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私にとって優先すべき人は
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「それで、ご用件は?」
厳しい表情のまま、クルテルは問いかける。
アデルは、笑みを浮かべようとしつつも、それは少々ぎこちないものとなっていた。
とても久々の家族の対面とは思えない雰囲気で。
サイラスは、この場に自分がいてもいいのだろうかと心配になるほどだった。
「いえ、用件というほどのことでは、ないのだけれど、元気かどうか気になって・・・」
「そうですか。お気遣いありがとうございます。ご覧の通り、僕は元気にしていますので、どうぞご心配なく」
目の前にいる人物は、本当にクルテルくんなのだろうか。
あの、いつも優しく、穏やかで、気遣いに溢れる男の子はどこにいってしまったのだろう、そう不安になるほどの冷ややかさで。
アデルも次の言葉を継げずにいる。
クルテルは大きく息を吐くと、少し声のトーンを落とした。
「用件が以上でしたら、帰りが遅くなるのも良くありませんし、父も心配していることでしょう。どうか、お帰り下さい。僕もまだ調べ物がありますので、これで失礼します」
そう言って踵を返そうとしたところを、アデルが慌てて声をかける。
「クルテルさん、待って。あの・・・あの、私・・・」
ゆっくりとアデルの方に振り返る。
「・・・なんですか?」
クルテルくんは、本当に嫌がっているように見える。
でも、どうして?
どうして、こんなに嫌うんだろう。
家族なのに。
アデルは、意を決したように口を開いた。
「クルテルさん、家に戻りませんか?」
「ありません」
「お父さまも貴方の帰りを待っておられます」
「帰ってください」
「クルテルさん・・・」
「聞こえませんか? 帰ってください」
クルテルは、それだけ言うと部屋から出て行ってしまった。
クルテルが部屋に入ってきてから一度も言葉を発することのなかったソフィが、一言、寂しそうに「お兄ちゃん・・・」と呟いた。
ランドルフも驚いて何も言うことが出来ない。
アユールだけが、頭を掻きながら居心地悪そうに「まぁ、そういうことだから」とだけ言った。
「あの・・・あの、アユールさん」
同じく部屋から出て行こうとしたアユールを、アデルが呼び止める。
「・・・何か?」
あれ?
アユールさんも、少し、警戒してる?
これまでのアユールの印象とは異なる低い声音に、サイラスも混乱していた。
一体、この人たちと何があったんだろう。
「どうか、クルテルさんを家に帰してください!」
「・・・」
「貴方がクルテルさんを弟子にしたから、帰って来ようとしないんです。他に行くところが無ければ、きっと帰って来てくれる。だから・・・どうか、どうか、お願いします!」
「・・・相変わらず、分かってないな」
「え?」
「師弟関係を破棄するつもりはない。連れて帰りたかったら自分で説得しろ。俺がどうこう言うことじゃない」
「そんな・・・」
「ランドルフ、お客さまのお帰りだ」
「は、はい・・・」
クルテルに続き、アユールも部屋から出て行ってしまう。
ランドルフは戸惑いつつも、その言葉に従って対応した。
「ねぇ、お兄ちゃん。ソフィのお兄ちゃんはどうして帰ってこないのかな」
玄関先まで来たところで、ソフィがサイラスにぽつりと零した。
「もう何回も迎えに来てるの。でも、いつも一緒に帰ってくれないの」
しょんぼりとした顔で、俯いている。
「ごめんね、僕には分からないよ」
事情も知らない僕が、無責任に何かを言うことは出来ない。
少なくても、クルテルくんとアユールさんは、意味もなく人を傷つける人ではない筈だ。
それくらい、知り合って日の浅い僕でもわかる。
「お騒がせいたしました。あの・・・また来ます」
見送りに出たランドルフとサイラスに向かって頭を下げると、二人は帰って行った。
「・・・ビックリしましたね」
「そうですね。私も驚きました。アユールさまたちと暮らすのはここ最近になってからのことでしたので、クルテルくんのご家族の方とお会いするのも初めてでしたから」
ランドルフも状況が分かっていないようだった。
「ともかく、アユールさまはお優しい方です。クルテルくんも気遣いのできる賢い子であることは間違いありません。きっと何か事情があるのでしょうね」
「・・・そうですね」
二人の姿が遠くなっていくのを確認し、中に入ろうと振り向くと、扉の向こうにクルテルが立っていた。
「・・・お帰りになりましたか?」
「あ・・・はい」
「そうですか、良かった。あ、そうだ」
クルテルはぴしっと姿勢を正すと、深々と頭を下げた。
「お騒がせして、すみませんでした」
突然の謝罪に、ランドルフは慌てて声をかける。
「そんな、気にしないでください。何か事情があるのでしょう? ・・・それより、次にもしいらした時には、どのように対応したらよいか教えていただけますか?」
「え・・・?」
「また来ると仰っていたので」
「・・・そうですか」
俯くクルテルの肩に、ランドルフがそっと手を置く。
「クルテルくん。貴方はこの家の大事な客人であり、アユールさまがお認めになったただ一人のお弟子さんでもあります。私は当然、貴方のお気持ちを優先いたしますよ?」
「ランドルフさん・・・」
「ですから教えてください、クルテルくん。私はどうしたらいいでしょうか。あの方たちがまたいらした時に、私にどのように対応してほしいと思ってらっしゃいますか?」
ランドルフの言葉に、サイラスは驚いて何も言えずにいた。
それはクルテルも同じだったようで、暫くぽかんと口を空けていたけれど。
「教えてください、クルテルくん。貴方の望む通りの対応をすると約束しますから」
優しく、でも力強くそう話すランドルフをじっと見つめて。
やがて、くしゃりと顔を崩して。
それから、慌てて袖で顔を覆っていた。
厳しい表情のまま、クルテルは問いかける。
アデルは、笑みを浮かべようとしつつも、それは少々ぎこちないものとなっていた。
とても久々の家族の対面とは思えない雰囲気で。
サイラスは、この場に自分がいてもいいのだろうかと心配になるほどだった。
「いえ、用件というほどのことでは、ないのだけれど、元気かどうか気になって・・・」
「そうですか。お気遣いありがとうございます。ご覧の通り、僕は元気にしていますので、どうぞご心配なく」
目の前にいる人物は、本当にクルテルくんなのだろうか。
あの、いつも優しく、穏やかで、気遣いに溢れる男の子はどこにいってしまったのだろう、そう不安になるほどの冷ややかさで。
アデルも次の言葉を継げずにいる。
クルテルは大きく息を吐くと、少し声のトーンを落とした。
「用件が以上でしたら、帰りが遅くなるのも良くありませんし、父も心配していることでしょう。どうか、お帰り下さい。僕もまだ調べ物がありますので、これで失礼します」
そう言って踵を返そうとしたところを、アデルが慌てて声をかける。
「クルテルさん、待って。あの・・・あの、私・・・」
ゆっくりとアデルの方に振り返る。
「・・・なんですか?」
クルテルくんは、本当に嫌がっているように見える。
でも、どうして?
