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別れ
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「ユリアさま、どうかお身体にお気をつけて」
そう言ったエイダの顔は、とても寂しげだった。
エイダは見世物用の檻の中、ユリアティエルはその外にいる。
鉄格子の中と外。
連れ去られる者と残される者。
二人はこれから、二度と会うこともないのだろう。
ユリアティエルは、鉄柵の間から手を伸ばし、そっとエイダの髪を撫でた。
「・・・不思議ね、貴女の髪の色を見ると何故か安心するの。私の知っている人の髪色によく似ているからかしら」
奴隷となる事を拒み続け、反抗的な態度を決して崩さないエイダの身体はいつも傷だらけだ。
それでも、ここ最近は怪我が少ないとエイダは笑っていた。
ユリアさまの世話をしているから、他の人たちに絡まれる時間がかなり減ったのだ、と。
・・・この子はこれからどうなるのだろう。
他人の心配をしていられる状況ではない事は承知しているけれど。
それでも、この子のお陰でここでの生活が随分と助けられたのも事実で。
六歳の時に拐われてここに売られ、それからもう五年もここにいるという。
この子だって、いつ味見と称して乱暴されてしまうかも分からない。
いや、もしかすると、もうされているのかもしれない。
そんな事を考えると、自分の前でしか笑顔を見せないこの小さな女の子が、心配で堪らなかった。
・・・何もしてあげられなくてごめんなさい。
そう心の中で呟いた。
ザシュ、と土を踏む音が背後で聞こえる。
迎えが来たのだ。
記録に残る高値でユリアティエルを買い取った新しい所有者が。
「私の奴隷よ。こちらにおいで」
低い、嗄れた声がユリアティエルを呼ぶ。
「・・・はい。今、参ります。ご主人さま」
ユリアティエルは、エイダの頭からゆっくりと手を離した。
鞭で打たれても目の前の相手を怯まずに睨みつける、そんな気の強いエイダが、今にも泣きそうだ。
・・・妹がいたら、こんな感じだったのかしら。
「エイダ。もう少しこちらに寄ってくれる?」
鉄柵越しにそう言って、自分も少しだけ前に屈む。
そして、この短い期間、精一杯ユリアティエルを慕い、世話してくれた気丈な少女の額に口づけた。
「可愛いエイダ。どうか身体に気をつけてね」
「・・・ユリア、さま・・・」
これまで一度も涙を見せたことのない少女の涙が。瞳からみるみる溢れてくる。
「今までありがとう、エイダ。元気でね」
そう伝えると、ユリアティエルは踵を返し、新しいご主人のもとへと歩いていった。
泣きながら鉄格子を掴み、「ユリアさま!」と声を上げるエイダに、「12! 喚くんじゃないよ!」と怒鳴り声が飛ばされる。
エイダは静かに涙を拭うと、口元をきっと締め、去っていくユリアティエルの後ろ姿に頭を下げた。
引き渡しにより、かつてない額の金を手に入れたシェケムとハイデは、満面の笑みを浮かべながらユリアティエルを送り出す。
カサンドロスが用意した籠に乗せられ、去って行くユリアティエルを、エイダは檻の中から眺めていた。
シェケムが何らかの対応策を取ったのだろうか。
ユリアティエルがカサンドロスに売り渡されたその日、シャイラックはそこにいなかった。
そう言ったエイダの顔は、とても寂しげだった。
エイダは見世物用の檻の中、ユリアティエルはその外にいる。
鉄格子の中と外。
連れ去られる者と残される者。
二人はこれから、二度と会うこともないのだろう。
ユリアティエルは、鉄柵の間から手を伸ばし、そっとエイダの髪を撫でた。
「・・・不思議ね、貴女の髪の色を見ると何故か安心するの。私の知っている人の髪色によく似ているからかしら」
奴隷となる事を拒み続け、反抗的な態度を決して崩さないエイダの身体はいつも傷だらけだ。
それでも、ここ最近は怪我が少ないとエイダは笑っていた。
ユリアさまの世話をしているから、他の人たちに絡まれる時間がかなり減ったのだ、と。
・・・この子はこれからどうなるのだろう。
他人の心配をしていられる状況ではない事は承知しているけれど。
それでも、この子のお陰でここでの生活が随分と助けられたのも事実で。
六歳の時に拐われてここに売られ、それからもう五年もここにいるという。
この子だって、いつ味見と称して乱暴されてしまうかも分からない。
いや、もしかすると、もうされているのかもしれない。
そんな事を考えると、自分の前でしか笑顔を見せないこの小さな女の子が、心配で堪らなかった。
・・・何もしてあげられなくてごめんなさい。
そう心の中で呟いた。
ザシュ、と土を踏む音が背後で聞こえる。
迎えが来たのだ。
記録に残る高値でユリアティエルを買い取った新しい所有者が。
「私の奴隷よ。こちらにおいで」
低い、嗄れた声がユリアティエルを呼ぶ。
「・・・はい。今、参ります。ご主人さま」
ユリアティエルは、エイダの頭からゆっくりと手を離した。
鞭で打たれても目の前の相手を怯まずに睨みつける、そんな気の強いエイダが、今にも泣きそうだ。
・・・妹がいたら、こんな感じだったのかしら。
「エイダ。もう少しこちらに寄ってくれる?」
鉄柵越しにそう言って、自分も少しだけ前に屈む。
そして、この短い期間、精一杯ユリアティエルを慕い、世話してくれた気丈な少女の額に口づけた。
「可愛いエイダ。どうか身体に気をつけてね」
「・・・ユリア、さま・・・」
これまで一度も涙を見せたことのない少女の涙が。瞳からみるみる溢れてくる。
「今までありがとう、エイダ。元気でね」
そう伝えると、ユリアティエルは踵を返し、新しいご主人のもとへと歩いていった。
泣きながら鉄格子を掴み、「ユリアさま!」と声を上げるエイダに、「12! 喚くんじゃないよ!」と怒鳴り声が飛ばされる。
エイダは静かに涙を拭うと、口元をきっと締め、去っていくユリアティエルの後ろ姿に頭を下げた。
引き渡しにより、かつてない額の金を手に入れたシェケムとハイデは、満面の笑みを浮かべながらユリアティエルを送り出す。
カサンドロスが用意した籠に乗せられ、去って行くユリアティエルを、エイダは檻の中から眺めていた。
シェケムが何らかの対応策を取ったのだろうか。
ユリアティエルがカサンドロスに売り渡されたその日、シャイラックはそこにいなかった。
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