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8巻

8-2

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「……蜘蛛くも?」

 ナスティの鉄板焼きの前で順番を待っていた常連冒険者のギザが、震える手で指さす先にはアラクネの美少年・トゥトゥミィルがおった。それぞれ頻繁ひんぱんに来店しとるが、今まで会わんかったのか……そういえば、ギザは蜘蛛がダメとか言っておったのぅ。となるとアラクネ種も苦手か。
 ギザに指さされていることに気付かんトゥトゥミィルは、にこやかな表情で儂に近付いて来とる。まだナスティの近くでないここなら、誰の邪魔にもなるまいて。

「アサオさん、今日のオススメは何ですか?」
「串焼きを頬張りながらじゃ、行儀ぎょうぎが悪いぞ。ほれ、頬が汚れとる」

 トゥトゥミィルの頬に付いたタレを拭い、弱い《清浄クリーン》をかけてやる。されるがままのトゥトゥミィルは笑っておった。そして、綺麗になればちゃんと礼を言ってくれる。そんな儂とトゥトゥミィルのやり取りを間近で見たギザは、呆然としておった。

「今日はかき揚げうどんがオススメじゃな。身体の芯から温まるぞ。とはいえ、冒険者たちがステーキばかり食べとるからのぅ。儂も肉を食べたい気分ではある。ギザは何にするんじゃ?」

 トゥトゥミィルから聞かれたことに答え、視界に入るギザにも話を振ってみた。ギザは目を真ん丸にしとる。儂らを見ていたんじゃ、会話の流れくらいは把握しとるじゃろ?

「……アサオさんのとこに来たんだから、私はステーキかな。それをごはんに載せるつもり」

 ギザの持っている皿には、ごはんがよそわれとる。その横のは漬物つけものじゃな。ギザが指さした卓を見ると、既に汁物のわんが置かれとった。そしてリェンが食事の真っ最中じゃ。儂らの視線に気付いたリェンが、山盛りの白飯をかきこむのを止めた。よくよく見れば、ステーキが載っておるようじゃな。

「おぉ、ステーキ丼か。それはいい案じゃ。トゥトゥミィルもそれにするか?」
「アサオさんの薦めてくれたかき揚げうどんも気になります。でも、どっちも食べたら多いし……」

 悩み出してしまったトゥトゥミィルは、表情がころころ変わりよる。いろいろ食べたくても、まだ子供じゃからな。食べられる絶対量は決まっておるし、難しいところじゃろ。そんなトゥトゥミィルを儂と一緒に見ていたギザは、吹き出しとった。百面相ひゃくめんそうのトゥトゥミィルのおかげか、蜘蛛に対する苦手意識は消えたのかもしれん。

「なら、私と半分こにしない? そうしたら、どっちも食べられるよ」
「いいんですか?」

 少しばかり首を傾げるトゥトゥミィルのほうが、遠慮気味にしておるわい。

「私から言ってるんだし、いいの。あ、そうだ。アサオさん、少し小さめのうつわがあるといいかもね。女性や小さい子にはありがたいと思うよ」
「ふむ。だったら、とりあえずこれを使ってくれ」

 儂は言うなり【無限収納インベントリ】から、小鉢や小皿を取り出す。以前に転移させられたペシルステンテで仕入れた磁器じき陶器とうきじゃ。色使いや形が独特でな。使い時を待っていたら、【無限収納インベントリ】に仕舞いっぱなしだったんじゃよ。やっと日の目を見ることができたぞ。
 珍しい食器じゃから、トゥトゥミィルもギザもしげしげと眺めとる。似たような大きさと形の器を、この国でも作ってもらうよう頼んでみるか。木工となれば、フォスの職人ポニアかのぅ……いや、他の街の工房にも依頼して、仕上がりの違いを見てみるのも面白そうじゃな。
 ギザとトゥトゥミィルは、ナスティに焼いてもらったステーキを丼物に仕上げ、そのまま店内でかき揚げうどんを受け取っていた。他にも煮物や揚げ物、漬物にサラダも盛り付けとるな。それを運ぶのはトゥトゥミィルが率先そっせんしてやっているようじゃ。リェンの待つ卓には、もう皿がたくさんじゃよ。
 リェンもトゥトゥミィルは初見だったみたいじゃが、驚くことなくすんなり受け入れとるわい。一言二言の挨拶くらいしかしとらんぞ。儂らが話していたのを見とるからかのぅ。
 そんな様子を見ていたら、ギザが儂の隣に立っておった。その右手にはロッツァの仕上げた焼き魚を盛った皿があり、とても美味しそうな匂いを漂わせとる。

