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第一章 そこは竜の都

ジェーンモンド家の人々 1

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 それなりに広い敷地と屋敷。その屋敷の廊下を、淡いブルーのワンピースドレスを着た人影が、静かに歩く。

「……なんて」

 ふと立ち止まり、

「なんて穏やかなのかしら」

 すぐ横の窓から見える景色を眺め、そんな言葉を口にした。

アイリスあの子がいないだけで、こんなに晴れやかな気分になるなんて!」

 その声は控え目で、けれど喜びを抑えきれないように口の端が上がる。緩く編み込んだブロンドは陽光に、空より青い瞳は嬉しさで煌めいた。
 アイリスの姉はその喜びを表に出したまま、呼び出された部屋へ向かう。

「……失礼致します、お母様」

 扉をノックし、了承を得、静かにその扉を開けた。
 入った部屋の窓際に、ブロンドをきつく編んで、深い緑のドレスを纏った女性が座っていた。その手元には、開かれた封筒と幾枚かの便箋。

「リリィ、お父様からのお手紙が届きました」

 その女性はそう言って、読んでいた手紙をたたむ。そのままゆっくりとアイリスの姉──リリィへ、椅子に腰掛けたまま手紙を差し出した。

「まあ! やっと一段落ついたのですね」

 母の側へ寄り、手紙を受け取る。リリィは笑みを保ったままそれを開き、眉を寄せた。

「……お母様、これは」

 顔を上げ、ひそめた眉を戻しもせずにリリィは口を開く。

「ええ。今回は縁が無かったのでしょう」

 ヘーゼルの瞳を僅かに伏せ、ここの女主人は静かに言った。

「そんな」

 大口の取引になるはずだった、その相手は気を変えてしまったと、そんな内容だった。

「これからという時なのに……!」

 思わず歯噛みしたリリィへ、母の厳しい視線が刺さる。

「はしたないからお止めなさい」
「! ごめんなさい、お母様」

 リリィはすぐさま表情を戻し、淡く微笑む形を作る。

「……それで、このお手紙のお返事ですけれど」
「ええ、直ぐに返さなければね」

 涼しげな顔でそう返した母親へ、リリィは笑みを深くした。

「今は、返さない方が宜しいのでは無いでしょうか?」

 その言葉に、今度は母親が眉を寄せた。

「何を言っているの」
「アイリスの事があるではありませんか」

 その言葉に目を瞬かせ、けれど女主人はすぐに顔を戻す。

「……聞きましょうか」
「ありがとうございます」

 リリィはワンピースの裾をつまみ、足の軸を少しぶらしながら礼をした。

「……」

 母親は表情を変えず、無言でそれを眺める。そしてリリィはまた、揺れながら姿勢を戻した。

「……今、あの子は『行方不明』なのですから。そのせいで私達は、その捜索もままならないほど不安に駆られ、憔悴してしまっているのです」


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