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『「俺、彼女と愛し合っているんだ」いきなりそんなことを告げられたうえ婚約破棄されまして……?』

 その日は突然やって来た。

「俺、彼女と愛し合っているんだ」

 婚約者である彼エドミストは見知らぬ女を連れて現れ、しかもそれだけではなく、信じられないようなことまで言い出す。

「だからお前とはおしまいにする。……よって、婚約は破棄とする」

 エドミストは宣言してから隣にいる女の方へと目を向ける。
 すると女も甘ったるい視線をエドミストへとやった。

「本当に……いいのぉ? 婚約者さんをあたしのために捨てる、なんてぇ……」

 女は片手の指を一本だけ立ててそれを己の唇に当てながら軽く首を傾げる。
 いかにもあざとい、そんな振る舞いである。

 しかしエドミストはあざとさは特に気になっていないようであった。

「当たり前だろ、いいんだよ。そうじゃなきゃここまでしないって。婚約者とか何とかどうでもいい、そう思うくらい君のことが好きになっているんだ」
「いやぁ、もぉ~、エドミストったらぁ~」
「だからこんなやつどうでもいいんだ。罵倒されても、批判されても、それでも俺は君をとる。だって俺は君を愛しているから」

 それから二人はそれぞれの腕を絡め、手を触れ合わせ、指を結ぶ。

 やがてエドミストはこちらへと視線を移してきた。

「ま、こういうことだから」

 彼は平然とそんなことを言う。

 それを追うように、女もこちらへと目を向けてくる。長い睫毛に彩られた目がこちらへ意識を向けている。甘ったるい匂いがしそうな視線に戸惑っていると、彼女はやがて馬鹿にしたように小さくふふと笑い「ごめんなさいねぇ婚約者さん」と呟くように言い放ってきた。

 何というか、嫌みだなぁ……。

「じゃあな、ばいばい」
「さよぉならぁ~。婚約者さんに良い出会いがあるよう願ってますねぇ~」

 そうして二人は去っていったのだった。

 一人ぽつんとその場に残された私。
 その寂しさや虚しさといったら言葉では表せないようなもの。
 それなりに真っ当に、無難に、ここまで生きてきたというのに。なのになぜこんな風になってしまったのだろう。悪いことなんてしてこなかったはずだ、なのにどうして私がこんな目に遭わなくてはならないのか。


 ◆


 あの婚約破棄から少しして、エドミストが亡くなったという話を聞いた。

 彼はあの女と婚約していたようだ。しかし女の親からはあまりよく思われておらず。そんなこともあって揉めていた中、エドミストは何者かによって殺められた。誰がエドミストを殺めたのかは定かでないが、エドミストのことを嫌っていた女の親が雇った刺客による暗殺だったのではないか、とも言われているようだ。

 だが女もまた破滅することとなる。
 エドミストの死に絶望した彼女は心身の調子を崩してしまい、彼の死から半年も経たないうちにこの世を去ることとなってしまったようであった。


 ◆


「サンドイッチ作ったから、食べて」
「わ! やったー! サンドイッチ大好き」

 婚約破棄から一年半、私は、運良く善良な人と巡り会うことができて結婚した。

「美味し! やっぱ美味しい! しっみるぅ~!」
「そう言ってもらえると嬉しいわ」
「まだまだある?」
「もちろんよ。多めに作っておいたから」
「やっほーい!」

 夫である彼は少々テンションの高い人だ。けれどもそんなところも含めて彼だと思っているし、それが問題だとは感じない。むしろ太陽のような良さがある。近くにいる、一緒にいる、それだけでこちらの心まで明るくなってくるかのようで。

「サンドイッチ、ほんと好きね」
「好きだよー」
「また作るわね」
「やったー! でも、君が手作りしてくれたものだから、っていうのもあるんだよ?」
「……どういうこと?」

 この先、いろんなことがあるかもしれない。
 生きていれば良いことも悪いこともあるだろうから。

 でも、それでも、私は彼と歩んでいきたい。

「大切な人が手作りしてくれたものは格別、ってことだよ!」

 純粋な彼の笑顔を守りたい。
 今は強くそう思う。

「……そういうこと」
「分かった?」
「ええ、分かったわ。……ありがとう」
「わー! 伝わって良かったー!」
「貴方、本当に良い人ね。こんなくだらない質問にも答えてくれて」
「いやいや普通だよー」
「……これからも仲良しでいてちょうだいね」
「うんうん! もちろん!」

