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アタシが魔王城の状況に不満爆発したわよ

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――魔王城の地下深く。そこは薄暗く、蒸し暑く、皮膚が汗でベタついた。

  だが、一番印象的なのはその匂いだ。腐臭と糞尿の入り交じった異臭が操を襲う。呼吸をするたびにむせ返り、吐き気が襲ってくる。



  「もう、めちゃくちゃ臭いじゃない。いや、臭いんじゃなくて臭すぎよ。激臭よ! こんな空気を吸ってたらアタシの生理が止っちゃうわよ」



  ――まだ生理来たことないけど――



  「うるさいねえ。匂いなんてそのウチ慣れるよ」



  ダミ声で怒鳴る主はドーラというオーガの雌だ。操の教育兼監視係として紹介された。5mを軽く超え、オーガの中でも大きいだろう。通常のオーガより肉付きがよく、3トンあると言われても納得できる。

 このオーガを倒してここを出ることも考えたが、雄のオーガが3匹がかりでも敵わないと事前に聞いていたので諦めることにした。



  「もお、ここ掃除する魔物はいないの? 至る所に泥がくっ付いてるんだけど」

  「こんなとこの掃除なんかする魔物がいるもんかい。それと、それは泥じゃなくて魔物のクソだよ」

  「ぎゃあああぁ! ちょっと触っちゃったじゃない。早く言ってよこのクソオーガ。うわ、クサ! 臭すぎるわよ!」

  「いちいちうるさいね! そのガイコツみたいな身体をへし折るよ! いいからついてきな!」



  ――はぁ。臭いし汚いし暑いし環境最悪じゃない。こりゃ早々に逃げ出したほうがいいわね――



 そう思いながらドーラの後を歩いていると一番奥の扉をドーラは開けた。



  「ほら、ここよ。中に入りなさい」



  ドーラは魔王城に住む者の中ではかなり巨体なのだろう。扉を屈みながら入っていった。それに続いて操も入った。



  中は数匹のオーガがいる。よく見ると魔物の死骸と糞尿が至る所にある。



  「――うっ!」



  通路よりさらに強烈な匂いが操を襲った。



  「ねえ、ここも激臭よ。どうにかなんないの? 何で死んだ魔物がそのままなのよ」

  「その内慣れるわ。いいからこっちに来な。このガキの世話をあんたがすんのよ」



  ドーラは床に座っている一匹のゴブリンの子供を拾い上げ操へ向かって放り投げた。

  慌てて操は落とさないように優しく抱きとめた。



  「ちょっとクソオーガ。子供を投げないでよ! この子生きてるのよ」

  「ゴブリンなんていくらでも増えるんだから一匹くらい死んだってどおってことないでしょ」



  ――なんてガサツなのかしら、このオーガ。それとも魔物ってこんなもんなのかしら――



 抱きかかえたゴブリンを操はマジマジと見た。



  ――あら、意外と可愛いじゃない――



  子どもというより、生まれたばかりのようだ。体は人間の赤ん坊より一回り小さく、とても軽い。深緑の皮膚は例によりクソまみれだ。



  「もう、この子もクソまみれじゃない。身体洗ったりしてあげないの? この子もマジ臭なんだけど」

  「そんなことしたってここじゃ直ぐクソまみれになるんだ。あんたは取り合えずそのガキの餌だけやってな。こっちはこっちでゴブリンにオーガ、それ以外のガキたちの餌をやんなきゃいけないんだ」



