上 下
5 / 69
第一章

2

しおりを挟む
アイリスは揺れる馬車に座り、変わる景色を見ていた。
アイリスはここまでされても何も感じていなかった。
ドレスで隠れているが、アイリスは出来なければ鞭で打たれたり、食事を抜かれたりと虐待され、心を失くしていた。

多くの仕事をさせられていたため肌は荒れ、まともに食事をしていなかったので痩せ細り、髪は傷みきっていた。
常に俯き、瞳は伏し目がちで生気など感じ取れなかった。

こんな状態で愛され、大切にされたアイリーンの身代わりとされたのだ。
すぐにバレるのは分かりきっていた。
つまり、アイリスは人身御供よろしくという感じで捨てられたのだ。

暫くして馬車が止まった。
御者が扉を開くとアイリスにだけしか見えないのをいいことに睨み付けながら出るように促した。

「お嬢様、ヴァルファス家に到着しました」
「はい」

アイリスが出るとそこには一子乱れず並んだ使用人たちと頭に包帯をした青年と身なりの良い男性がいた。
青年と男性は似ており、狼の獣人であるので、髪と同じ銀色の耳と尻尾がある。

馬車から降りたアイリスを見て男性と使用人たちが眉をひそめた。
アイリスはドレス以外は令嬢とは言えない姿なのだから、当たり前とも言える。
だが、男性と青年が何も言わないので誰も何も言えなかった。
アイリスは御者を伴って男性と青年の方まで向かった。
アイリスはしっかりとカーテシーを行った。

「この度は妹がご無礼を、申し訳ありませんでした。私はナーシェル子爵家が長女アイリスと申します」
「確かにナーシェル子爵家には二人娘がいるとは聞いていたが……君がかい?とりあえず、面を上げてくれ」
「はい」

アイリスが顔を上げ、姿勢を正すと全員が息をのんだ。
前述で述べたようにその瞳に全く生気など感じ取れなかったからだ。
『人形』のようだと全員が思った。
ただ1人を除いて。

「アイリス……私のつがい、私はカイルと言う。もう大丈夫だよ。私が必ず守るよ」
「カイル?」
「父上、アイリスは私の番です。匂いで分かりました」

身動き1つ、言葉1つ発しないアイリスの手を優しく握った青年改めカイルは男性に向かって言った。
その尻尾は喜びから勢いよく振られている。

「…………偶然とはいえ、番であったか。ならば、ナーシェル家の御者よ」
「は、はい!?」
「アイリス嬢は確かにこちらで引き受けさせて貰うと伝えよ」
「は、はい!」

御者は男性の鋭い目付きに怯え、返事をした。
カイルだけが視界を占めているアイリスには男性の鋭い目付きは分からなかった。

男性の指示で使用人たちはアイリスの荷物を馬車から運び出した。
しかし、量はそれほどなかった。
元々、アイリスには最低限の物しか用意されていない上にただ体裁を整える為だけだったのでろくなものはなかった。

それを知ったのは御者が全ての荷物を下ろして慌てて帰っていったあとだった。



しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

貴方達から離れたら思った以上に幸せです!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:202,026pt お気に入り:12,086

乙女ゲーム関連 短編集

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,640pt お気に入り:155

セバスチャンではございません

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:5

あまり貞操観念ないけど別に良いよね?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:2,179pt お気に入り:2

貴方の杖、直します。ただし、有料です。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:78pt お気に入り:1,676

処理中です...