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episode.37 来てくれたのは意外な人で
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夕暮れ、空が徐々に赤みを帯びてゆく頃。
風が柔らかく肌を撫で髪を揺らす。
闇は払われ、私はまたここへ帰ることができた――その嬉しさは頬を火照らせるほど。
「ノワール、貴方のおかげよ。私、帰ってくることができたわ」
下には魔の者の姿になっていると思われるノワールがいる。
彼の本当の姿を目にするのはこれが初めて。
でも怖くはない。
どんな姿でも彼だと分かるから。
「魔の者の姿でも貴方は貴方ね、髪型が同じだからすぐ分かった」
「……生きて、たんだ」
「ええ。闇の中で貴方の声を聞いたの――そうしたらまた会いたくなって。やっぱり、このまま死ぬなんて嫌だなって」
魔の者の姿でいるノワールは弱っているようだった。声すらも弱々しい。だがそれも仕方ないのかもしれない、あのゼツボーノを吸い込んだのだとしたら弱りもするだろう。
「……良かった」
彼はそう声を絞り出して、沈黙した。
「ソレア! アンタ無事だったのね」
「ルナさん……!」
どこからか歩いてきたルナは既に人の姿に戻っていた。
「食べられた時はどうなることかと思ったわよ」
「私もです」
「ま、でも、生きてたんなら良かったわ」
ルナは少し恥ずかしそうに視線を逸らしながらそう言ってくれた。
彼女なりに心配してくれてはいたのだろう。
「……そうでした! ルナさん、ノワールが寝てしまって。どうしましょう。これって、回復した方が?」
「そうね」
「ですよね。じゃあ――」
その時、背後から声がした。
「失礼。少しよろしいでしょうか」
振り返ると、少々距離は離れているが自分の身の後ろに男性数人が立っていた。汚れてはいるが白い制服をまとっている、魔の者討伐隊の者だろう。
「ソレアさんといいましたか、お嬢さん、そこから退いてください」
そう言い放ってきたのは白髪の男性。
五十代後半くらいだろうか、顔には生きてきた道がしわとして刻まれているようだった。
「え、どうしてですか」
「魔の者を拘束します」
「もしかしてノワールを?」
「ええ。その魔の者はこの街を破壊した、その力は恐ろしいものです。ですので、気を失っているうちに捕まえます」
――そうだ、人々から見ればノワールだって魔の者で恐怖の対象となるのだ。
見回せば、周囲は殺風景になっていて。
それがノワールの吸い込みによってできた光景なのだと気づいた時、ぞっとした。
「ちょっと! ノワ様に何する気?」
ルナは怒りをぶつけようとしたが。
「貴女にも同行していただきますよ、魔の者のお姉さん」
想定外のことを言われ、きょとんとするルナ。
「ソレアさんも、一度検査を受けられてはどうですか」
「私は平気です……」
「ですが、敵意ある魔の者に取り込まれましたよね」
「それはそう……ですけど」
「お嫌ですか? 検査は。もし抵抗がなければ受けておくことをおすすめします」
話をしている間に、横たわった魔の者姿のノワールの身に小型のフックのようなものがいくつか突き刺されていた。それらのフックからは太く硬そうなワイヤーのようなものがそれぞれ伸びている。恐らく、それを利用して大きな身を移動させるのだろう。
「そう……ですね、分かりました。受けようと思います」
今はまだ、この先のことなんて分からない。
でもそれでも信じていたい。
きっと良いことがあるって。
◆
検査の結果、私の身体に問題は何も発生していなかった。
思わぬ形で懐かしい街へ戻ることとなった。そう、懐かしい街というのは、以前住んでいたあの町である。ノワールらと出会った街でもある思い出深い街、検査のためそこへ移動することとなったのだ。
魔の者討伐隊が提携している病院にて様々な検査を受けた。
しかしその結果問題ありとなった点は特になくて。
今はまだ念のため入院しているけれど、じきに退院できることだろう。
「ソレアさん、色々大変でしたね」
ノワールとルナがどうなったのかはまだ分からない。当然会いに来てくれる人なんておらず。一人寂しく、物の少ない病室で寝ていたのだが――意外な人が会いに来てくれた。
「コルテッタさん……」
唯一見舞いに来てくれたのは、コルテッタだった。
かつて気まずくなったことのある彼女。
「ええと……ありがとうございます、気にかけてくださって」
「いえ」
「そうでした! あの時は色々すみませんでした。コルテッタさんの気持ちを知りながら、余計なことを言ってしまって……」
「いえ、他人には他人の考えがあるものですから」
しかしこれ、かなり気まずいぞ!?
