竜の都に迷い込んだ女の子のお話

第二章 竜の文化、人の文化

五話

「トゥリバーさんのお話は聞きましたが、皆さんは……どうして、その……そんなに……」

　だんだんと先細っていくアイリスの言葉を受け、

「どうしてってそんなん」
「知りたいから」
「だよなぁ」

　ゾンプもモアも他の子供達も、何でもないようにその理由を口にする。

「人間に興味ある」
「面白そうだし、見てみたいし」
「でも俺らは人間のとこまで行けない」
「けどやっぱり知りたいなって……」

　口々に出てくるそれらは、アイリスも良く知る想い。

（……私と、同じ……）

　見た事のないものを、知らない世界を、未知の出逢いを。それらを求める、純粋な好奇心。

「で！　そんな風に考えてたら！」

　ゾンプの張りのある声にアイリスの肩が跳ねる。

「お前が現れたわけだ！　アイリス！」
「？！」

　真っ直ぐ前に腕を伸ばし、その指先でアイリスを指し示す。

「昨日は気が逸はやっちゃったからな！　色々準備が足りなかった！」
「は、はあ」
「ゾンプ、相手を指さない」
「あ、ごめん！」

　ブランゼンに言われ、ゾンプは腕を引っ込めた。

「それに、昨日も言ったけれど。アイリスにはまず都ここの事を知って貰わないといけないの。貴方達の探求心自体は「そこもちゃんと考えて来た！」……」

　吐きそうになった溜め息を飲み込むブランゼンを見て、モアが再び口を開く。

「本当に考えたの。それで……」

　その黄色の瞳が煌めく。まるでこれから楽しい事でも始まるように。

「アイリスとわたし達で、勉強会しようって」
「勉強会？」

　首を傾げたシャオンに、モアはこくりと頷いた。

「アイリスは人間の事、わたし達は竜の事。それぞれ教え合うの。それならわたし達も自分の知りたい事を知れるし、アイリスの理解も早まると思うの」
「はー……なるほどね。けどさ」

　シャオンはちらりとアイリスへ目を向け、

「アイリスの負担が大きそうだなぁ。元気な年下七竜を相手に、自分の勉強が捗るもんかな？」
「えっ」
「とし、した？」
「俺達が？！」

　子供達は思わず声を上げ、話を聞いていたタウネも目を丸くした。

「お？　知らなかった？」

　それを見たシャオンは、楽しそうに口の端を上げる。ブランゼンは一度目を閉じて腕を組むと、

「そうね。ここまで来たからには全員きちんと名乗ってもらおうかしら」

　そう言って瞼を開き、その深い蒼を、対面で呆けている竜達へ向けた。

「歳も一緒に……勿論アイリスにね。ふざけるのは無しよ」
「わ、分かってるよ……えぇー……？」

　ゾンプは戸惑いを口にする。子供達は互いに見合い、どうすべきか迷っているようだった。

「え……と、その……」

　それを見ていたアイリスは、怖ず怖ずと口を開く。

「それでは、私から……いきましょうか……？」
「駄目よアイリス、甘い対応しちゃ。今もだいぶ譲歩しているんだから」
「は、はい……」

　ブランゼンの言葉に、元々伸ばしていた背筋をより伸ばす。けれど、対する七つの顔は戸惑ったまま。

「……えーでは、私から」

　すると、向かって左端から声が上がる。

「一度挨拶はさせて頂きましたが……この件に関わっておりますので、再度失礼致します」

　タウネは軽く頭を下げ、アイリスへ微笑みかけた。

「トゥリバー酒房の長子、タウネ・トゥリバーと申します。歳は二百二十八。この度は誠に申し訳ありません」

　そしてまた一度深く頭を下げ、アイリスが慌て出す前に顔を上げる。

「こんな事になってしまいましたが……アイリスさんに良いと言って頂けるなら、やはり一度、意見交換をさせて頂きたいですね。人の文化のみならず……」
「いえそんな……え？」

　恐縮するように振った首を、アイリスは途中で止める。

「アイリスさん自身の、その見事な技術力についても感嘆致しました」
「へ……えっと、さっきの竜の形の……？」
「ええ、それと」

　タウネは力強く首肯し、続ける言葉に熱が入る。

「共に自主練習だけで身に付けたと仰った重量軽減についても。人の世ではあまり魔法は馴染みがないと聞いておりましたが、先ほどの模倣も魔力の扱いも稚拙とは遠く逆に精密ささえ──」
「よし次おれ！」