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追い詰め、追い詰められ
しおりを挟む「王太子殿下の精が欲しかったと? そんな方法で?」
聞いていた者たちから、信じられない、と言いたげな声が上がった。
「あの女は・・・本気でそれをやるつもりだったと言うのですか?」
「五晩続けて女を寄越したのだ。本気だったのだろうよ」
「・・・なんと・・・」
「もはや狂っているという言葉だけでは言い表せませんな」
皆、顔色が酷く悪い。
それは話に気分を害したのか、それとも恐怖したせいなのか。
その反応は当然だ。
あの時は私も・・・。
カルセイランは目を瞑った。
涙を流す侍女から話を聞かされた時、カルセイラン自身、驚愕で暫くの間、何の言葉も出なかった。
気分が悪い。
目の前の景色がぐらりと揺れて、頭が割れるかと思う程に痛い。
・・・耳にしたことが信じられなかった。
カルセイランに他の女をあてがい、後でその女の腹を切り割いて子宮を取り出し、そこから精を搾り取ろうだなんて。
そんな悍ましい考えを、非道な行為を、何故平然と思いつくのか。
そして、何故それを実行に移そうとするのか。
理解を超えている、そう考えてハッとする。
分かっていた筈だ。
あの女は狂っていると。
覚悟したつもりだった。
なのに侍女からその話を聞かされた時、背筋にぞくりと冷たいものが走ったのだ。
恐怖で身体が凍りつきそうな自分に気付き、情け無さで一杯になって。
そんな自分が許せなかった。
ヴァルハリラの術中にあった時、何の感情も映さず、ただ諾々とその命に従っていた侍女は、それが解けた途端に嫌だ助けてと、泣いて憐れみを請うている。
カルセイランはそれを、ただ呆然と見下ろしていた。
「・・・では、その侍女はその後・・・」
不安そうな声で問われ、カルセイランは我に返る。
「・・・ああ。半刻か一刻ほど経った後ぐらいだろうか。再び『傀儡』に支配されたのを確認してから部屋を出て行かせた。私との行為がなかった事は明らかだったから、殺されてはいないだろう」
「・・・納得、しましたかね? その、・・・ヴァルハリラという女は?」
「あの女は部屋の前で待機していた。そして私が扉を開けた途端、寝室まで入って来てベッドの状態を確かめていたよ」
「なんと厚かましい・・・」
「それも今更だ。シーツに純潔が散った証もなく、ベッドも侍女の服装にも乱れた様子がなかった事をその目ではっきり見たから、行為が成り立たなかったという私の話を信じたようだ。・・・かなり不機嫌だったが」
不機嫌、という言葉で果たして言い表せているのかどうか。
あの時のあの女の眼は、怒りでギラつき、今にも私に飛びかからんばかりだった。
思い出すだけで、身体がぶるりと震える。
確かに、昨夜はなんとか躱す事ができた。
だが、今夜はどうなる?
明晩は? その後は?
例えば次回もなんとか躱せたとして、今目の前の事態にすら慌てふためき恐怖している私が、あの女から更なる狂気を見せつけられたら?
恐怖で決意が揺らぎそうで。
俯きかけて、ふと胸元の首飾りに手が触れた。
サルトゥリアヌスに渡された、ユリアティエルが全てを賭けた証。
思わずぐっと握り込んだ。
息を深く吐いて、そして胸一杯に吸い込む。
そうだ。
弱気になるな。
ヴァルハリラがいよいよ狂気を増したという事は、それだけあの女が追い詰められているということ。
抗え。
そうだ。抗うと、そう誓った。
これは私にしか出来ない闘いで。
その闘いは、まだ終わってはいない。
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