  あたりを見回すが、糞尿と魔物の死骸以外見当たらず、餌になりそうなものは見当たらない。



  「餌ってどこにあるのよ? 無いじゃない」

  「うるさいねぇ。そこらへんに転がってるだろうが」



  再び見渡すがやはりそれらしいものは見当たらない。



  「やっぱり無いわよ。あんた目が腐ってんじゃないの?」



  ドン



  操の脳天にドーラの拳が落ちた。



  「いった~い。何すんのよ。頭が体にめり込むかと思ったわよ」

  「馬鹿な事言ってるからだよ。あんたこそ目が腐ってるだろ。そこらへんに餌なんてあるじゃないか」

  「だから無いわよ。どこにあるのかちゃんと説明しなさいよ」

  「そこら中に死骸が転がってるじゃないか、どれでも好きなもの食わせりゃいいんだよ」

  「え? これってアンタ達の仲間の死骸でしょ? これを食べてるの?」

  「そうだよ、魔物は死んじまえば食料になるんだ。わかったら、さっさとあげちまいな」



  操は絶句した。



  ――アタシなんてとこに来ちゃったのかしら――



 ドーラはやれやれといった感じで子供のオーガのもとへ歩いて行った。

  暫く操は動けないでいた。周りを見渡せばオーガたちが子供の魔物たちに死骸の肉を与えている。しかし、ゴブリンの赤ちゃんなどは食べられずに口から肉を出していた。



  「ねぇドーラ。ゴブリンの赤ちゃんは食べられて無いじゃない。きっとまだ噛めないのよ」

  「食えなきゃ死ぬだけだよ。死んだらそれが餌になるのさ」

  「そんな……あんまりじゃない。そしたらゴブリンの赤ちゃんはほとんど死ぬしかないじゃない」

  「それがここじゃ普通なんだよ。母親がいれば乳を飲むんだろうけど、ここにいるガキたちは母親を亡くしたガキなんだ。そしてここにはまともな食糧なんて無いんだ」

  「そんなの間違ってるわよ。もっとちゃんとしたものをあげれば生きられるんでしょ? どこかにちゃんとした食料は無いの?」

「今は乳の出る魔物はいないからねぇ。森か人間の村に乳の出る動物がいれば持ってくればいいんだろうけど――」

「それよ!」



  ――近くの村に行けば牛や羊がいるかもしれないわ。少し分けてもらえばいいのよ――



「ねえドーラ、近くに人間の村はない?」

「村? そうだねぇ……城から南に暫く行ったとこに集落があったけど……ホントに行く気かい?」

「モチロン行くわよ。ミルクがあれば救える命があるのよ。救わないなんて選択肢は無いわよ。何なら、ここの赤ちゃんたちのお腹が満たされる量のミルクをゲットしてくるわよ」

「あんたさっきまで冒険者で、私たちを狩ろうとしてたんじゃなかったの? よくそんなことが言えたわね」



 ドーラから鋭い突っ込みが来る。



「ウルサイわね。それはそれ、これはこれよ」



 確かにドーラの言う通りだ。だがゴブリンの赤ちゃんを見たときに少なからず可愛いと感じたのは確かだ。例え魔物でもだ。操はその感情に素直に行動にしようと思った。



「で? どうやって人間から乳を奪うんだい? 村を丸ごと襲うかい?」

「物騒なこと言わないでよクソオーガ。何で人間のアタシが人間の村を襲うのよ。普通にミルクを貰えるようにお願いするわよ。お金も無いし」

「そうかい。じゃあ、そのガキ共がそれなりに育つ程度の量の乳を貰ってくるんだね。それなりの量が必要だと思うけどさ」



 ドーラの言う通りだった。まだ村の規模も実際に家畜がいるかもわからないのに随分と都合のいいことを言ったもんだ。



「そ、そりゃあこれから考えるわよ」



  ――どうしよう。勢いで言ってみたけど不確定要素満点だわ。ってゆーかそもそも村へはどうやって行こうかしら。もしミルクを貰えたとして大量に運べるかしら――



「ねぇクソオーガ。一緒に村まで来てよ。そのぶっとい腕でミルクを運んで頂戴」

「嫌だね面倒臭い」



 即答で断れてしまった。



「そもそも村まで結構な距離があるんだ。まさか歩いて行くつもりかい?」



  ――うっ……しまった。そうよね。このオーガ中々鋭いとこ突っ込んでくるわね――



「ねえ、この城に馬とかいないの?」

「いたらスグ食っちまうよ。バカも休み休み言いな」

「何よ! アタシはまだこっちの世界に来て間もないんだから分からないことだらけなのよ。ちょっとは優しくしてくれてもいいじゃない」

「まったく、世話の焼ける人間だねえ。乗り物ならグリフォンがいるんじゃないかね。けど、魔王様の許可が必要だけど」

「魔王様に言えばグリフォンに乗れるのね? じゃあスグに魔王様のとこ行ってくるわ」

「借りられるかどうかはわからな――」



  ドーラが言い終わる前に操はゴブリンを抱えたまま魔王の部屋へ向かっていった。
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