ってるんだろう。
はぁ~嫁さんはお前の努力をちっとも理解していないんだな。でも俺はちゃんと分かっているからな。
ザイ、元気出せ!俺はお前の味方だ」
「「「そうだ、味方だー!」」」
周りにいる同僚達がそう言いながら一斉に乾杯をしてから『すぐに帰って来るさ』『もう少しの辛抱だな』と明るい口調で慰めてくれる。
そんな彼らの励ましに俺は少しだけ救われる思いがしていた。
バンッ、ガッシャーンー!!
テーブルの上に頼んでいた酒が乱暴に届けられた。周りに飛び散った酒が俺達に掛かてしまっている。酒の席なのでこんなことで怒るつもりはないが、いくら忙しいといえどもこれはちょっと接客業として酷いだろう。
「おいおい、おばちゃん。忙しいからって少し乱暴すぎやしないか。俺達が水も滴るいい男になっちまってるぞー」
一人の騎士が笑いながら運んできた店員に文句を言っている。その場の雰囲気が悪くならない上手い言い方だった。
その店員は俺の近所に住んでいる年配の女性で面倒見の良い気さくな人だった。『はいよー、すまないね』と言えばそれで終わるはずだった。
だが彼女が謝ることはなかった、それどころか客である俺達を睨みつけてくる。
妹が勝手にロナの花嫁衣装に手を加えて着ていることにも、彼女の絶望にも気づかなかった。その日一日会話も出来ず目も合わなかったこともお互いに忙しいから仕方がないと考えてしまっていた。
一生懸命に俺の妹の為に動いてくれているロナに気を遣わず、幸せそうにはしゃいでいる妹の姿を見て亡くなった両親の墓前で誓ったことがこれで果たせたと舞い上がっていた。
その後に訪れる二人だけの生活に『ロナとはこれからいくらでも時間がある』と思っていた。
俺は馬鹿だった。
愛しているから、家族になったからと俺はロナに甘えていたんだ。
クレアさんに結婚式当日のロナの様子を教えてもらうまで気づきもしなかった。それに妹が犯してしまった罪に気づかずその姿を褒め称えて笑っている俺をロナはどんな思いで見ていたんだろうか…。
どんな顔をしていたんだろうか…。
泣いていたのか…?
震えていたのか…?
それとも軽蔑していたんだろうか…。
その場にロナはいたのにそれすら記憶にない、まったく見ていなかったから。
俺は本当に最低だ。愛している妻にこんな仕打ちをするなんて、自分でも信じられない。
クレアさんはあんなロナは見たことがないと言っていた。彼女の顔には『絶望』しかなかったと…。
そんな顔をさせたくて結婚したんじゃない。
愛していたから、この手で幸せにしたいから結婚したのに。
俺は三年間一緒に暮らしていてロナのそんな顔は一度も見たことはなかった。だからこそ己の犯した過ちがどれほど妻を追い詰めたのか分かった。
すまない、本当にすまない。
謝ってもあの大切な花嫁衣装はもう元には戻らないけど…。
お願いだ、直接顔を見て謝りたいんだ。
帰って来てくれ…愛しているんだ心から。
家を出て行った妻に心の中で何度も謝り続ける。
自分の過ちは分かったが離縁など絶対にしたくない。ロナを愛しているんだ、もう一度ちゃんと話し合ったらきっと俺達はやり直せる。
俺はもう間違えない、変わって見せる、それに誤解も解きたい。
だが何度ロナの実家を訪ねても彼女に会えなかったし居場所も教えてもらえなかった、ならば手紙を渡して欲しいとお願いしたがそれすら拒絶されてしまった。
妹のマリーもミールと一緒に何度か実家に謝罪しに行ったが扉すら開けて貰えなかったらしい。
‥‥当然だった。
そんな状態のまま一ヶ月が経過し流石に仕事を休んだままという訳にいかずに、仕事をしながら休日にロナを探すという生活を続けていた。
最初の頃は俺が休んでいた理由を知らなかった同僚達も、周囲の目を気にすることなく探している俺の噂は自然と耳に入り、今では妻に出て行かれた夫として騎士団では有名になっていた。
