竜の歌

nao

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32 記憶の欠片 2

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「兄様ぁ?!」
「まさか、あの噂の弟君?マジ可愛い……」
「君、本当に血繋がってる?」
「お前ら……燃やすぞ」
「あの、初めまして弟のルスラン・ノーヴァです。兄がお世話になっています」
 ちゃんとご挨拶しておこうと右手を左胸に当てるが、ギルシュ兄様が皆から僕を隠す様に体をずらして左の掌を後ろ向けに広げた。み、見えない。
 右に左に体をずらすけど見えないよー。
 兄様が職場でどんな風か、皆さんに聞いてみたいのに。
 左右に顔を出そうとする僕の体を、兄様が右手一つで押さえ込んでしまう。うにゅぅ、動けない。
「こいつらに挨拶は必要ない。世話にはなって無いからな」
「お前の補助をどれだけ俺がやってると思ってる」
「副隊長、あんたはやってない。やってるのは俺達だから」
「そっすよねー、隊長と副隊長ってそゆとこ似てますよねー」
「一緒にすんな」
「一緒にしないでくれ」
 兄様以外の騎士様達三人は、皆茶髪に茶色の瞳。ドラグーンは居ないらしい。
 四人とも歳は近そうで親しげだ。
「皆さん仲が良いんですね」
「良くねぇ」
 僕の言葉を速攻で否定したギル兄様が、振り返って僕を抱き上げる、両頬と唇にキスした後じっと目を見つめられる。
 強面の兄様だけど、毎回会う度に僕の体の調子や精神状態を確認してくれる。兄様の優しさに自然と笑みが浮かぶ。
 僕も兄様の目を確認して同じ様に挨拶を返し、最後に唇を合わせるとがっしり後頭部を手で固定された。むぐぐぅ。
 兄様の瞳はオレンジに近い綺麗な朱色だ。
 いつもはとても透明度があるんだけど、虹彩に朱色の炎、いや、グレンがぐるぐると走り回っているのが見える。
 う~ん、やっぱりギル兄様ちょっとまずい状態みたい。
「……元気にしてたか?」
「うん、僕は大丈夫。兄様は少し痩せた?」
 少しだけ痩けたような気がする頬を撫で摩る。
 その指に顔をずらして口付けた兄様の唇がまた僕の唇に戻ってくると、兄様の喉奥からぐるると短く低い音が伝わってきた。
「忙しかったからな。みっともないか?」
「ううん。兄様、格好いい」
 超絶男前の兄様の輪郭が少しシャープになって、より男臭さが増して格好いい。
 いつも通りの会話をしてただけなのに兄様の同僚達が息を呑む。
「か、可愛い」
「マジかよ……」
「俺も弟欲しい。くれ」
 あ、ジロリと彼らを睨む兄様の視線が本気で怖い。
「ふざけんな、やる訳ねぇだろ。ドノバンから貰え」
「や、ウチの弟とは大違いだから。こんな可愛い事言わないから。え、何?世の中の弟ってこんな可愛いの?見た事も聞いた事もないけど」
「ドノバンのごつい弟なんて嫌だ。俺は可愛い弟に格好いいって言われたい」
「ほんとっすよ。俺一人っ子だから、いいなー」