「どうした?」
「アサオさん、私の蜘蛛嫌いを気にして、トゥトゥミィルちゃんに会わせなかったんでしょ」

 儂の顔を覗き込み、そんなことを言ってきおる。

「いや、たまたま時間が合わずに、出会わなかっただけじゃろ。蜘蛛嫌いは治ったのか?」

 ぶんぶんと音が聞こえるくらい、ギザは首を横に振った。

「嫌いなまま変わらないわよ。今だって見たくない。考えただけで鳥肌ものだもん。ほら、ね?」

 目の前に差し出されたギザの左腕には、びっしり鳥肌が立っておる。想像だけでこれほど出るなら、現物は見れんじゃろ……

「その割には、トゥトゥミィルは平気なんじゃな」
「だってあの子、可愛いじゃない。見た目が綺麗で、表情がころころ変わるって……もう全力ででるべきでしょ!」

 焼き魚の皿ごと右手を振り上げる。魚が落ちないか心配で、思わず儂が手を出せば、ギザもそれに気付いたようでな。慌てながらも、そっと右腕を下ろしよった。

「まぁ、大丈夫そうなら、あの子と仲良くしてやってくれ」
「頼まれてするものじゃないでしょ? 自分の意志でトゥトゥミィルちゃんと仲良くなるわよ」

 儂に笑って答えたギザは、リェンとトゥトゥミィルの待つ卓へ歩いていく。途中で奥さんが厨房ちゅうぼうから出した、新たな料理も盛り付けての。それから、三人で楽しそうに食事をしておるよ。
 ギザもリェンもトゥトゥミィルも、儂からしたら子供みたいなもんじゃ。喧嘩するよりかは、仲良くしてくれたほうが、儂の心が安泰あんたいでな。ま、子供たちに任せよう。今やるべきなのは、ナスティの周りに集まる客の応対じゃよ。

「アサオさ~ん、お好み焼きが食べたいって~、皆が言ってますよ~」

 ナスティの言葉を肯定するように、幾人も頷いておる。

「通常メニューになってないお好み焼きを、どこで知ったんじゃ?」

 聞くと、全員が揃ってそっぽを向きよった。

「時間がかかるから、ナスティの鉄板焼きと分けるぞ。希望者はこっちに並んでくれ」

 儂の言葉で、ナスティの前の列が三分の一になってしまったぞ。
 どうやらお好み焼きが食べられる日を、皆は心待ちにしていたようでな。今度、お好み焼きの日を作ることになったのじゃった。


《 4 森へ散歩 》

 朝ごはんを終え、クリムとルージュと一緒に稽古けいこをしていたら、狼獣人のムニが顔を見せよった。定期的にルーチェたちとの乱取らんどりなどを頼んでおるんじゃよ。とはいえ今日は違うはずなんじゃが……

「……自分の修業……頼む」

 ムニはそれだけ言うと儂の前で構えを見せる。謝礼として払っているのは、普段の食事だけじゃからのぅ。こうして希望された時は、なるたけ応えてやるようにしとるんじゃ。得物えものなしの体術のみでな。
 儂はどうとでも対処できるよう、軽く膝を曲げて重心を下げる。
 呼吸を止めて一瞬で距離を詰めるムニから繰り出される右拳を払い落とす。その勢いを逆に利用して身体を旋回せんかいさせたムニが、左腕で裏拳うらけんを放ちよる。上段から振り下ろされる一撃は、かなりの重さになっとるようじゃ。それを受け止めて動きを止めでもしたら、それこそ危険でな。儂は半身はんみで避けながら、またも軌道を逸らす。
 直後に今度は右の中段回し蹴りが来る。蹴り足を受け止めて足首を固めてから、ムニの内腿うちももに向けて捻りながら倒れこむ。今回は儂がムニの勢いを利用してやった。
 一緒に倒れた儂とムニじゃが、ここで手を止めてはいかん。すかさず捻らなかったほうの左足を掴んでくるりと回り、右足の上に交差させる。儂の足を絡ませてあるから、これで極めじゃ。なんとか上半身を起こして儂を殴ろうとするムニじゃったが、ちょいと足をずらすだけで激痛が走るようでな。一分くらいで負けを認めよった。

