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第18話

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 雷雨によってますます暗くなった部屋に、何度も雷光が差し込む。
 その度に、部屋にいる三人の人間の身体に、ちらちらと光が映えていた。
 
 シェリーは侯爵夫人の雰囲気が変わったことに気付いた。
 夫人はシェリーを見て、整った結い髪に指を差し込み、髪を乱しながら頭を振ってつぶやいている。
「プリシラ……プリシラ……」

 シェリーの顔をじっと見つめるとまなじりが裂けそうなほどに目を見開き、シェリーを指差して叫んだ。
「お前っ! プリシラ!」

 シェリーは夫人の憎しみと狂気に満ちた瞳には、自分ではなく亡くなった前侯爵夫人プリシラが映っているのだとわかった。

 目をギラギラとさせ、顔を歪ませたハーパー侯爵夫人は、シェリーを通して見えているのだろうプリシラにむかって叫んだ。

「この裏切り者っ! どうしてあんたみたいな地味な女があの人と結婚するのよ!
 私より身分が高いからあの人と結婚できただけのくせに! 幸せそうにしちゃって、私に見せつけてるつもりなの?
 私の方がずっと昔からあの人のことを好きだったのに。この泥棒女! 許せない!」

 恨みのこもった言葉を吐き出した侯爵夫人は、何かを思い出したかのように口もとに歪んだ笑みを浮かべると、満足げに言う。

「……でも本当にバカ女で助かったわ。ずっと毒を盛ってたのに気付かないなんて。
 おかげでドス黒く醜くなった死に顔を見れて満足したわ。あんたの息子も同じ目にあわせてやるから待ってなさい……あともう少しでかわいい息子に会えるわよ。
 絶対にあんたの息子にハーパー侯爵家は継がせない。この家は私とデューイのものよ!
 あんたの血は根絶やしにしてやる!」

 言い終えると夫人は楽しそうに笑いながら、シェリーに近づいてきた。


 ——その時、続き部屋の扉がバンっと音を立てて開かれた。

「ジャネット、すべて聞いていたぞ」
 そこにはハーパー侯爵とカヴァデール伯爵が立っていた。

 ハーパー侯爵を見た途端、夫人の顔は青ざめた。
「あなた……!」

「お前がプリシラを殺したとは……仲の良い従姉妹いとこ同士ではなかったのか? プリシラの遺志にしたがってお前を後妻にむかえたというのに!」
ハーパー侯爵の秀麗な顔は怒りに満ちている。

「あなたっ! 今の話を本気にしないでちょうだい! この娘が無礼な態度を取るからしつけのために少し驚かせようとしただけなのよ」
 侯爵夫人は必死に訴えるが、彼女の夫は取り付く島もなく言った。

「無駄だ」
 侯爵は胸もとからロケットペンダントを取り出すと、ふたを開けてかかげた。
 中には銀色の編み込みが敷きつめられている。

「お前には見せたことがなかったな。これはプリシラのモーニングロケットだ。ここから採取した髪を検査させたところ、毒が検出された。……マーティンとシェリー嬢から検出された毒と同じものがな。ジャネット、もう言い逃れはできない」

 部屋を沈黙が支配する。

「……仲の良い従姉妹いとこですって?」

 沈黙を破ったのはハーパー侯爵夫人のつぶやきだった。
「そうね、とても仲が良かったわ。あの子が大好きだった。……あの子があなたと婚約するまでは……」

 夫人は悲愴な顔で夫にむかって叫ぶ。
「せっかくあの裏切り者を殺してあなたと結ばれたのに、あなたは私を全然相手にしてくれなかった! あの女を思い出してつらいからって王都のこの邸にも寄り付かない……どうしてよ! あの女より私の方がずっと魅力的でしょう?
あなたはあの女の息子ばかり可愛がって、私のデューイを視界に入れもしない。
しかも、よりによってあの女に似た娘をデューイの婚約者に選ぶなんて、私をバカにするにも程があるわ!」

 猛烈な勢いでシェリーの方を振り向くと言った。
「またあんたに私のものを奪われてたまるものですか! 今度は奪われる前に殺してやる!」

 シェリーの方へむかって来たハーパー侯爵夫人の前に、カヴァデール伯爵が立ちふさがった。
 冷えびえとした声で夫人に告げる。
「シェリーは、あなたから何も奪っていない。むしろ娘こそが、あなたとデューイ殿に長年奪われ続けてきた」

 夫人は「……シェリー」とつぶやくと、伯爵の言葉を無視して、シェリーをにらみ付けて言った。

「お前のせいよ……。お前がなかなか死なないから計画が狂ったのよ。あの女の息子はあんなに短期間で死にかけたのに、どうしてお前はまだ死んでないのよ!」

 娘の死を願うハーパー侯爵夫人の発言に、伯爵は怒りの声をあげた。
「娘が何をしたと言うのだ……!」

 シェリーは思った。夫人とのお茶会のあと、よく化粧室に閉じこもり吐いていた。そのおかげであまり毒が身体にまわらずに生き延びることができたのだろう。
 自分が吐いてしまうのは、ハーパー侯爵夫人への緊張やストレスのせいだとずっと思っていたが、もしかしたらティーポットが二つ用意される違和感や、身体の毒への拒絶反応など、他の理由もあったのかもしれない。

「ジャネット、いい加減にしろっ! お前たち、彼女と侍女を取り押さえろ」
 ハーパー侯爵が使用人に命じると、女たちは腕をおさえられ動けなくなった。

「門の前で憲兵が待っている。お前たちは彼らに引き渡す」
 侯爵が言うと、使用人たちが門にむかって夫人と侍女を引っ張って歩き出した。

 ハーパー侯爵夫人は身をよじらせてわめき続けた。
「デューイはどこ! 私のデューイに会わせて! デューイ……デューイ!」

「お母様……!? お前たちっ!お母様に何をしている!」
 母親の叫びを聞きつけたのか、デューイが廊下を歩む一行のもとに現れた。

「デューイ!」

 母の予想外な姿を目の当たりにして、デューイは母をとらえている使用人に飛びかかろうとしたが、ハーパー侯爵がそれを止めた。
「デューイ、やめなさい! お前の母親は罪を犯したのだ。かばってはいけない。お前も共犯と見なされるぞ」

 ハーパー侯爵夫人が金切り声を上げる。
「共犯ですって? ふざけないで! その子は何も知らないわ。デューイに罪を着せたりしたら許さない!」

「お母様っ! 俺はどうしたらいいのですか? 俺もお母様と一緒に行きます!」
 デューイは途方にくれたような表情で母親の方へ手を伸ばした。

「デューイ、お別れよ。元気に生きてちょうだい。……忘れないでね、お母様はずっとあなたを愛しているわ」

 夫人は涙をこぼしながらデューイを見つめていたが、「行くぞ」という侯爵の声がかかると、また使用人たちに引きずられるようにその場を後にした。
 息子の姿をその眼に焼き付けようとしているのか、首をひねってデューイを見つめ続けていた。

 デューイは母を追いかけようとしたが、侯爵に命じられた使用人に腕を取られてその場から動けなかった。

 離れていく母親にむかって悲痛な声で叫ぶ。
「お母様! 行かないでください! 俺はこれからどうすればいいのですか? 教えてください! お母様——!」

 背後から聞こえるデューイの声に、シェリーは耳を塞ぎたくなった。

 夫人は息子の叫びを聞いて、涙をこぼしながら、「デューイ……デューイ……」と何度も我が子の名を呼んでいた。
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