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『婚約者が浮気していました、自室に女を連れ込んでいたのです。これはさすがに意見を言わずにはいられません。』

「エリック、浮気していたのね!」

 婚約者である彼の浮気が発覚した。
 彼は自室に私ではない女を連れ込んでいたのだ。

「何だようるせぇな」
「女を連れ込むなんてさすがに酷いわ。しかも薄着させて……」
「薄着くらいいいだろ! 全裸じゃないんだから!」
「男女で密室で、なんて……さすがに問題だと思うわ」

 これには黙っていられなくて。

「こんなのは裏切りよ!」

 そう主張すると。

「あ、そ。じゃあいいわ。お前なんかもう要らね。婚約は破棄するから」

 はっきりそう言われてしまった。

 エリックにとって私は大切な存在ではなかったのか。婚約しているというのに、所詮その程度だったのか。少し責められただけで要らないと言えるような。彼の中の私の価値はその程度でしかなかった。

「……もういいわ。さよなら」

 私たちには共に歩む未来はなかった。

 きっとこれが定めだったのだ。
 私たちが行く未来にはこれより先はなかったのだろう。

 それは、大雨によって崖崩れが起こるようなもの。

 ある意味それは絶対的な定め。


 ◆


 あの後私には良縁が舞い込んできた。
 父が営む会社の取引先の人、その息子さんから、私と一度会ってみたいという話が出てきたのである。

 それで一度会ってみることになった。

 すべてはそこから始まって。
 一度会ったその時に意外と気が合ったということもあって、私たちはもう一回もう一回と顔を合わせるようになっていった。
 もちろん自分たちの意思である。
 当然私もだが、彼の方も、会って話をすることを積極的に望んでくれていた。

 その果てで、私たちは結ばれた。

 ちなみにエリックはというと。
 あの浮気相手の女性と深い仲に発展していたようだが、その後回復させることが難しい病をもらってしまい、それによって結婚はできないこととなってしまったそうだ。
 また、エリックは、その病によって徐々に衰弱。
 移されたことが判明した日から半年も経たず、彼は自宅のベッドにてこの世を去った。


◆終わり◆


『うっかり怪我をしてしまったところ婚約者がお見舞いに来てくれたのですが、そこでまさかの……?』

 その日は快晴だった。

 とても良い天気で心地よくてスキップしていたら、穴にはまってしまって、その際に足を怪我してしまった。

 そんな私のお見舞いに一応は来てくれた婚約者アラストフだったが――。

「馬鹿だなお前」
「え」
「お前、まさかここまで馬鹿だとはな」
「ちょ……そ、それは酷くない……?」
「酷くはないだろ。ただ事実を言っているだけで。本当のことだろ」

 彼は私の身など少しも案じていないようで。

「ま、ちょうどいい機会だわ。お前との婚約は本日をもって破棄とする」

 さらりとそんなことを告げてきた。

「ええっ!?」

 想定外の展開だった。まさかまさか、というやつである。お見舞いに来てくれたと思ったら婚約破棄してくる、なんて、そんな衝撃的な展開を予測できるわけがない。

 普通は思うではないか。
 お見舞いに来てくれたということは心配してくれているのだと。

「何驚いてんだよ」
「い、いや、いやいやいや! 驚くよ!? 急過ぎて! しかも怪我人にいきなりそんなこと告げる!?」
「だってお前馬鹿だろ」
「……ごめん、ちょっと意味が」
「馬鹿な女とは結婚できない、したくない」

 アラストフはどこまでも残酷で。

「だってさ、子孫が馬鹿になるの嫌だろ」

 そうして私たちの関係は終わってしまったのだった。


 ◆


 あれから数ヶ月、私には今王子からの婚約希望が届いている。

 王子はかつて私が助けた人だった。

 それはまだ私が子どもだった頃のことだが――泥沼にはまってしまっている少年を助けたことがあって、その少年が王子だったという話だったのである。

 もちろんその時の私はその少年が王子だなんて欠片ほども思っていなかったわけだが。

 だがそれによって我が人生は大きな転機を迎えることとなっている。

 貴族でもない私が王子に嫁ぐというのは少々無理がある話ではある。ただ王子自身はそうは思っていないようだ。彼は純粋に私と結婚したいと考えているようで、身分なんて関係ない、とも言っているようだ。罠、というわけではないだろう恐らく。

 だから私は彼と生きることを選ぶつもりではいる。

 険しい道かもしれないけれど……。


 ◆


 あれから数年、私は今、夫となった王子と共に王城にて幸せに暮らしている。

 ここでの暮らしにも段々慣れてきた。
 最初こそ戸惑いも大きかったけれど、今ではもう馴染んで、毎日はとても心地よく楽しい。

 本来妃になるような人間ではなかった。だから足りないものも多いとは思う。でもそれでも、色々学びながら、ここまで歩んできた。それができたのは偏に王子が支えてくれたからだ。彼の支えがあったからこそ様々なことを乗り越えて今に至れているのである。

