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60.黒き薬師の名演技

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「時間を無駄にするのはやめましょう。答えが変わることはありませんので。今までお世話になり感謝しています。私は森に帰って平穏な生活に戻りますから、ルイト様は王都でお元気にお過ごしください」

素っ気ない別れの言葉を告げた。

彼は素晴らしい人だ。その容姿だけでなく中身も、そのうえ身分も申し分ない。
出会った頃の彼は鎧で心を覆っていたけれど、今は違う。……相応しい人がいつか現れ、今彼が抱いている感情を塗り替えてくれるはずだ。
 
だから、私との別れに思い込めた言葉なんていらない。

 ……さっさと忘れてください。



でも、私はきっと永遠に彼を忘れない。



「ヴィア、無駄じゃない。君がなにを抱えているのか知らないし、無理に聞こうとも思わない。だが、ヴィアが吐き出したくなった時に隣にいたい。それが俺の望みだ」
「私は弱くありませんから、吐き出しません」

その必要はないのだとはっきりと伝える。

「無理に吐き出さなくてもいい。だが、一人ですべてを背負い込んでいる君を支えたい」
「支えなんて要りません。今までだって一人で逞しく生きてきました」
「愛しているから、ただ寄り添っていたい。それを俺に許してくれないか? ヴィア」

何度突き放しても、彼は一歩も引かなかった。
王都に着く前は私のギリギリを見極め引いて見守ってくれていたのに、今の彼は強引だ。

彼は分かっているのだ。ここで引いたら、完全に終わることを……。


――でも、私は終わらせる。


引き伸ばしたら、それだけ彼の時間人生を奪うことになる。

私は欲張りだから願いを叶えたい。……それは愛する人の幸せだ。

そのためなら手段は選ばない。


真っ直ぐに私だけをその瞳に映す彼に向かって、私は微笑んでみせる。
鏡がないので確かめられないが、今の私は冷たい笑みを浮かべているはずだ。

「これだから真面目な男って嫌なんです。遠回しに言っても全然通じないんだから。あれは期間限定のお遊びです! 私がフードを被って生活していた本当の理由を教えてあげます。適当に男達と遊ぶためですよ。でも本気になられたら困るし、女達から反感を買うと面倒なので、遊ぶ時だけ素顔を晒し、普段はフードで顔を隠していたんですよ」

自分でも驚くほどスラスラと酷い言葉が出てくる。
もしかしたら本当に名女優になる才能を秘めているのかもしれない。

私の言葉を聞き、ルイトエリンは顔を歪ませている。
こんな彼を見ると、苦しくて息が出来なくなる。でも、目を逸したりはしなかった。私が始めたことだ、最後までやり遂げる。


もうこれ以上言う必要はないかもしれない。でも、彼を傷つける言葉が止まることはなかった。

 ……嫌って、――いいえ、大嫌いになってください。

思い出は美化されるものだ。それなら、私達の思い出をすべて壊せばいい。未練なんて一欠片も彼の中に残さない。

私は冷たい笑みを保ったまま、せせら笑う。

「森では二重生活を楽しんでいたんです。でも、王都に連れてこられ、正直遊べなくて困っていました。そこに偽りの婚約は渡りに船でしたね。だって、堂々と恋愛ごっこを楽しめるんですから。でも予想外にルイト様は真面目で、ちょっと物足りなくなって、ヤルダ副団長にも手を出したりしました。あっ、怒らないでくださいね。だって私を満足させないルイト様がいけないんですから」
「ヴィア、もうやめろ」

苦しそうに声を絞り出すルイトエリン。


――やめない。

……まだ大丈夫、私はまだ頑張れ……る。


 もっと笑え、私っ!

崩れそうになる笑みを保つために、握りしめた拳の中で爪を立てた。鋭い痛みが私を支えてくれる。

世間で流行っている悪役令嬢の真似をして、私は妖艶な手つきで彼の頬を、いたぶるように撫でてみせた。
彼は目を見開きなにかを言おうとするが、私は人差し指を彼の唇に当て許さなかった。

「ふふ、これが私の抱えている秘密ですよ。隣で支える? はっきり言って迷惑です。いろんな男と遊べなくなりますから。これでお別れなんで特別に教えてあげましたけど、言い触らしたりしないでくださいね。ルイト様」
「ヴィア、もうやめてく――」

彼の懇願を無視して言葉を被せる。

「あっ、そんな心配は不要でしたか? ふふ、二股掛けられていたなんて恥ずかしくて言えませんよね」
「ヴィア、もういい。もういいから……」

声を震わせながらルイトエリンが私に向かって手を伸ばしてきた。

 ……私はちゃんと彼に嫌われただろうか。

そんな心配はきっといらない。こんなふうに罵倒されて平気な人はない――私の演技は完璧だった。


彼に打たれるのを覚悟する。それだけのことを私は口にした。それに、あの温もりに最後にまた触れることが出来るのなら、どんな形でも構わないとも思っていた。


「泣くな、ヴィア」
「……っ……」

私の頬に触れた彼の手はなにかで濡れていた。

いつから私は泣いていたのだろうか――分からない。


「……雨ですね。いつの間に降っていたんでしょうか……」

私は嘘を吐く。

「……そうだな、雨だな。ヴィア」

彼は私の言葉を否定しなかった。



――だから、嘘は嘘じゃなくなった。



「ルイトエリン・ライカン。さようなら」
「元気で、オリヴィア・ホワイト」

私は笑って別れの言葉を告げた。彼はどんな顔をしていたか分からない。なぜか視界が歪んでいたから……。
それから私は予定通り森に帰り、黒き薬師としての日常がまた始まった。










 
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