「……痛い……」

 足のいましめを解いてやったら、うつ伏せになって悲しそうな顔をしておる。

「返し方、教えて」

 そう頼まれたら教えるしかないじゃろ。

「膝を交差される前に殴るのが一番じゃ……とはいえ、かかってしまったら身体を裏返すくらいかの」

 ふんふんと頷いとるムニに足四の字固めを教え、試しにと儂へかけさせてみる。

「これをひっくり返すと――」

 儂は身体を捻り、ムニごと反転する。

「……痛い……」
「こうなるんじゃよ。技をかけていたつもりが、かけられていた……そんな事態になりかねんから注意が必要じゃぞ」

 もう一度捻って元に戻り、足を解いてもらう。
 ムニには関節技が珍しいらしく、毎回のように新しい技を一つ教えておるよ。腕、足、首、腰といくらでも攻め手があるからのぅ。なんだったら指にだってかけられる。極め方を知れば、避け方や狙い方にも繋がるはずじゃ。なのでムニも積極的に覚えとるんじゃろな。
 今日の組手を終えれば、ムニは帰っていった。この後、儂はマンドラゴラのカブラと一緒に出掛ける予定になっとる。近くの森まで散歩に行きたいと言われてな。キノコや木の実の補充がてらに行くんじゃよ。森ならクリムとルージュもか? そう思い二匹を見たが、首を横に振っておる。その後、どこかを指してくれたが、そっちにあるのは……

「イェルクたちのところか?」

 どうやら正解だったらしい。こくりと頷いてから、二匹は揃って出掛けていった。
 ルーチェとナスティにも聞いてみたが、今日は行かんそうじゃ。一緒に何かするんじゃと。それ以上は秘密で、儂には教えんと言われたわい。

「あ、じいちゃん。どっか行くのか?」

 支度じたくを終えて、家を出ようとしたところをカナ=ナに見つかった。相変わらずカナ=ワも一緒におり、駆け足で迫る二人に挟まれてしまったわい。

「カブラと一緒に森まで散歩じゃ。ついでにキノコや木の実を採れればいいんじゃが……一緒に来るか?」
「「行く‼」」

 元気に答えた二人を連れて、今は街道を歩いておる。どこの森に行くのかはカブラ次第でな。近場で脅威きょういになるような魔物もおらんし、のんびりとしたもんじゃよ。
 街道に出てくるラビにウルフ、あとは大ぶりな山鳥をカナ=ナたちが狩っておる。魔力の加減も手慣れたようで、必要最小限の火力でやっとるよ。なので疲労も微々びびたるもんじゃ。しかも狙う魔物は、味が良いものばかりでな。その辺りの見極めも上手になっとるのは良いことじゃて。カナ=ナとカナ=ワは、これを披露したくて同行したのかもしれん。
 狩った後の処理の技術も向上しとるぞ。皮を剥ぐのはまだ覚えておらんようで、血抜きと内臓の処理だけやっておる。とはいえ、そこまでしてあれば、未処理のものとは食べる時に比べものにならん差が出てくるもんじゃ。
 狩りと処理をしつつ歩いていたら、一時間ほどで森に着いた。今日のカブラの目的地は、この街道脇の森らしい。生えとる木に飛び乗っては、何かを確かめとるようじゃ。
 狩りを頑張ったカナ=ナたちは、次にキノコ採りを始めた。とりあえず手当たり次第に、目につくキノコを採りまくっておるが……半分以上は食べられなそうじゃよ。触るだけでは害のない程度の毒性なので、二人が毒にあたったり麻痺を起こしたりはしとらんぞ。

「カナ=ナが今採ったキノコは、食べたら麻痺するんじゃ。カナ=ワのは、トイレから出てこれんな」

 カナ=ナが持つのは、黄色い傘を緑の斑点が鮮やかに彩るキノコ。かたや、軸がほとんど見当たらない、どす黒いキノコを取り上げたのがカナ=ワじゃ。

「……食べちゃダメ」
「そうだね。じゃあいらないね」

 二人はじっと手に持つキノコを観察してから、ぽいと捨てる。

「あぁ、食べられんだけで、薬や罠には使えるんじゃぞ。だから儂にくれんか?」
「「はい!」」

 二人は投げたキノコをもう一度拾い直して、それから手渡してくれた。他にも採っていた分を受け取り、【無限収納インベントリ】に仕舞えば、勝手に中で仕分けてくれてのぅ。便利な機能じゃよ。

