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56.踏み出せない一歩①〜ジェイク・ボーン視点〜

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執務室から出ていくるシシリアを物陰からそっと確認する。その表情はいつも通りの彼女で、中で特別なことがなかったことが伺えた。

 はぁ…、これだと今日も進展はなしだな。
 なんで有能なのにこの分野だけ駄目なんだ…。


幼馴染であるルカディオ殿下に仕えてから長い年月が経っているので、その性格や仕事ぶりもよく知っている。

王族という身分に驕ることない真面目で気さくな性格。
状況を的確に判断し冷静に事を進める優秀な手腕。

誰からも好かれており、自分に自信が持てないということもないはずだ。

それなのに恋愛面だけは優秀とはほど遠い。
というより世間一般的な評価だと平均以下だろう。



『トントンッ』と殿下の執務室の扉を叩く。
その叩き方から誰だか分かったのだろう、名乗る前に部屋の主は俺の名前を呼んだ。

「入れ、ジェイク」

「殿下、失礼します」

扉を開いて中に入ると、殿下はこちらを見ることなく書類に目を通しながら手早く署名をしている。
俺はいつものように殿下が処理を終えた書類を仕分けし始める。

部屋では書類をめくる音がするだけで、あとは無音だ。

いくら待っても殿下からなにか言ってくることはない。
報告するべきことがあるはずなのに…。
たまらずこちらから声を掛けてみる。

「ルカディオ殿下、シシリア嬢にちゃんと伝えることが出来ましたか?」

「あの国の状況はちゃんと伝えた」

すぐさま簡潔な言葉が返ってくる。
だがこちらを見ることはやはりない。
目を合わせたくないといったところだろうか。

だから再度的確に質問をしてみることにした。

「あの国の状況を伝える事が出来たのはよく分かりました。でもそれは伝えるべきことの一部分ですよね?もう一つ伝えるべきことがありましたよね…」

「………」

殿下はやっと顔を上げこちらを見てくるが、答えない。
まったく困ったものだ。
あれほど事前に恋愛相談に乗ってあげたというのに。

「殿下、シシリア嬢にをちゃんと伝えることが出来たのですか?」

答えは想像できるが、あえて訊ねた。
こうしないとこの人はちゃんと出来ないと思ったからだ。

 全く世話が焼けるな…。
 いい年して思春期かよっ。

思うことはたくさんあるが、それは心の中だけで呟いておく。


「少しは伝わった?…と思っている」

殿下がやっと答えてくれたが、なんでそこに疑問形が入るのだろうか。
…意味が分かない。

状況を正しく把握する為に『どんなやり取りがあったのかご説明願います』と言うと、殿下は二人で交わした会話の内容を話し始めた。

説明は完璧で非常に分かりやすかった。
こんな状況でなかったら『ルカディオ殿下、素晴らしい報告有り難うございます』と言いたいところだ。

だが全然良くない。
『伝わった?』の疑問符の意味がよく分かった。
というかシシリア嬢には殿下の気持ちが全然伝わっていないのが判明した。


…』という前後の場面で殿下は『少しは伝わった?』と思ったようだが、どう考えても無理がある。
どこに伝わった?と思う要素があるというんだ。

なんだか頭が痛くなる。

殿下は仕事絡みではこんな馬鹿な思い込みは絶対にしない、断言できる。
それなのに…だ。

 なんでだ??
 どうすればこうなるんだ?
 誰か教えてくれっ。

思わず『はぁ…』とため息を吐かずにはいられなかった。
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