「そういえば。もう話さない、と言われていたのでした。にもかかわらずいきなり来てしまってすみません」
「そんな。いいんですよコルテッタさん。それに、誰にも会えず退屈していたので、こうしてお会いできて嬉しいです」
ベッドの脇の椅子に座っていたコルテッタはこちらをじっと見つめてくる。
「えと、あの、何か?」
「ソレアさん。どうか……謝らせてください」
何かあったっけ? という気分だ。
「私はすべての魔の者を消し去りたいと思っていました。けれどノワールさんは、あの北の街で、魔の者に襲われかけた我々人間を助けてくださいました。……今、後悔しています。ソレアさんに対してあの時無礼なことを言ってしまったことを」
病室は静かだ。
無論、本来怪我人病人がいる場所なのだからそれが当たり前であるべきなのだが。
「申し訳ありませんでした」
そう言って、コルテッタは頭を下げた。
彼女は本当に真面目なのだと思う。
そして、だからこそ憎しみの対象には凄まじい黒い感情を向けるのだと、そう思っている。
……あくまで想像、だけれど。
「あの……コルテッタさん、本当に、本当に気にしないでください」
「え」
「私はもう気にしていません」
「ソレアさん……」
「でも、よければですけど、友人になってくれませんか?」
コルテッタは困惑を隠さない。
「変ですよね、急にこんなこと言うなんて……。私、実は、友人がいなくて。だからこれも何かの縁、仲良くできればと思ったのですけど……」
そんなことをだらだらと話していると。
「わ、私もっ! 私も、ソレアさんと仲良くなりたいですっ!」
コルテッタは急にはきはきと言い放ってきた。
「それに……友人が少ないというのは私もなんです」
彼女は少し照れたような表情を見せる。
「そうなんですか? コルテッタさんは可愛いし人気者だろうなぁと思っていたんですけど」
ちょっと怖いけどね。
「昔の友人とはもう疎遠になっていて、ここ最近は討伐隊の隊員として働くことしかしていなかったので……」
「だったらちょうど良かったです。ぜひ、よろしくお願いします。こんな私でよければ仲良くしてください、コルテッタさん」
風が柔らかく肌を撫で髪を揺らす。
闇は払われ、私はまたここへ帰ることができた――その嬉しさは頬を火照らせるほど。
「ノワール、貴方のおかげよ。私、帰ってくることができたわ」
下には魔の者の姿になっていると思われるノワールがいる。
彼の本当の姿を目にするのはこれが初めて。
でも怖くはない。
どんな姿でも彼だと分かるから。
「魔の者の姿でも貴方は貴方ね、髪型が同じだからすぐ分かった」
「……生きて、たんだ」
「ええ。闇の中で貴方の声を聞いたの――そうしたらまた会いたくなって。やっぱり、このまま死ぬなんて嫌だなって」
魔の者の姿でいるノワールは弱っているようだった。声すらも弱々しい。だがそれも仕方ないのかもしれない、あのゼツボーノを吸い込んだのだとしたら弱りもするだろう。
「……良かった」
彼はそう声を絞り出して、沈黙した。
「ソレア! アンタ無事だったのね」
「ルナさん……!」
どこからか歩いてきたルナは既に人の姿に戻っていた。
「食べられた時はどうなることかと思ったわよ」
「私もです」
「ま、でも、生きてたんなら良かったわ」
ルナは少し恥ずかしそうに視線を逸らしながらそう言ってくれた。
彼女なりに心配してくれてはいたのだろう。
「……そうでした! ルナさん、ノワールが寝てしまって。どうしましょう。これって、回復した方が?」
「そうね」
「ですよね。じゃあ――」
その時、背後から声がした。
「失礼。少しよろしいでしょうか」
振り返ると、少々距離は離れているが自分の身の後ろに男性数人が立っていた。汚れてはいるが白い制服をまとっている、魔の者討伐隊の者だろう。
「ソレアさんといいましたか、お嬢さん、そこから退いてください」
そう言い放ってきたのは白髪の男性。
五十代後半くらいだろうか、顔には生きてきた道がしわとして刻まれているようだった。
「え、どうしてですか」
「魔の者を拘束します」
「もしかしてノワールを?」
「ええ。その魔の者はこの街を破壊した、その力は恐ろしいものです。ですので、気を失っているうちに捕まえます」
――そうだ、人々から見ればノワールだって魔の者で恐怖の対象となるのだ。
見回せば、周囲は殺風景になっていて。
それがノワールの吸い込みによってできた光景なのだと気づいた時、ぞっとした。
