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なんなんだ
しおりを挟むSide マーナ
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_____拾ってもらったこの命は副団長のために使おうと思っていた。
「結婚するんだよね~」
普段と変わらない、いや、普段よりも一段と間延びした口調で、幸せそうな表情で、そんなことを言った彼に、目の前が一瞬で真っ暗になるような感覚を覚える。
「正直、がっかりです。国のために命をかけて戦った騎士がこんなにも志の低い人間だったなんて」
目の前の絶望を前にして、上官であるその人に大変な振る舞いを行った。
そんな私に副団長が口を開く。
「同じじゃん」
自らの志を口にして返ってきた言葉に、私は唖然としてしまった。
「俺だって俺を救ってくれたルイーゼを少しだって辛いめに合わせたくない一心で戦ってた」
淡々と言葉を紡ぐ副団長。
私が抱いた感情は、途方もない羞恥だった。
恥ずかしい。恥ずかしくてたまらない。
副団長の言った大切な人のために戦う、そんな気持ちがあまりにも自分のそれと同じだったから。
これではまるで、報われない想いを持て余して当り散らす頭の弱い女そのものだった。
____だけど、自覚した途端、自身の気持ちが軽くなったのも確かなのだ。
祖国では決して抱くことの許されなかった想い。
女としての生を殺し、剣だけを握って生きてきた。
こんなもの知らないと目を背けていた感情に名前をつけると、なんだか気持ちが落ち着いてくるようだった。
「…そうですか。副団長の気持ちは、わかりました。変な言いがかりをつけて申し訳ありませんでした」
「うん」
「婚約者である彼女のせいで副団長は変わってしまったと勝手に落胆して随分なことを言ってしまいました。婚約者に献身的な副団長が本来のあなただったと、今更気が付きました」
彼は腑抜けていたわけでもなんでもない。
自分の想いをきちんと受け入れて、あの優しくて心地よい感情を育んできただけなのだ。
「あなたが戦う理由と、私の志は仰る通り微塵も相違ありません。私も、私を救ってくれた人のために戦いたかった…一番近くで、その人を支えたかった」
私の想いは途中でひどく歪んでしまったけれど、初めてだから、なんてことにしておこう。
今までの行いを振り返って謝罪の言葉を述べると、副団長は少しだけ胸を張って口を開いた。
「結婚したってルイーゼばかりにかまけず、騎士団の仕事も全うする…ように、努める。だから、今までもこれからも、俺はこの騎士団の副団長なので!結婚してこのむさ苦しい所帯の中で一人だけ群を抜いて幸せになったからって、あんまり気にせずいつも通り接してくれ」
そんなことを言う副団長に、私は苦笑を浮かべながらも小さく頷くのだった。
いつも通り、普通通り、間違えていた距離感は修正しなくてはならない。
私は彼の同僚だから。
これからは、騎士として、仲間として。
大事な副団長の幸せを、私もきちんと祝福したい。
そんな気持ちに嘘はなかった。
_____あの方にも謝罪をしなければならない。
■□▪▫■□▫
「マーナさん、大丈夫ですか?」
「…クリス」
訓練が終わった後、クリスが気遣わしげな口調で私に声をかけてくる。
女嫌いのくせに私に懐いてくれているクリスは弟みたいで少し可愛い。
きっと私を女ではなく、剣を選んだ一騎士として扱ってくれているのだろう。
「案外、平気なんだ」
「平気なわけないですよね。副団長も、マーナさんに気を持たせるようなことして、自分はあっさり結婚なんて」
苛立った様に表情を歪めるクリス。
気を持たせる、なんて言葉に少し驚いてしまった。
「…私の想いは、バレていたのか」
自分でさえも誤魔化してきたような淡い気持ちだった。
「わかりますよ。貴女は嘘が下手ですから」