どうして、こんなに嫌うんだろう。
家族なのに。
アデルは、意を決したように口を開いた。
「クルテルさん、家に戻りませんか?」
「ありません」
「お父さまも貴方の帰りを待っておられます」
「帰ってください」
「クルテルさん・・・」
「聞こえませんか? 帰ってください」
クルテルは、それだけ言うと部屋から出て行ってしまった。
クルテルが部屋に入ってきてから一度も言葉を発することのなかったソフィが、一言、寂しそうに「お兄ちゃん・・・」と呟いた。
ランドルフも驚いて何も言うことが出来ない。
アユールだけが、頭を掻きながら居心地悪そうに「まぁ、そういうことだから」とだけ言った。
「あの・・・あの、アユールさん」
同じく部屋から出て行こうとしたアユールを、アデルが呼び止める。
「・・・何か?」
あれ?
アユールさんも、少し、警戒してる?
これまでのアユールの印象とは異なる低い声音に、サイラスも混乱していた。
一体、この人たちと何があったんだろう。
「どうか、クルテルさんを家に帰してください!」
「・・・」
「貴方がクルテルさんを弟子にしたから、帰って来ようとしないんです。他に行くところが無ければ、きっと帰って来てくれる。だから・・・どうか、どうか、お願いします!」
「・・・相変わらず、分かってないな」
「え?」
「師弟関係を破棄するつもりはない。連れて帰りたかったら自分で説得しろ。俺がどうこう言うことじゃない」
「そんな・・・」
「ランドルフ、お客さまのお帰りだ」
「は、はい・・・」
クルテルに続き、アユールも部屋から出て行ってしまう。
ランドルフは戸惑いつつも、その言葉に従って対応した。
「ねぇ、お兄ちゃん。ソフィのお兄ちゃんはどうして帰ってこないのかな」
玄関先まで来たところで、ソフィがサイラスにぽつりと零した。
「もう何回も迎えに来てるの。でも、いつも一緒に帰ってくれないの」
しょんぼりとした顔で、俯いている。
「ごめんね、僕には分からないよ」
事情も知らない僕が、無責任に何かを言うことは出来ない。
少なくても、クルテルくんとアユールさんは、意味もなく人を傷つける人ではない筈だ。
それくらい、知り合って日の浅い僕でもわかる。
「お騒がせいたしました。あの・・・また来ます」
見送りに出たランドルフとサイラスに向かって頭を下げると、二人は帰って行った。
「・・・ビックリしましたね」
「そうですね。私も驚きました。アユールさまたちと暮らすのはここ最近になってからのことでしたので、クルテルくんのご家族の方とお会いするのも初めてでしたから」
ランドルフも状況が分かっていないようだった。
「ともかく、アユールさまはお優しい方です。クルテルくんも気遣いのできる賢い子であることは間違いありません。きっと何か事情があるのでしょうね」
「・・・そうですね」
二人の姿が遠くなっていくのを確認し、中に入ろうと振り向くと、扉の向こうにクルテルが立っていた。
「・・・お帰りになりましたか?」
「あ・・・はい」
「そうですか、良かった。あ、そうだ」
クルテルはぴしっと姿勢を正すと、深々と頭を下げた。
「お騒がせして、すみませんでした」
突然の謝罪に、ランドルフは慌てて声をかける。
「そんな、気にしないでください。何か事情があるのでしょう? ・・・それより、次にもしいらした時には、どのように対応したらよいか教えていただけますか?」
「え・・・?」
「また来ると仰っていたので」
「・・・そうですか」
俯くクルテルの肩に、ランドルフがそっと手を置く。
「クルテルくん。貴方はこの家の大事な客人であり、アユールさまがお認めになったただ一人のお弟子さんでもあります。私は当然、貴方のお気持ちを優先いたしますよ?」
「ランドルフさん・・・」
「ですから教えてください、クルテルくん。私はどうしたらいいでしょうか。あの方たちがまたいらした時に、私にどのように対応してほしいと思ってらっしゃいますか?」
ランドルフの言葉に、サイラスは驚いて何も言えずにいた。
それはクルテルも同じだったようで、暫くぽかんと口を空けていたけれど。
「教えてください、クルテルくん。貴方の望む通りの対応をすると約束しますから」
優しく、でも力強くそう話すランドルフをじっと見つめて。
やがて、くしゃりと顔を崩して。
それから、慌てて袖で顔を覆っていた。
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