「ちょっと! ノワ様に何する気?」
ルナは怒りをぶつけようとしたが。
「貴女にも同行していただきますよ、魔の者のお姉さん」
想定外のことを言われ、きょとんとするルナ。
「ソレアさんも、一度検査を受けられてはどうですか」
「私は平気です……」
「ですが、敵意ある魔の者に取り込まれましたよね」
「それはそう……ですけど」
「お嫌ですか? 検査は。もし抵抗がなければ受けておくことをおすすめします」
話をしている間に、横たわった魔の者姿のノワールの身に小型のフックのようなものがいくつか突き刺されていた。それらのフックからは太く硬そうなワイヤーのようなものがそれぞれ伸びている。恐らく、それを利用して大きな身を移動させるのだろう。
「そう……ですね、分かりました。受けようと思います」
今はまだ、この先のことなんて分からない。
でもそれでも信じていたい。
きっと良いことがあるって。
◆
検査の結果、私の身体に問題は何も発生していなかった。
思わぬ形で懐かしい街へ戻ることとなった。そう、懐かしい街というのは、以前住んでいたあの町である。ノワールらと出会った街でもある思い出深い街、検査のためそこへ移動することとなったのだ。
魔の者討伐隊が提携している病院にて様々な検査を受けた。
しかしその結果問題ありとなった点は特になくて。
今はまだ念のため入院しているけれど、じきに退院できることだろう。
「ソレアさん、色々大変でしたね」
ノワールとルナがどうなったのかはまだ分からない。当然会いに来てくれる人なんておらず。一人寂しく、物の少ない病室で寝ていたのだが――意外な人が会いに来てくれた。
「コルテッタさん……」
唯一見舞いに来てくれたのは、コルテッタだった。
かつて気まずくなったことのある彼女。
「ええと……ありがとうございます、気にかけてくださって」
「いえ」
「そうでした! あの時は色々すみませんでした。コルテッタさんの気持ちを知りながら、余計なことを言ってしまって……」
「いえ、他人には他人の考えがあるものですから」
しかしこれ、かなり気まずいぞ!?
「そういえば。もう話さない、と言われていたのでした。にもかかわらずいきなり来てしまってすみません」
「そんな。いいんですよコルテッタさん。それに、誰にも会えず退屈していたので、こうしてお会いできて嬉しいです」
ベッドの脇の椅子に座っていたコルテッタはこちらをじっと見つめてくる。
「えと、あの、何か?」
「ソレアさん。どうか……謝らせてください」
何かあったっけ? という気分だ。
「私はすべての魔の者を消し去りたいと思っていました。けれどノワールさんは、あの北の街で、魔の者に襲われかけた我々人間を助けてくださいました。……今、後悔しています。ソレアさんに対してあの時無礼なことを言ってしまったことを」
病室は静かだ。
無論、本来怪我人病人がいる場所なのだからそれが当たり前であるべきなのだが。
「申し訳ありませんでした」
そう言って、コルテッタは頭を下げた。
彼女は本当に真面目なのだと思う。
そして、だからこそ憎しみの対象には凄まじい黒い感情を向けるのだと、そう思っている。
……あくまで想像、だけれど。
「あの……コルテッタさん、本当に、本当に気にしないでください」
「え」
「私はもう気にしていません」
「ソレアさん……」
「でも、よければですけど、友人になってくれませんか?」
コルテッタは困惑を隠さない。
「変ですよね、急にこんなこと言うなんて……。私、実は、友人がいなくて。だからこれも何かの縁、仲良くできればと思ったのですけど……」
そんなことをだらだらと話していると。
「わ、私もっ! 私も、ソレアさんと仲良くなりたいですっ!」
コルテッタは急にはきはきと言い放ってきた。
「それに……友人が少ないというのは私もなんです」
彼女は少し照れたような表情を見せる。
「そうなんですか? コルテッタさんは可愛いし人気者だろうなぁと思っていたんですけど」
ちょっと怖いけどね。
「昔の友人とはもう疎遠になっていて、ここ最近は討伐隊の隊員として働くことしかしていなかったので……」
「だったらちょうど良かったです。ぜひ、よろしくお願いします。こんな私でよければ仲良くしてください、コルテッタさん」
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