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第二章 竜の文化、人の文化

十話

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 壁一面に創り出された鏡。それにより部屋は不統一に広く見え、ヘイルを含む七名は、円上に座しているように映る。

「想像とは?」

 腕と脚を組み、目を細め、ヘイルは低く問うた。

『だからお前……!』

 その右隣に映る、黒檀色の髪を持つ者が声を荒げる。それも同様に低く響き、けれどヘイルより僅かに高い。拍子に、複雑に編まれたその長い髪が揺れた。

『マーガント……貴方の態度もどうかと思うわ。少し落ち着いて』

 左から二番目、また別の者がそう諭す。紋様が浮き出るよう編まれた濃い蜂蜜色の髪が、横から入る陽の光で煌めいた。

『っ……』

 マーガントは全体を見回すように視線を巡らせ、口を閉じる。

『……では、議題に移ろうか』

 低く、深く。歳を重ねた威厳ある声が響いた。

『ヘイル、玻璃の長。君が私達に通知してきた〈人間〉についてだ』

 まだ衰えを見せない銀の瞳。その視線がほぼ真正面から、ヘイルへ注がれる。

「それか」
『そうそれ』

 軽い声で頷くのは、翠や紫が散る艶やかな黒髪と、幼い顔立ちを持った者。ヘイルの右隣に掛け、マーガントの後に、ヘイルに声をかけた者だ。

『私はそんなに気にしてないけどね。面白そうとは思ってるけど』
『プツェン?! 人間だぞ?!』

 マーガントがまた声を上げる。

『……このように様々な意見がある。本来ならば、事前に、時間をかけて、受け入れるか否かを協議すべき議題であったと、私も考える』

 年長者の声は、場に染み渡るように広がっていく。

『何故、ここまで性急に手続きを行った? ……その上、同じ竜ならいざ知らず、人間という距離を置くべき別種の存在だ。保護の例も無くはないが……』

 その言葉に、ヘイルは僅かに眉を顰める。

「人間であろうと竜であろうと、捨て置かれた命を保護するのは当然の行いと考えるが?」

 ヘイルはその銀の瞳を見つめ返し、質の近い声を響かせる。

「手続きが性急に思えるのは、そちらの認識によるものだろう。孤児の身元を決定するのに、時間をかければかけるほど、それは後々の障害となる」
『……それはその通りだ。だが、ヘイル』

 対面する似た顔は溜め息を吐き、一段低い声を出す。

『人間は我々と距離を置くべきであると、先も述べた。その点についてはどう考えている』
「その考えについても、人間は忌避すべき存在では無いと、こちらは前から主張している」
『ヘイル! 父の言葉だぞ!』
「今は長同士の対等な立場だ。忌避するでなく距離を置くだと言うならば、今までの歴史をかえりみて頂きたい……統ノ長とうのおさ殿」

 ヘイルの言葉に、今度はその父が眉を顰めた。

『……しかしだな、人間は……非力と言えど、狡猾さと凶暴性を有する生物。その認識は違えなく受け継がれてきた──』
「受け継がれてきたから何だと言うのか。継承してきた全てが尊ぶべきものであるかは、今生きている我々が決めるべき事柄だ」
『ヘイル……口が過ぎるぞ……!』

 鏡越しに、剣呑とした空気が漂う。

『ヘイル、統ノ……金華の長きんかのおさ、それとマーガント。三名とも落ち着いて頂きたい』

 そこへまた、低音が加わる。ヘイルからは右から二番目、金華の長の左隣。

『歴史の話は議題ではない、と私は思っていますが』

 声の主は菫色の瞳を細め、軽く手を組んだ。その姿は皆と同じく煌びやかで、父と同じ蜂蜜色の髪は、編まれた後に全て後ろへ垂らしていた。

『人間を都へ住まわせる──これ自体は金華の長の言う通り、前例もある。私はそこまで問題とは考えていません……ただ』

 マーガントがまた口を開く前に、その瞳に力が込められる。

『二つほど。一つは、一時的で無く永住である点』

 薄く笑んで手を解き、右手の指を一本立てる。

『保護自体は前例がありますが、〈永住〉は初の事例ですから。そして二つ目』

 立てる指が二本に増える。

『やはり客観的に見てもその手続き及び通知が……規則に則っているとはいえ、幾らか拙速で、かつ事前連絡も無い事』

 その笑みは、品定めをするように深められた。

『その二点が、私は気になります。……奇抜な発想、思考をするからこそ、ヘイル。君は保護した者が人間である事が、問題になると気付かない筈がない。だからこのように通したのでは?』

 ヘイルは顰めた眉を更に寄せ、口を開く。

「永住事例は初と言うが、それは最初の登録時の話だ。短命な人間は皆、そのまま都で生涯を終えている」

 脚を組み直し、ヘイルは続ける。

「よって初めからそう登録したまで。手続きや通知については、先に述べた通りだ。……先ほどから、何ら問題は無いというのに何故そう問題を作りたがる? その姿勢の方が、私は疑問だが」
『この事例が議題として上がると君は予期していたのか。ヘイル、そこについては応えてくれないのかい?』

 低く落ち着いた声音で問われ、ヘイルの顔が余計にしかめられた。

「……シュツラ。長であるなら、全ての可能性を考え行動すべしと。貴方の方が良く分かっていると思っていたんだが」
『……なるほど、そう来るか』

 シュツラはまた手を組み、確かめるように頷いた。

『あのさ、みんなでヘイルを虐めるために集まったんじゃないんだから。しかも言い負かされてるし』

 先ほどプツェンと呼ばれた幼い顔が、呆れた風に腕を組む。

『私は元から、そこまで問題視してないし。何か企みそうな奴なら警戒するけど、未成年の女の子でしょ?』
『プツェン、お前は楽観的過ぎる。それにお前はヘイルに甘い。もっと客観的な思考をしろ』

 マーガントが苦々しく言う。それを聞いたプツェンは、眉間に盛大に皺を寄せた。

『私は私の考えでヘイルについてるんですけど? 兄さんマーガントこそ、いちいちヘイルに噛み付き過ぎ』
『何だと?!』

 そこへ、今までで一番大きな溜め息が落とされた。

瑠璃の長るりのおさ綿雲の長わたぐものおさ。ここは兄妹喧嘩のための場ではありません』


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