 いつまでも、今の気持ちを忘れないようにしよう。
 そうやって歩めたならきっと幸せに生きてゆけるはずだから。


◆終わり◆


『今さらそれを理由として婚約破棄なんてするのですか? 意味不明ですね。……ですが、まぁ、貴方がそれを望むのならそれでも構いません。』

「君との婚約だけど、破棄とすることにしたんだ」

 婚約者フィーゲルはある日突然そんなことを告げてくる。

「え……」
「実は、君のその紅い瞳が気になってさ」
「そ、そこ……? ですか……?」
「ああそうだ。やはりどうしても好きになれなくてね」

 私の瞳は紅い。
 けれどもそんなことは初めから知っていたはずではないか。

 ……なのに、何を今さら?

「悪いね、だからもうおしまいとさせてもらうよ」
「本気で仰っているのですか」
「当たり前だろう? そうだよ、本気だよ。それ以外に何があると思う? こんな大事なことをふざけて言うはずがないだろう」

 きっと何かしら理由があるのだろう。
 でもそれを知ることはできない、そんな気がする。

 彼はきっと私に対してすべてを明かし話すことはしないだろう。

「ま、そういうことだから。さよなら。……ばいばい」

 下り坂を転げ落ちるように。
 階段から転落してゆくかのように。

 そうやって、私たちの関係は終わってゆく。


 ◆


「僕と結婚してください!!」

 婚約破棄されてから三日後の夕暮れ時、行きつけの本屋の店員である青年から想いを告げられる。

「え……」
「実はずっと好きだったんです!!」
「え、ちょ……う、嘘……でしょ……?」
「本当です!! ずっとずっと憧れていました!!」

 想いを告げる彼の熱量は凄まじいものであった。

「でも、婚約されていると知っていたので、諦めていました。それに僕なんかじゃつり合わないって……思っていて。でも! 僕、やっぱり、諦められなくて! ……そんな時、婚約破棄について聞いたのです。それで、一度、ダメもとで言ってみよう、と!」

 彼の瞳から放たれる視線は真っ直ぐだった。

「……少し、考えてみても良いですか?」
「は、はい! もちろん! もちろんです!」

 婚約破棄されてすぐ別の人と婚約するなんておかしな話かもしれない、そう思いもしたけれど。でも彼の目つきや表情の真っ直ぐさを目にしたら彼と生きることもまた一つの選択なのではないかと思えてきて。

 そして、数日後。

「私、貴方のことは嫌いではないです。なので」
「はい……」
「婚約、してみようかなと。そう思います」

 すると彼は歓喜、子どものように踊り出す。

「やったー! やったー! やったかたったやったかたったやったかたったったー! やったー! やったー! ひゃっほー! ひゃっほー! ひゃっほいほほいのほい! へい! やったー! やったー! やったかたったったー! ほぃさっ、ほらさっ、ほいよっ、ほいせぃ、とぅとぅとぅとぅとぅとぅとぅとぅとぅとぅとぅとぅとぅとぅ! へい!」

 まるで何かしらの伝統的な舞いであるかのよう。

「やったー! やったー! やーったやったやーったやったやったかたったったー! っ、ほいさっ! とりゃさ! ほいほいほいほいほいほいほいほいほいほいほいほいほらしゃっしゃ! ほぃさ! やったー! うれぴーなっ、はい! やったかたったったー! はいはいはい!」

 そうして私は彼と婚約。
 そこから関係は順調に進み、結婚するに至ったのであった。


 ◆


 あれから数年、私たち夫婦は今も楽しく心穏やかに過ごしている。

「ちょっとそこのクッキー取って!」
「はーい」
「……ありがとう、助かったわ」
「いえいえ。また何でも言ってね」

 私たちはとても仲が良い。
 常に支え合って生きている。

「いつもありがとう」
「いえいえ~」
「色々手伝ってくれること、感謝してるわ」
「そんな! こっちこそ。いつも家事してもらって、他にも色々……ありがたいよ! しかもいつも! ありがとう!」

 ちなみに元婚約者であるフィーゲルはというと。
 あの後理想の女性を探して世界を旅していたそうなのだが、その最中にとある国にて賊に襲われ、その時に負った傷によって死に至ることとなったそうだ。