 きっとこれから良いことがたくさんあるだろう。
 今はそう思える。
 純粋に明るい未来を信じられる。

 ちなみにアラストフはというと、あの後事業を始めるもあっさり失敗に終わり借金だけが残るといったこととなってしまったそうだ。で、今では借金取りから逃げ回る日々だそう。
 乞食行為で稼いでほんの少しのお金だけで生活し、常に借金取りに見つかるといった恐怖に追い掛けられる――そんな人生はきっと辛くて惨めなものだろう。


◆終わり◆


『ある平凡な冬の日、婚約者の浮気を知ってしまいました。しかも、それによって婚約破棄されてしまいました。』

「お前なんてなぁ! リリフィエラの足もとにも及ばねぇ低級女なんだよ!」

 その日私は婚約者クルテスの浮気を知ってしまった。
 たまたま彼の家を訪ねたところ彼が自宅のそれも自分の部屋に女性を連れ込んでいるところを目撃してしまったのである。

 寒い寒い、雪の降り出しそうな冬の日のことであった。

「その程度のくせに浮気だ何だと言うなど……馬鹿だろ!」

 クルテスは自分が悪いことをしていたにもかかわらず私が悪いかのような言い方をする。
 明らかに、非があるのは、婚約者がいる身でありながら他の女を抱き締めていた彼なのに。

「待ってください、私は」
「それになぁ! こそこそ嗅ぎまわりやがんのも気に入らねぇ!」
「そういう話ではなくて、ですね。私はただ、この前のお返しを持ってきただけなのです。嗅ぎまわっていたなんて、そんなわけでは――」

 何とか理解してもらおうとする。
 けれど私の言葉は彼には届かない。

「あーあーあー! もういい! お前なんかとの婚約は、破棄だッ!!」

 こうして私は切り捨てられたのだった。

 しかも。

「んもぉ、クルテスったら、婚約者さんが可哀想よぉ? んふふ」
「いいんだよ、リリフィエラ」
「そうなのぉ?」
「あんなやつどうでもいい」
「それはぁ……んふ、可哀想にねぇ。くすくす」

 クルテスとリリフィエラ、仲睦まじく四肢を絡め合う二人から、馬鹿にしたような笑いを投げつけられてしまって。

 何とも言えない気分だった。
 自分が惨めに思えて。
 納得できないけれど何か言い返すこともできない、そんな状態で、私はただそこから立ち去ることしかできなかった。

 無難に生きてきたはずなのに。
 迷惑なんてかけていないはずなのに。

 なのにどうしてこんなことになってしまったのだろう。

 帰り道は憂鬱だった。そして涙もこぼれた。あまりにも惨め、そして、生きてきた道を後悔する感情すらも生まれてしまいそう。でも彼らの策にまんまとはまって落ち込んでいる自分への苛立ちもあり。

 ごちゃまぜになった感情たちに行き場はなかった。


 ◆


 帰宅後、両親に事情を話すと、二人は激怒してくれた。

 父も母も私の味方だった。
 それだけで少しは救われた気がして。

 嬉しさはあった。

 けれどもそれですべてが終わるわけでもなくて、胸の内に渦巻く悲しみが消えるわけでもなかった。

 ――そんなある冬の日。

 その日私は一人出掛けていた。といっても深い意味はない。目的があってのお出掛けでもない。ただ一人になってぼんやりとしたかった、それだけであった。

 そうしてベンチに座って空を見上げていたら。

「こんにちは」

 一人の青年が声をかけてきて。

「あ……はい、こんにちは」

 私はただ戸惑うことしかできなかった。

 だって知らない人から急に声をかけられたんだもの。そんな唐突で不思議な出来事に素早く対応できるわけもない。硬直せず言葉を返せただけまだまし、というくらいのものである。

「お一人ですか?」
「そうですね」
「今日はまた、いちだんと寒いですね」

 そこからは自然な流れで。
 その青年と意味もなく二人会話することとなった。

 彼は別れしなクックトリフの名乗っていた。


 ◆


 あの冬の出会いからちょうど一年半が経った今日、私はクックトリフと結婚する。

 出会いはなんてことのない平凡なものだった。それはあまりにも派手さのないもので。平凡な冬の日に遭遇して何となく喋った、ただそれだけの始まり。

 けれども私たちはそこから関係を深めていって、その先で、こうして結ばれるに至ったのである。

 でも、彼を選んだことを、私は少しも後悔してはいない。

 だって彼は楽しい人だ。
 それに優しさだってある。

 包み込むような優しさをまとっている彼と喋っているといつだってとても楽しい。

 だからこそ、私は彼を生涯のパートナーに選んだのだ。

「今日は新しい始まりの日、だからね。とびきり素敵な花束を用意しておこうと思ったんだ」
「え」
「サプライズプレゼントっていうの? こういうの。経験があまりになくて……ちょっと困ってあれこれ考えつつだったんだけど、ね……ということで、これを贈るよ!」