 ヤバい、兄様の体温がぐんぐん上がってる。
「それ以上俺の弟の事を口にしたら、全員灰も残さずこの世から消し去る」
 ぎゃー、兄様の牙が!伸びてる、伸びてる!
「に、兄様!今日は何時までお仕事?少しでも時間、無理かな?」
 むこうを向いていた兄様の顔を両手でこちらに向かせて瞳孔を確認すると縦に伸縮を繰り返してる。衝動と戦ってるんだ。
「ドノバン」
「はっ!」
 兄様の呼びかけにドノバンと呼ばれた騎士様が直立不動の気をつけの姿勢をとる。その隣の一番若いサイと呼ばれた騎士様も。
 弟が欲しいらしい副隊長さんはぽや~っとしてるけど。
「俺は現時点を以て有給休暇とする。手続きしておけ」
「了解しました!」
「あ、じゃあ俺も」
「あなたは六月末日でとっくに本年度の有休休暇を消化済みです」
 副隊長さん、自分で休んだのに憶えてないの?
「副隊長は計画性なさ過ぎっす!」
 直立不動のままのサイさんにまでツッこまれてる。
「後は頼むぞ、ドノバン。マライカの好きにさせるな」
「了解しました!」
「俺、副隊長なんだけど」
 副隊長のマライカさんはどういう立ち位置なんだろう……。
 会話を聞いていたレイモンドが、慌てて近づいてくる。
「ギルシュ様、ラスカー様から仰せつかっておりますので私も一緒に……」
 突然の参入者に場がシンと静まる。使用人の彼は僕とは同席せずに、お店の隅で待っていてくれたのだ。
 さっき僕を助けようと窃盗犯に飛び掛かろうとして、椅子と一緒に店の中に吹っ飛んだんだけど、直ぐに立ち直って僕達の周りで会話に入り込めずオロオロと様子を伺っていた。
 兄様は気付いてたくせに今の今まで無視してた。
「ルスランを守れもせずに何偉そうなこと言ってやがる。とっととテセラに戻れ」
「しかしルスラン様は今日中にラスカー様の元へ」
「聞こえなかったのかお前……」
 おわっ!グレンが兄様の背後から出てきた!兄様の感情とリンクしているのか興奮している。いつもなら帰ってきたご主人を迎える犬の様に僕に纏わり付いてくるのに、兄様の体に長い胴体を巻き付けたまま、大きく口を開けてレイモンドを威嚇している。
 ちょっと皆落ち着こうよ、ね。
「レイモンド、ギルシュ兄様とお話があるからちょっと待ってて。ラスカー兄様には僕から言うから、ね?」
 ラスカー兄様はこっち来る事に良い顔をしなかったんだけど、実家には寄らないと言うと了承してくれた。帰宅時間も確認した上で。
「待たなくて良い。こいつは俺が送ってく、帰れ」
「……そういう事で。お願い、レイモンド」
 お願いだからレイモンド~。ここは大人しく引き下がってぇ!これ以上兄様の機嫌が悪くなると、このお店以上の大惨事になるかもなんだから!
 必死の目力で訴える。
「ルスラン様……」
 レイモンドの気持ちもわかるけど、今日の本当の目的はギルシュ兄様に会う事なので、ここで帰るって選択はない。
 僕の同意に気を良くした兄様は騎士三人と執事をその場に残してスタスタと立ち去る。
 振り返ることも無く、その足取りには迷いが無かった。