「触ったら危ないキノコもあるから、気を付けるんじゃぞ。食べたことあるキノコだけ採ってくれれば、十分役に立つんじゃからな」
「はーい!」
「……分かった」

 笑顔で答えてくれた二人と一緒にキノコ集めを続けて、儂らは少しずつ森の奥へ進んでいく。
 カブラは相変わらず、木の幹に取り付いて何かしとるよ。手伝いを頼まれんし、何をしとるのかも教えてくれんからな。静観せいかんに徹しとるんじゃ。

「じいちゃん。これは食べられる? ほら」

 カナ=ナが親指と人差し指で挟んで持ち上げたのは、長さ10センチ、直径3センチほどの木の実らしきものじゃった。縦長の形からシイの実っぽく見えるが、随分と大きいわい。カナ=ナを見ていたら、今度は左からぬっと腕が伸びてくる。カナ=ワも拾った木の実を見せてきよった。こちらは丸い感じで、儂の知るクヌギの実によく似とる。
 儂の右手にはシイらしき木の実。左手にはクヌギに似た木の実。儂の手のひらに山盛り載せたら、二人はまた拾いに行ってしまった。さて、このどんぐりをどうするか。

「どちらも食べ方を知らんぞ……あぁ、食べることに限定しなければいいんじゃな。そろそろ店に来る子供たちにも、新しい玩具おもちゃが必要な頃じゃて」

 周囲に生える木を見てみれば、低い木々に混ざって幾本かが、巨木になっとる。その根元を中心に木の実が落ちているようじゃ。カナ=ナとカナ=ワは、被っていた帽子を逆さにして木の実を拾っておった。二人はあっという間に拾い集め、すぐに帽子を一杯にして儂のところまで持って来とるよ。
 一生懸命、木の実を拾う二人が微笑ましくてのぅ。渡されたどんぐりを一つ手に取っては、小刀で切り込みを入れて顔を描いてみた。線と点だけの簡単なものじゃが、なんとなく特徴を出してやれば、それとなく誰かに似るもんじゃよ。
 そんなことをしているうちに昼時じゃ。皆でおにぎりやサンドイッチで昼ごはんにする。森に来るまでに獲ったラビなどは、カナ=ナたちの今後の為に残しておいてあるぞ。二人とも容量は小さいながらも、マジックバッグを持っておったからのぅ。
 なんでも儂のところに通い出してから買ったんじゃと。素材だけでなく、料理などを入れておけば、いつでもどこでも食べられるからと、探し回ったそうじゃよ。
 カナ=ナとカナ=ワと一緒に昼ごはんを食べておったら、遠巻きに冒険者が一人、儂らを見ていた。特に声をかけてくるでもなし、獲物を狙っている素振りも見えん。《索敵レコナ》で確認したら、付近に仲間がおったみたいでな。一分と経たずに見えなくなったよ。
 昼ごはんの腹ごなしがてら、どんぐり人形を追加で作っておったら、カブラが儂の足元に滑り込んできた。何かに追われているように大慌てな感じでじゃ。カブラの後ろを見ても何も見当たらんし、《索敵レコナ》で確認しても分からん。不思議に思い、首を捻っていると、少しばかり地面が揺れた。

「じいちゃん、何かいるぞ」
「……下です」

 どんぐり拾いでまた離れていたカナ=ナたちが、地面をじっと見ながら儂のもとへ戻ってきた。直後、儂らの前に現れたのはピンク色の太い柱じゃ。身体の表面を粘液でぬめらせており、てかてかしとるよ。どう見てもミミズなんじゃが、巨大すぎて全体像が測れんわい。今、地面から出てるのもきっと一部なんじゃろ。