 彼には明るい未来はなかった。

 ……否、それどころか。

 ただ平凡に、穏やかに、そうやって生きることさえも叶わなかったようである。


◆終わり◆


『可愛い妹がこのたび婚約破棄されまして。~姉として、彼を許すことはできません~』

「お姉さまああぁぁぁ!」
「どうしたの!?」

 ある日突然駆けてきた妹ルリア。
 彼女は三つ年下の可愛い可愛い妹である。

「聞いて……アッシュさまから、婚約、破棄を……告げられて……」

 ルリアは泣いていた。

「え? え? こ、ここ、婚約破棄……!?」
「そうなの……」
「どうしてそんなことになったのよ!?」
「何かね……アッシュさま……好きな人ができてしまったらしくって……」

 容姿は整っていて、愛らしく、長い金髪は美しく、服を選ぶセンスにも長けていて、それでいて性格も良く……そんなルリアと婚約しておきながら、他の女に目を向け、のみならず婚約破棄までしてくるなんて!

 ……それに、可愛いルリアを泣かせるなんて、姉として許せない。

「ごめん、なさい……っ、私……お姉さまに、迷惑、かけたくないっ……のに……」
「いいの、いいのよ。辛い時は泣いたっていいの」
「お姉さま……っ、ぅ、ごめん、なさい……」
「謝らないで。辛い時や悲しい時は助け合うべきなのよ。私たち姉妹なんだから、頼り合ったっていいの」

 ルリアを抱き締め、その柔らかな金髪を撫でながら、私は決意する。

「だから、こういう時こそ、私に頼って?」
「っ、ぅ、お姉……さまっ……」
「はいはい、いいのよ、泣いたって。大丈夫、私はずっとルリアの味方だから。だから安心して」

 アッシュ、その身勝手極まりない男を、私は絶対に許さない。

「あり、が……っ、と……」
「ずっと大好きよルリア、愛しているわ」

 殺すわけじゃない。
 この手で殺める予定ではない。

 でも、絶対に、彼には傷ついてもらう。

 彼の身勝手さを世に広くしらしめてやる。
 無礼なことをしたのだと少しは気づいてもらわなくては。


 ◆


 アッシュがルリアに対して何をしたのか、それを広めよう。
 そう考えた私は、新聞社の社長の娘である友人に頼み、その悪しき行いの情報を世に広く流してもらった。

 するとアッシュの勤め先の社長が激怒。

 というのも、その社長は、自身の娘がかつて同じような目に遭わされたことがあったのである。

 だからこそその人は強く怒った。
 かつて同じような災難に見舞われたことがあるからこそ、その痛みが分かるし、そういった行為に対する怒りも生々しく胸の内に存在しているのである。

 そしてその社長はアッシュをクビにした。

 人として最低の行為をした者を社内に置いておくことはできない、ということでのクビであった。

 突然失職することとなり狼狽えているところに、今度はこちらから向こうの都合による婚約破棄をしたことの償いのお金を請求。それによって彼はさらに混乱する。だがそれが狙いである。

 彼にはとことん混乱して疲れてもらわなくては。

 そうして私は償いのお金を支払ってもらうことに成功した。

「凄いわ……! お姉さま、さすが……!」
「ありがとうルリア」
「お礼を言うべきなのはこっちよ」
「気にしないで! だって私たち姉妹でしょう? だからどんな時も共にあるわ。困った時には頼ってちょうだい!」

 仕事を失い、お金も失い、評判も地に堕ちて。

 生きてゆくことに希望を見出だせなくなったアッシュは心を病み、体調も崩して、やがて脱水によって亡くなった。


 ◆


「ルリア! パンケーキ焼いたわよ。良かったら一緒に食べない?」
「お姉さま……!」
「前好きだって言ってくれていたわよね、パンケーキ」
「好き……! ありがとう、とても嬉しい。お姉さまが作ったものなら何でも好きだけれど……パンケーキは特に好きなの」

 あれから一年半。
 私たちは姉妹二人で暮らすようになった。

「お、い、しぃ~~い!」
「ほんと!?」
「お姉さまのパンケーキ、さ、いこぉ~~!」
「ルリアが気に入ってくれたなら、そんな幸せなことはないわ」

 私たちは二人で生きてゆく。
 男性になんて頼らなくとも生きてはゆけるのだ。

「ねぇお姉さま、今度薔薇園へ行ってみたいのだけれど……」
「薔薇園?」
「ええ。王都公園の近くにあるみたいなの」
「へぇーっ、知らなかった」
「二人で……行ってみない? どう?」
「いいわね! 行こ!」

 幸せの形は無限にある。

 そう、最も理想的な幸福とは、人それぞれなのだ。


◆終わり◆
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