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61.平凡な日常とちょっとした変化①

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森に帰った私はまたフードを被る生活に戻った。世間には第二の騎士達のように下心のない人もいると分かったけれど、一人暮らしなので用心するに越したことはないからだ。

数日間はなにも手につかずに、ひたすら泣いていた。こういう時は森の奥深くでひっそりと暮らしていて本当に良かったと思う。

なぜなら、どんなに泣き叫ぼうとも誰にも聞かれることはないからだ。

『ひっく、…うっぅっ…、ルイト様ー。幸せになって、……ださいっ。大好きですから、絶対に幸せになってくれないと怒りますから。……ひっく、もし不幸になったら本気で呪いますっ、……よ』

支離滅裂で、もはや呪おうとまでしている私。だが、不幸な人を呪ったらより不幸になるのではと考え直す。

『……幸せになる呪いを考えてから、ひっく、……っ……呪いますね。だから、首を洗って待っていてくだっ……さぃ……』

少しだけ軌道修正したけれど、こんな叫びを誰かに聞かれたら、たぶんこの森で暮らせなくなるだろう。


――バサバサッ。

私が彼の幸せを心から願う度に、鳥達が迷惑そうに飛び立っていった。休憩を邪魔して申し訳ないとは全然思わない。だって、彼らはお返しだとばかりに毎回置き土産を大量に残していったから。

 鳥達め、いつか焼き鳥にしてやるっ。


そんなことを真剣に考えていると、気づけば一週間が経っていた。


人間生きていればお腹が空く。仕事もせずに嘆き暮らすにも限界はある。

ただ私はまとまった金――騎士団から支払われた給金――を持っていた。

それは孤児である私にとっては大金だった。自給自足と質素倹約で足りない部分に、そのお金を充てて生活したら、三年以上は引き篭もっていられる計算だ。

 ……よしっ、ぱあっと全部使おう!


投げやりになっているわけではない。
ただ、このお金を持っていると前に進めない気がした。

ルイトエリンのことを忘れるつもりはないし、忘れたいとも思わない。たぶん、私は一生彼を想って生きていくだろう。

でも、うじうじしている私を彼は喜ばないと思う。彼は楽しそうな私を見るのが好きだと言って笑ってくれた。
目を閉じれば、いつだって彼のあの時の柔らかい笑みが思い浮かぶ。

――これから先彼が誰を愛そうと、記憶に刻まれているあの時の彼は私だけのものだ。


彼に会うことは二度とないけれど、そのまま私らしくいたいと思う。

ただの自己満足だけど、そうすることで彼とまだ繋がっているような気がするのだ。
未練がましいだろうか。でも、好きなものは好きなのだから仕方がない。

 素敵すぎるからいけないんですよ、ルイト様。



だから、たとえお婆さんになっても一人で前向きに笑って生きていこうと思う。
 
そのためにはなにが必要か? ――それはより前向きな自分だ。


実は私は秘かに目標としている人がいる。それはゴーヤン王国の薬師サリーだ。
ゴーヤンは薬草の扱いが長けていることで有名な国で、当然だが優秀な薬師が多くいる。そんな中でなんの後ろ盾もなく己の努力と薬草に対する貪欲な知識欲のみで、上まで這い上がった伝説の人――それが彼女だ。
噂では、どこかの国の王妃の命を救ったこともあるらしい。

ずっと憧れていて、いつか教えを請いたいと願っていた。でも、ゴーヤンは遥か遠くにあり、平民が気軽に旅行できる距離ではない。

でも、今の私には馬車に乗るお金がある。

 これは行くしかないっ!

善は急げということで、私は早速馬車を乗り継ぎ、休むことなくゴーヤンに向かった。
そして、無事に到着するやいなや、新しいフードに着替え身なりを整えて目的の薬草院を訪ねたのである。

「会えないってどういうことですか?!」
「申し訳ございません、サリー様は新婚旅行に行っております」
「心魂旅行ですか?」

薬草に気合を込めたりする儀式があるのだろうか。

「いいえ、結婚した者が夫婦で最初に行く旅のことです」
「えっと、私が会いに来たのはあまり若いとは言えないサリー様なのですが……。サリー違いではないでしょうか?」
「いいえ、薹が立ったサリー様しか当院にはおりませんので間違いではありません」

伝説の人は不在だった。

研究熱心で薬草院にほとんど寝泊まりしていると聞いていたから、いると思い込んでいたのだ。それに薬師サリーは行き遅れと有名だった。だから、結婚する予定など端から確認しようと思わなかったのである。

 ……完全に私の落ち度だ。





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