『なんぞ、面白い気配に来てみれば……おきなか』

 大気を激しく揺らしておる。念話でなく、声を響かせとるようじゃが、こちらも大きすぎてよく分からんわい。鎌首をもたげるように儂を見下ろしとるぞ。辛うじて『おきな』と聞こえたから、きっと儂に用事があるんじゃろな。
 カブラ、カナ=ナ、カナ=ワが三人して、耳を塞いで苦悶くもんの表情を浮かべておった。儂は《快癒ヒールオール》と《治療パナシア》を三人にかけてやり、それからミミズへ向けて話し始める。

「もう少し小さな声で頼む。耳が壊れそうなんじゃよ」
『これくらいか? すまんな。会話自体がいつ以来か分からんくらいで、加減を忘れていた……地の女神から聞いたのだが、ドリアードから何かもらってるのだろう? それをこの地にいてくれぬか?』

 一気に音量を絞ってくれたミミズは、素直に謝罪を述べる。どうやら【無限収納インベントリ】に仕舞ったままのものが目当てらしい。ドリアードはなんぞ強くなれると言っておったが、大地に撒いてもいいのか。儂が持ってても宝の持ち腐れのようじゃし、構わんじゃろ。このミミズからは敵意を感じん。

「これでいいか?」

 儂は【無限収納インベントリ】から濃緑のつたを取り出し、ミミズの前に置いてみる。喜んでいるのか、地面から出てる先っぽが震えとるよ。

『ありがたい。しかし、このままでは……』

 この場に置いた蔦は仕舞ってあるうちの半分くらいでな。しかももらった時のままじゃから、生命力に溢れとる。どうやら、このままでは具合が良くないようじゃな。

『吸収しやすい形ならば、何でもいいのだが……できまいか?』
「なら、少し待っとれ。切ってから燃やしてみよう」

 言うなり指を振ってみたが、カナ=ナに止められた。

「私がやるのだ!」

 カナ=ナが話しとる間に、カナ=ワの詠唱が終わったらしい。

「《風刃ウィンドエッジ》」

 ドリアードの蔦が細切れになっていく。切り終わる頃には、カナ=ナの魔法が放たれた。

「《炎柱フレイムピラー》」

 詠唱を聞いていたら《火球ファイアーボール》だったんじゃが、火球がぜてしまうから今回の作業には適しとらん。そのことに途中で気付いたんじゃろ。カナ=ナの出した《炎柱フレイムピラー》は、蔦を燃やし尽くしてから、真っ白い灰を作りよった。

「できたのだ!」
「……失敗しなくて良かったです」

 まだ熱を帯びとるが、問題はなさそうじゃよ。ミミズが自分の身体にまぶしよったからのぅ。そのまま地面に潜り、あちこち走り回っとるみたいじゃ。しかし、巨体の割に極々小さな揺れしか感じんぞ。

『これでこの森も活気を取り戻すだろう。何か礼をせねばなるまい』

 もこっと地面を持ち上げ、再び顔を出したミミズは、そう言った。

「ならばお前さんがかき混ぜた土をもらえんか? 知り合いのマンドラゴラが喜びそうなんじゃ」
『そんなことでいいのか?』
「あとは、粘液の付いた泥や、お前さんの排泄物はいせつぶつも畑に良さそうでな。もらえるか?」

 一拍置いたのち、ミミズが大笑いを始めた。

『好きなだけ持っていけ』

 ひとしきり笑ったあと、儂から少し離れ、ミミズは頼んだものの小山を作ってくれたのじゃった。
 それを見ていたカナ=ワが首を捻っておる。カナ=ナに至っては、顔をしかめとる。

「……何に使うの?」
「エーンガチョ」

 魔法以外にも新たなことを知りたいカナ=ワと、魔法以外に興味がなく率直な意見を口にするカナ=ナ。

「野菜にとっては大事な栄養なんじゃよ。そのまま口に入れるわけでもないし、臭わんじゃろ? それにカブラを見てみ? 嬉しそうに踊っておる」

 儂の頭の上で小躍こおどりするカブラを指させば、カナ=ワは納得してくれたようじゃ。まだ、どんなふうに野菜を作っているかを教えてなかったな。今度カナ=ナを連れて行ってやるか。そしたら、きっと分かってくれるはずじゃて。
 ミミズからの謝礼を【無限収納インベントリ】に仕舞い、儂らは森をあとにした。帰り道、カブラに聞いてみたんじゃが、木々に取り付いていたのは、健康診断みたいなことをしていたんじゃと。どうにも元気がないので、悩んでいたらあのミミズが来たそうじゃ。あまりに大物が来たんで、儂のところまで慌てて戻ったらしい。