妻が出て行った理由を訊かれたら隠すことなく話していた。憶測で出て行ったロナのことを悪く言われたくはなかったからだ。
自分のことはどう思われても構わないと思っていたが、意外なことに男ばかりの騎士団では大半が俺に同情してくれていた。
『頑張れよ』と声を掛けられる毎日が折れそうになる俺の心を支えてくれていた。
今日も何の手掛かりも掴めない俺を慰めるという大義名分を掲げて皆で行きつけの酒場に来ている。
最初こそはそんな誘いは断っていたが最近は酒場で何かしらロナの情報が掴めるのではないかと淡い期待を胸に顔を出すようにしている。
「ほらザイ、元気出せ。綺麗な奥さんが出て行っちまったくらいでそう落ち込むな。しばらくしたらきっと旦那であるお前の良さが分かって帰って来るさ。女なんて勝手な生き物なんだ、感情的に怒ってすぐに実家に帰っちまう。でも暫く経つとケロッとして家にいるのさ、俺の女房もそうだぞ」
一人の騎士が笑いながらそう言うと周りの男達も『そうだ、そうだ』と同調して笑い声を上げている。
俺は笑えなかった。それはちゃんと妻が帰って来てくれたからこそ言えるセリフだ、今の俺は賛同など出来ない。こっちは必死なんだ。
…ったく、勝手なことを言ってくれる。
俺の気も知らないで。
俺は黙ったままコップに入っている酒を一気に飲んだ。
ロナが出て行ってから酒が美味しいと感じることはないが、酔えば少しは不安な気持ちを紛らわすことが出来るから飲んでいた。
そんな俺を慰める様に仲間達が口々に話し掛けてくる。
「まあ嫁さんが出て行ったのも仕方がないかもしれないが、でも何も言わずに出て行くなんてちょっと酷いよな。お前は妹の面倒も必死に見ていたし浮気なんかもしていなかった。
それなのに、お前の妹が間違って嫁さんの花嫁衣装に少し手を加えて着ちまっただけで一ヶ月も帰ってこないなんてなー」
その言葉に酒を飲みながらみな頷いている。
「そうだ、お前は夫としてよくやっていた。幼い妹を養って、結婚してからも遊びもせずに嫁さんを大事にしていたのを俺は知っている。だってよお前の家に遊びに行った時、お前は嫁さんにデレデレだったもんな。
男の俺から見てお前は満点に近い夫だったぞ。
それなのにお前の嫁さんは怒り過ぎなんだ、たかがドレスくらいで。お前の妹も弁償するって言ってるんだろう。
はぁ~嫁さんはお前の努力をちっとも理解していないんだな。でも俺はちゃんと分かっているからな。
ザイ、元気出せ!俺はお前の味方だ」
「「「そうだ、味方だー!」」」
周りにいる同僚達がそう言いながら一斉に乾杯をしてから『すぐに帰って来るさ』『もう少しの辛抱だな』と明るい口調で慰めてくれる。
そんな彼らの励ましに俺は少しだけ救われる思いがしていた。
バンッ、ガッシャーンー!!
テーブルの上に頼んでいた酒が乱暴に届けられた。周りに飛び散った酒が俺達に掛かてしまっている。酒の席なのでこんなことで怒るつもりはないが、いくら忙しいといえどもこれはちょっと接客業として酷いだろう。
「おいおい、おばちゃん。忙しいからって少し乱暴すぎやしないか。俺達が水も滴るいい男になっちまってるぞー」
一人の騎士が笑いながら運んできた店員に文句を言っている。その場の雰囲気が悪くならない上手い言い方だった。
その店員は俺の近所に住んでいる年配の女性で面倒見の良い気さくな人だった。『はいよー、すまないね』と言えばそれで終わるはずだった。
だが彼女が謝ることはなかった、それどころか客である俺達を睨みつけてくる。
応援ありがとうございます!
13
お気に入りに追加
5,783
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる