槇村香月

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4章

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一度キスしてしまえば、タカが外れたように俺たちはキスを交わした。
駿は甘えるように俺の唇を奪い、俺はそれを嫌がりもせず受け止める。
最初は軽い戯れのようなキスも、次第に深いものになり、やがてキスだけでは終わらなくなり、身体も重ね合う。

 キスからセックスに移るまでは、あっという間だった。
色々な葛藤に苛まれると思ったのに。
弟のように思っていた駿だけは抱かない、と思っていたのに…。
誘われれば抗えない程に、俺は駿の誘いを受けていた。
気づけば俺たちは、互いの本当の気持ちも知らぬまま身体を重ね合うセックスフレンドのようなものになっていた。
近くにいるのに、何も見えない。傍にいるのに、触れ合っているのに、気持ちは見えない、不確かなものになっていた。

 俺の心には、確かにまだまりんがいるのに…。まりんを思っているのに…。
 
 12月。もうすぐクリスマス。
12月に入り俺はまた、気落ちし少しだけ荒れた。
というのも、12月は彼女と別れた月であり、彼女と付き合った時期でもあった。いやでも思い出してしまって、俺はその度にどうしようもない感情に翻弄された。


もう別れてから1年だ。もう、なのか。まだ、なのか。
恨めばいいのか。
いっそのこと、すっきり忘れてしまえばいいのか。
ずっと俺のなかで支えのようだったあの約束を忘れて、俺は今後生きていけるのか…と。

考えれば考える程、奥深い洞窟の中に潜るよう、捕らわれた。駿もこんな俺を訝しんでいたようで、なにか言いたげな顔をよくしていた。
結局、その言葉は吐かれずに、俺にせっつくことが多かった。

クリスマス前ということで、テレビでは多くの恋愛バラエティが放送された。
あまり俺はテレビはみないほうだ。
バラエティは騒がしく見る気がしない。

ただ、駿はそんなバラエティが好きなようで、俺が寝ている時やいないときはこっそりとみているようだった。
今もじっと真剣なまなざしで見ていたのは、男と女の恋愛学という番組だった。
ぽっちゃりとした恋愛コメンテーターが言う言葉を真剣に耳を傾け、俺が背後にいるというのに気づく様子もない。その真剣なまなざしに、漠然と不安を抱いた。


好きな人ができるまでの代わり。
その駿の言葉が頭を過ぎった。好きな人…こんな真剣な表情で見入るほど、誰が好きな人がいるのか…。
恋愛したいと思っているのだろうか。


「駿」

それ以上、視線をテレビにやってほしくなくて、駿の意識をこちらに戻すよう、駿を呼んだ。


「あ、仁さん。お帰りなさい…」

にっこりとほほ笑みこちらに視線を向けてくれる駿。
この笑顔が…他のだれかのものになる…そう思うとどうしようもない焦燥感が襲った。


「なにを…みてたんだ…」
「男と女の恋愛学ってやつ。この恋愛プロフェッショナルの女のコメンテーター、ちょっと気になってて…言うこと、突拍子もないんだもん。でも面白くてさ」


駿がいうコメンテーターというのは、今年ノリにのっている恋愛アドバイザー兼タレントのちょっとぽっちゃりとした女だった。

「許すのが本当の愛だって。
愛し続けていれば、いつかきっと愛は勝つって。
愛し続けていれば必ずいい結果が出るってーー。よく言うよって感じだよね」
「いい結果…か…」

そんなのウソだ。断言できる。一方通行の愛に、いい結果などついてこない。

「愛し続けても、無駄なこともあるのにな…」
そう皮肉まじりに呟けば、
「そうだね…」
と、駿は悲しげな顔をして返し、でも…と続ける。


「愛し続けた自分が…たとえ、報われなかったとしても、僕はその愛した時間が無駄なものじゃないって思うよ。
愛した時間は、確かにあって大切な思い出だって。
それがたとえどんな結末がこようと。誰にも咎めることはできないし、そんな権利だって誰にもないと思う」
「大切な…」
「そう。たとえ周りに否定されても。きっと愛した時間は幸せだったから…」


まりんと一緒にいて、幸せだった。想われていないのに。独りよがりの恋だったのに。
友達に言わせたら、そんな恋無駄だって言われてばかりだった。それでも俺はまりんが好きで。
俺にとってはまりんと愛しあった日々も俺にとっては大切な思い出だった。

別れてから、そんな思い出を大事に持っている自分が嫌で否定しつづけ、身体を壊した。
でも…、持ってても、いいのだろうか。
こんな未練がましく。まだ思っていてもいいのだろうか…。



「しゅ…」
そっと、唇が重ねられた。
「えへへ。すきありだよ、仁さん」
屈託なく笑う、その顔にふっと俺も頬が緩んだ。



「笑った…」
「駿…?」

ぎゅっと駿は俺に抱きつき、俺の胸板に顔を埋める。

「駿?」
「…あのさ、僕、許してるよね。仁さんの事。
ぐうたらで休日もごろごろしてるし、出不精だし、だらしない仁さんを見ても、ちゃんと見捨てず、家事やってるもの…。これって愛だよね…」