「ギルシュ兄様、何処に行くの?」
「俺が今住んでる所だ」
「え、兄様、騎士団の寮は?」
「部隊長になったから寮を出る事を許された」
 そっか、やっぱり役職付くと色々待遇が変わるんだね。
 兄様の長い足で数分歩いて、落ち着いた焦げ茶色のタイルが外壁に貼られた三階建ての建物に着いた。鋳鉄製の門を潜り、玄関の扉を鍵を開けて入る。
 エントランスホールにはなんとコンシェルジュが居て「お帰りなさいませ」と頭を下げてくれた。
「こんにちわ」
 挨拶をすると笑顔を返してくれる。
 兄様は特に挨拶すること無く、階段を最上階まで上がる。
 グレンはピーピーと小さな声で鳴きながら僕の首に巻き付いている。短い前足を振り回しながら僕に同意してもらおうと必死なのだ。
『アイツ嫌~い!もう顔も見たくないよ!いっつも僕とルスランを離そうとするんだもん!』てな感じだ。
 創造主に似てグレンはレイモンドを嫌っている。
『ね、そうでしょ?そう思うでしょ?』と僕に絡んでくるグレンにキレた兄様が片手で引き剥がして空中に放った。グレンは悲しげな一鳴きを残して消えてしまった。
 ますます体温が上がった兄様が進む階段だけでもここがかなり高級な所だと分かる。
「兄様、一人暮らししてるの?」
「ああ、結構快適だぞ。何でも自由だしな」
「……兄様、ちゃんと片付けしてる?」
「忙しいからなー」
「もう……」
 不衛生に汚くすることは無いけど、兄様は結構ちらかっているのを気にしない質だ。
 でも居間に入って驚いた。
「え!兄様、綺麗だよ?!」
 ザ・男の一人暮らし、を予想してたのに、目の前に広がるのはホテルのスイートルームみたいな綺麗な部屋だった。
 実家の兄様の部屋みたいなモノトーンじゃなくて、落ち着いた柔らかい色味で揃えられた家具や敷物。シャツや靴下なんか落ちていない。
「まあ、散らかす暇が無いってのが正解だな」
「兄様……大丈夫なの?」
 家でゆっくりすることも出来ない程忙しいなんて心配だ。部隊長に選ばれるなんて凄い事だけど、それで体を壊したりするなら偉くなんてならなくても、と思ってしまう。
 居間を出て廊下を歩き扉を開けて入った部屋は寝室。
「凄く広いんだね、何部屋あるの?」
「もとは四住戸あったのを一つにして改装したから、三階に住んでるのは俺だけだ。他に書斎、台所、食堂、浴室と便所は別々で、あと二部屋余ってるな」
「余ってるって……」
 前世でもそうだけれど、普通の二十代前半の男性が住める部屋じゃないよね。
「一応言っとくが、全部自分の金でやってるからな」
「うん」
 兄様の給料が上がったのもあるんだろうけど、ノーヴァ家の財産は莫大で、領地もかなりの規模を所有している。
 兄様達は二十歳になった時点で各自領地と不動産を任され管理している。その収入だけでも十二分に暮らせるのだ。
 仕事をちゃんとこなした上でさらに家の財産管理までしている父様と兄様達は本当に凄いと思う。
「騎士団ってのは法と正義を全うする仕事だが恨みも買う。面倒くさい事は出来るだけ避けたいから此所を選んだ」
「あ、そうか……誰に狙われるか分からないものね。まずコンシェルジュが住人以外の人を確認するだろうし、此所は最上階だから他の人は上がってこない。無断で上がってくるのは……」
 侵入者。
 部隊長になったことで責任もこれまでとは格段に違うだろうし、危険も多いんじゃないかなあ。
 それとストレスも凄いんじゃないだろうか。一部隊は最低でも二十五人以上は居るのだとか。兄様の年齢は部隊長には若すぎて、他の団員達に反発されたりとか嫉妬されたりとかしてないかな。
 寝台の横に置かれたリラックスチェアに腰掛けると、堰を切ったように首に顔を埋められた。
『グゥ……ル、スラン、ルスラン』
「に、兄様、大丈夫?」
 ギルシュ兄様は家族の中でも一番太古の血の獣性が強く、随分前から苦しんでいた。何かで発散しないと体の中にどんどん溜まっていく。
 それが僕と一緒にいると衝動が収まっていくのだと言われた。僕の近くにいるだけでも気が落ち着くと。
 僕の竜気が攻撃的な感情を癒やしてくれると兄様は言う。
 竜気なんて僕には無いと思うんだけど。自分自身がまったく感じないんだから。
 でも実際実家に居た頃、辛くなった兄様が帰ってきて僕を抱きしめ一晩一緒に眠り、翌朝目覚めると凄く落ち着きを取り戻していた。
 勤務予定によっては実家に戻る間隔が空いてしまう事があり、溜まりすぎると獣性が噛むという行為で現れる。
 今日のギル兄様は今までにない位に竜に近くなってる。
 瞳は竜独特の縦長の瞳孔。複雑な模様の虹彩で、燃えさかる朱色の炎がぐるぐると走っている。犬歯が伸びて声も竜体時の声帯になっている。
 首筋に顔を埋めていた兄様が獲物の味を確かめる様に、ベロリとザラついた舌で舐め上げた。
「ん、あ……」
『グル、ゥ』

 がぷり、と首の付け根に齧り付かれちゅうぅと吸われる。

 それを機に次々と咬まれる。
 咬んでは舐められ次第に興奮状態が高まっていく。兄様もそうだけれど、敏感な所にも刺激を受ける僕も……。
 荒い息でがぶがぶと咬みながら、肩からシャツをするりと脱がされた。
『ア、アァ……う、まい』
 喉鳴りと咬みながらなのとで兄様の言葉はくぐもって不明瞭だ。
 今までに無い兄様の状態で全身を咬まれていく。
 決して血が出るほどの強さではないけど結構な強さ。咬むだけでなく咬み跡を舐められたり、吸い上げられたり……。
 尖った牙とざらついた舌、そして柔らかい唇。
 気持ちよさと兄様の高い体温と荒い息、いや僕の息も乱れてるかも……ああ、頭が回らない、なんかぐるぐるして、きた……。
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