「ん? 大物なのか?」
「ドリアードはんが、森の主。あの方は、地面の主なんや」

 カナ=ナとカナ=ワと手を繋ぎ、儂のほうを振り返りながら、カブラはそんなことを言っておった。


《 5 どんぐりで工作教室 》

 カブラと一緒に出掛けた森で、カナ=ナとカナ=ワが集めてくれたどんぐり。帽子にいっぱい入れては、儂のもとに運ぶのを繰り返してくれたから、【無限収納インベントリ】にたんまり入っておるよ。それを使って、今日は工作をしようと思ってな。どんぐりの中に虫なんぞいたら、子供たちが怖がるかもしれん。なので、全部まとめて《駆除リドペスト》をかけておいた。
 その際、いくつかのシイの実には、虫でない先客がんでおったようで、ころころとどこかへ行ってしまったわい。《索敵レコナ》も赤く反応しとらんし、イスリールの加護にも浄化されとらんようじゃからの。無害な住人だったんじゃろ。
 儂は今、工作教室の参加者の為に昼ごはんとおやつを仕込んでおる。手伝いのルーチェが張り切っておってな。予想よりも大分多く出来上がっとるよ。いつものおやつであるポテチやかりんとうの量産も十分じゃて、他にも作りたいものがあるかと、ルーチェに聞いてみたら、

「工作をしながらでも食べられるおやつ!」

 との希望を出されたんじゃ。ポテチもかりんとうも食べられるが、手が汚れるか……となると串を持つなり、スプーンやフォークを使うなりするものがいいかのぅ。
 あまり手の込んだものだと工作しながらは難しいじゃろか……とりあえず焼き団子だんごを作ってみるか。確か作ってなかったと思うしの。醤油味しょうゆあじの焼き団子とみたらし団子なら、大人も子供も食べられるじゃろ。緑茶にも合うから、休憩にもってこいじゃな。
 あとは白玉しらたま団子にしよう。あれならつるりとした食感と、甘い汁で食べやすいと思うからの。

「昼ごはんはどうする?」
「それは我がやろう」

 ルーチェに問うたんじゃが、思わぬところから返事が来た。庭から儂らを見ていたロッツァじゃった。顔だけ窓から覗かせておる。

「クリムとルージュが貝を獲りたいそうでな。それを焼いておこう。アサオ殿には、貝で晩ごはんを頼む。めんが食べたいのだが、できるだろうか?」
「貝ダシのうどんでも、汁多めのスパゲティでもできるぞ。まぁどちらを作るかは、獲ってきてくれた貝を見てからじゃな。貝が苦手な子がおるかもしれん。一応、魚も頼む」
「分かった。では、行くぞ」

 窓から離れたロッツァの背には、クリムとルージュが乗っておったよ。踊るように跳ねて、元気いっぱいじゃ。
 ロッツァたちを見送り、儂は団子を作り続ける。どんどんねて、成型して、串に刺してと忙しくてな。猫の手も借りたいほどじゃったよ。そんな儂を見兼ねたのか、手伝いをする機会を見つけたのか分からんが、バルバルとカブラが儂の両隣にいてくれとる。
 団子を捏ねて、おおよその大きさに千切るまでが儂の役目になり、成型はカブラがやってくれとるんじゃ。その後、串を身体から生やしたバルバルが、真ん丸になった団子を三個貫きよる。それを受け取ったルーチェがとても美味うまそうに焼いておる。話し合ったかのように流れ作業が出来上がったわい。
 いつも串焼きを絶妙に仕上げるルーチェの上手さは知っておったが、カブラやバルバルがこんな芸当を隠し持っていたとはのぅ。
 おやつの準備が万端ばんたん整った頃、店の庭には三十人ほどの親子が集まっておったよ。ナスティが今日やることを皆に説明しとる。説明を聞いておるだけなのに、子供たちは勿論、親まで期待に満ち溢れた目を儂らに向けとるわい。
 ナスティの説明を引き継ぎ、儂が補足するのは怪我に注意することや、刃物で遊ばないことなどじゃ。今日使う素材も伝えたが、竹ひごやどんぐり、小石や貝殻に興味津々みたいでな。


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