ニカっと効果音がつきそうな笑顔で駿は笑った。

「こんな愛しちゃってる僕だから、仁さんも仁さん用に残していたプリン食べちゃった僕を許してくれるよ…い、いたいいたい…」

俺のプリンを食べたらしい駿に対し、片手で頬を横にぐいっとひっぱる。

「俺のプリンを、だと…」
「あ~、ごめんってばー」

ぐいぐいと頬を引っ張った後、不意に視線がかちりとあい、俺達はまた何も言わず自然に唇を合わせた。


「仁さん、明日クリスマスイブデート、しよう。ねっ?」
「クリスマス?どこも混んでるだろ。
わざわざそんな混んでる日にいかなくても…」
「いきたいの。ね…明日行こう…!」

何度も懇願する駿に負けて、結局クリスマスイブに駿と一緒にどこかへ出かけることになった。ただし、イブの1日だけと言い聞かせて。


「1日だけ~」
「いやならやめるか…24日も…」
「いや、いやじゃないよ…いやじゃないですよ…」

楽しみだなぁ…と呟き、駿はテレビをけして楽しげそうに携帯を弄った。






クリスマスイブ当日。
今日は夜に少し雪がちらつくらしい。
天気予報で夜はぐっと寒くなるので、防寒をしっかりして、早めの帰宅を心がけるようにと視聴者に対し笑顔をむけた。

ホワイトクリスマスだね、なんて駿が嬉しそうに話す。
ただ寒いだけだ…と返せば、情緒ないんだから…とロマンチックのかけらもない俺に呆れたような顔をしていた。

きっと顔には出ていないが、俺も俺なりに駿との外出をそれなりに楽しみにしていた。ムードもなにも考えていなかったが…。



「プレゼントもあるんだよ!」
「プレゼント…?」
「あ、その顔。仁さんは用意してないでしょ…!酷いなぁ…」
「男同士でクリスマスプレゼントというのも…」
「男は男でも僕はふたなりだし…?」

女扱いなんかされたくないし、スカートだって嫌い。
そういっていた駿なのに、つごうがいい。
こつん、と拳を駿のおでこに充て


「ふたなりでも、お前はお前だろ。
俺にとっては弟のような…」
「おにいちゃんおもいな弟にプレゼントはないの」
「ない…」
「酷いなぁ…」
プレゼントがないの言葉に、駿はへらりと笑った。


 他愛ない会話をしながら、街に繰り出す。行先は駿が昨日から決めていたようで、始終駿が俺をエスコートした。


街中はクリスマスらしくカップルで溢れており、いつもよりも騒がしく、甘い空気が漂っている。
俺達はこんなカップルだらけの中、どんな風に俺たちは見えるんだろうな…そんなことを思っていたら、つんつん、っと駿の手の甲が俺の手の甲にあたった。つんつん、つんつん、と駿が何度も手を当てている。

「駿…」
「手、繋がない…?寒いし…」
「でも…」
「手袋忘れたから…。
冬だし、男同士でも手、繋いでもおかしくないよ…」

そういって、俺の手をとると、己の指先まで絡めぎゅっと握った。
歩きづらいなぁ、とか男同士クリスマスに手をつないでいるなんて…などと思ったが…
「えへへ…」
駿が嬉しそうにしていたので、なにもいわず、そのままでいた。


映画にいって、ショッピングして…色々と回っていたら時間はあっという間に過ぎていった。

午前中はからっと晴れていたが、午後にはどんよりと重い雲が広がっていた。

プレゼントは用意できなかったから、駿と二人で夜は外食をとった。

といっても、クリスマスイブの今日だ。オシャレなレストランはどこも満席で何時間待ちというのがザラで、結局オシャレもムードもない飲み屋で、夕食となった。
駿は、仁さんらしいね、と特に洒落たレストランではなかったのに笑っていた。


人は多かったが、いい外出だった。
駿がみたいといっていた映画も面白かったし、服も買いたかった品をいくつか買えた。
駿とも色々話したし、バカみたいなことに二人で笑い合った。

クリスマス、混んでいたけれど外に出て良かった。
夕飯直後までは、確かにそう思っていた。

 街中、人ごみの中で、まりんに似た面影を見つけるまでは。


「ま…りん…」
「仁さん…?」

俺の視線の先を見て、駿がはっと息を呑む。
瞬間、俺は人ごみの中、かけだしていた。


「まりん!」
いくな。いかないでくれ。
隣に、駿がいたのに、俺はまりんの面影をした人物をおいかけた。
久しぶりにみたまりんを面影を持つ人物の後姿に色々な葛藤が蘇る。

早く、追いかけて…捕まえて、それから…
それから…。

俺の思考は、封印がとかれたようにまりんだらけになっていた。
まりん、まりん。
おいかけなくては、まりんがいってしまう。
また遠くにいってしまう…と。

ひたすら、追いかけ、まりんの面影にてを伸ばした。


「仁さん…!」
駿がなにかを言っていた。
それでも、俺はまりんの後を追った。

「いかないで…仁さん…」
泣きそうな声がかすかに聞こえた。

「お願い、いかないで…!お願い!」

引き留めた駿を、俺は見向きもせずに、ただ、その面影を追っていた。
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