 結婚式終了後、彼は花束をくれた。

「え!? は、ははは、花束ッ!?」
「うん」
「え、あ、いや……ちょ、どうして!?」
「いやだから特別な日を祝って」
「私何も贈れるものがないです! えと、どうしましょう!?」
「いやいやいいよそんなのは。気持ちだけで嬉しいから。一緒に歩もうと思ってくれている?」
「もちろん!」
「ならそれでいいんだよ。これはただ自分が贈りたいと思ったから贈るだけで」

 ちなみにクルテスとリリフィエラは既に死んだ。

 クルテスは私との婚約破棄の件を皆に広められたくないがために私を殺そうとした。しかしそれには失敗。すると今度は私の親を殺そうとする。しかしその時たまたま近所の人に見られてしまい、通報されて、それによって彼は牢屋送りとなった。

 その後、これまでに行った複数の殺人未遂がぼろぼろ出てきたために国から問題のある人物とされ、処刑された。

 また、リリフィエラはというと、クルテスの死後第二王子に接近し彼に横領させようとしたことで逮捕される。
 それから少しして、牢屋内にて、何者かに刃物で刺されて。
 その一件によってリリフィエラはこの世を去ることとなってしまったようであった。


◆終わり◆


『高圧的で被害妄想多めな婚約者に婚約破棄を告げられました。しかし、その後の私の人生は幸せに満ちたものでした。』

「お前との婚約だがなぁ、破棄するわ」

 言動がいちいち高圧的なうえまだ夫婦になってもいないのに同居を強制してくる婚約者ミミドボロスがある日突然そんなことを言ってきた。

 彼はこれまでずっと束縛気味だった。
 だからこそこの宣言は意外なものであって。

「え……?」

 思わずそんなことをこぼしてしまう。

 すると。

「何だその返答は! はい、だろ! 普通は! え? なんて言いやがって、俺のこと舐めてんだな!? だろ!? そうだろ!? 俺がしょぼい男だから、そう思っているから、そんな舐めくさったような言い方しやがるんだろ!? てめぇふざけんなッ!!」

 ミミドボロスは急に怒り始めた。

「そもそもお前はなぁ! 俺を舐めすぎなんだよ! 俺が手汗かくタイプだからってよええ男だって思ってそれで舐めてやがるんだろ? どーせそんなことだろうと思ったわ!」

 いや、違う。
 まず何を言っているのかさっぱり分からないし。

 ……でもここでそういうことを言い返すと火に油を注ぐ状態になってしまうことは目に見えている。

 一度こういうのが始まってしまうともうどうしようもない、というのが、ミミドボロスという人間と接していて一番困るところだ。

「俺が手汗かきなこととか鼻水垂れやすいこととか鼻水垂れてても気づくのが遅くなりがちなこととか顔立ちが整っていないこととか、そういうので見下してるんだろ!? そうだよな? 隠してても黙ってても伝わってんだよそういうのは! お前は俺を内心馬鹿にしてることなんてなぁ、ずーっと前から知ってたんだ。お前は隠してるつもりだったかもしれねぇがな、そういう黒い感情に気づかねぇほど俺は馬鹿じゃねぇんだ。あいにく俺は馬鹿じゃねーんだよ!」

 完全に被害妄想である。
 私は彼を馬鹿にしたことなんてないし見下したことだってない。

 面倒臭い、となら思ったことはあるけれど。

「じゃあな! 永遠にばいばい!」

 ――かくして、私とミミドボロスの関係は終わりを迎えたのであった。


 ◆


 婚約破棄から数日、ミミドボロスはこの世を去った。

 彼が親たちと一緒に住んでいる屋敷に強盗が入ったのだ。
 その犯人に不幸にも出くわしてしまった彼は口封じのためにその場で殺められた。

 それがミミドボロスの最期であった。

 あれほどまでに威張り散らしていたのに、死の間際では惨めに命乞いするような状態だったようだ――それを思えば、やはり、人生とは分からないものである。

 誰が幸せになるか。
 誰が惨めに死んでいくか。

 そんなものはいざその時が来るまで分からないものなのだ。


 ◆


 ――数十年後。

「おばあちゃん! お菓子一緒に食べよ!」
「そうねぇ」

 私は良家の子息と結婚し、子に恵まれた。

 とても温かい家庭を築くことができたと思う。
 ずっとそのために自分なりに努力してきたし、夫も夫なりに努力を重ねてくれていたと思う。

 そして、時は経ち、その子らももう大人になって家庭を持つようになった。

 それで今では孫がいる。
 たまにやんちゃな時もあるけれど、とても可愛い子たちだ。

 孫の顔を見る時、生きてきて良かったと強く思う。


◆終わり◆
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