あの日、副団長へ抱いた憧れは、ほんの少しの甘酸っぱさを含んでいて、騎士として育てられた私には受け入れ易いものではなかった。
絶対に自分とは結ばれないとわかっていたからこそ、必要以上に彼や彼女を責め立ててしまったのかもしれない。
今思い返すと不甲斐ない限りだ。
自分の愚かさを見透かされていたようで、今はクリスの慰めが痛かった。
「副団長だけが、手を差し伸べてくれたんだ。死ぬしかないと思ってた。私に望まれたのは、そんな役割だけだったから」
言い訳の様な言葉を並べる私に、クリスはただただ相槌を打っていた。
「自分が女であることをずっと恨んでいたのに…副団長に出会ってから、初めて自分の性を受け入れることができたんだ。敵国の騎士にあんなにもあっさり恋に落ちてしまうなんておかしい話だ」
「その気持ち、俺はちゃんと伝えた方がいいと思います。副団長は今少し盲目になってるだけです!マーナさんの気持ちを知ったらきっと…」
クリスの言葉に首を横に振る。
「私がどう足掻こうと、あの人は変わらない。それでいいんだ。それがあの人の騎士道だから」
そうして今度は仲間として、共に国を守って行けたら十分だ。
私もいつか、この人のために戦おうと思わせてくらるような人ができるといい。
そんなことさえ思う。
「マーナさん、きっと後悔します。このまま何も話せず、副団長を手放したら」
「しないよ」
「俺は、マーナさんにつらい思いして欲しくないです。副団長だったらきっとマーナさんの気持ちも受け止めてくれます!」
必死な形相のクリスに首を傾げながらも、気持ちが揺らぐことはなかった。
「副団長は俺の憧れで、あなただってそうです!俺はただ、二人に幸せになってほしいんです!!」
「気持ちは嬉しいけど、何が幸せかなんて他人が決めることではないよ」
私の言葉にぐっと唇を噛み締めた彼は、視線を逸らして聞き耳をもってくれない様子。
どうしたものかと考えあぐねてしまう。
「私たちがどれだけ駄々を捏ねたって、あの人の意思は固い。もう、受け入れよう」
「まだわかりません…」
「こればっかりは、どうにもできない」
どうにかしようという気持ちだって、失われてしまったのだから。
「どうにでもなります」
「…はあ」
頑なな態度に溜め息をつく。
以前までの私もこんな感じだったのだろうか。
可愛い弟分ではあるが、きかん坊のようだ。
しばらくの睨み合いの末、そいつはそっぽを向いて走り去っていってしまった。
「…なんなんだ」
クリスの働きかけでどうにかなるような問題でもないのだから、気にしても無駄だろう。
喧嘩を売るようなまねしなければいいが。
応援ありがとうございます!
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あの部下の人が自分と置き換えて考えてみたら?って助言してくれたお陰で気づけて良かったねー!お互いにとっての最愛の人を失う前で。副団長幸せになっ(*´ω`*)
まだ1人暴走しちゃってる奴いるけど...自分の考えを押し付けないでマーナを幸せにするのは自分だって頑張れ!マーナはもう自分の中で納得出来てるのに他人がとやかく騒ぐのはただの皆にとって迷惑だと気付いて。
突然マーナが常識人になってしまって困惑…ざまぁされるのが楽しみだったのに💧モヤモヤ…
アレスは相変わらず全く好きになれない。嬉しそうな様子と、マーナに偉そうに自論をしゃべってるのにイライラする…
登場人物に好ましい人応援したい人が1人もいないでモヤるけど、でも続きが気になります。
クリスがヤバイな。
思い込みはやめて欲しい。
だからちゃんとクリスと決闘して置くべきだったんだよ。
婚約者はつまらない人間‥を肯定したかのような
言い方をしちゃダメだったんだよ。
クリスにはマーナ為にと周りを踏みにじって暴走するなら
マーナを自分の手で傷付けて喪う因果応報を受けて欲しいね。