竜の歌

nao

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36 記憶の欠片 6

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 ん?あれ?
 もう夜になっちゃった?
 真っ暗なんだけど。何処ここ。てか僕起きてる?目、開いてる?
 ……まだ夢の中なのかな?
 ちょっと落ち着いて整理しよう。
 たしか僕は別荘でラスカー兄様を……。



「ラスカー様!通達でございます!」
 朝の冷え込みも厳しくなってきて、暖かいスープで体を中から温めていると、食堂に執事のレイモンドが飛び込んできた。
「通達?」
「通達!?」
 頭に?マークを掲げながら首を傾げる僕とは対照的に、丸テーブルの向かい側に座るラス兄様の顔色が変わる。
 兄様がレイモンドから奪うように受け取った白い封筒の蝋封は深緑色で竜の紋章。
「王家の紋章?」
「ルスラン様、これは王から騎士団員への通達、つまり辞令でございます」
「辞令?ラス兄様への?兄様、何て書いてあるの」
「……第四騎士団、第十三部隊?!」
 兄様の顔は血の気が引いている。
「第十三部隊がどうかしたの?」
「ルスラン様、第四騎士団の十番台の部隊は北の調査部隊なのです」
「北?ヘーラルの最北の第四騎士団が調査する北って……ゼノア山?」
「そうですね。常駐はやはり軍の方が人員は多いですが、国境がありますので王族と近しく、政に精通している騎士団も協力しあって監視や調査を行っているそうです。ただ……任務内容的になかなか下山する事は……」
 言葉を濁したレイモンドが、ラスカー兄様を心配するように見つめる。
 するとレイモンドの背後に高い人影が現れて吃驚する。
「おめでとう、ラスカー・ノーヴァ!晴れてあなたも部隊長よ」
「な、ナトリー様!どうやって入って!?」
 見知らぬ背の高い女性がつかつかとこちらへ近づいてくる。手に持っているのは兄様宛の通達と同じ王家の紋章蝋封入り封筒だ。
「ナトリー……まさかお前も」
「喜んで、副隊長は私よ」
「いやまったく喜ばしくなど無い。私はこんな話し聞いていないぞ」
「私には昨日の夕方に届いたの。本来は団長か部隊長から手渡されるものだけれど、今回は急な話だったみたいね。本部もバタバタしていたわ」
「兄様の通達には何て書いてあるの?」
 椅子から降りて回り込み、爪先立ちで兄様の手元を覗き込む。
 確かにラスカー・ノーヴァを第四騎士団第十三部隊への異動及び、同部隊長に任命すると書いてある。
「兄様、精鋭揃いの第四騎士団の部隊長に任命されたの?!凄い!」
「本当ですか、ラスカー様!ついにラスカー様が部隊長に!」
 第四騎士団に配属される者は優秀な団員なだけに、上の役職や階級を目指すには並外れた能力と更なる努力が必要だと言われている。
 そんな第四騎士団の部隊長にラスカー兄様が選ばれたのだ。
 凄い、凄いと浮き足立つ僕とレイモンドを冷静に見つめながら、ナトリーさんが近づいてきた。
「これがあなたの弟?……ふーん」
「私の弟を厭らしい目で見るな」
「厭だわ、そんな筈ないでしょ。私に幼児趣味は無いわよ、失礼ね」
「失礼はお前の不躾な視線だ」
 ナトリーさんのキツい視線にビビって、思わずラス兄様に身を寄せる。片腕でぎゅっと抱きしめてくれた兄様がこめかみに口付けてくれた。
「あらあら、本当に男の子?こんな事くらいで怖がって。竜族としてどうなのかしら?」
 明らかな嘲りの表情に何とも言えない苦い気持ちになる。
 女性でもさすが竜族。骨太の骨格からなるがっしりした体格かつ豊満な体型。強さと容姿に対する自信が熱のように放射されている。
 強い視線につい後ろへ後退りしそうになってしまう。
「お前を基準にするな。私のルスランは繊細なんだ」
 斜めに見下ろしながら、フンッっと鼻で笑われる。
 僕はナトリーさんに嫌われたようだ。
 第四騎士団の副隊長に選ばれる女傑だから、僕みたいに見るからに弱そうな竜族は受け入れられないのかもしれない。
「ラスカー、辞令は今日付よ。さあゼノア山へ行きましょう」
「だから私はそんな辞令は」
「え、大変!兄様、早く雪山に備えないと!レイモンド、馬車を呼んで必要な物を買い出しに行かないと」
 あんな寒い山にいきなり行くなんてとんでもない!十分な備えをしておかないと。
「いやルスラン、私は」
「レイモンド、防寒服はどうなの?揃っているのかな。新調した方がいい物とかある?」
「そうですね、確認いたしましょう!」
「よし、必要な物を紙にちゃんと書いて町に行こう!」
「そうとなればナトリー様、お帰り下さい。一分でも時間が惜しいので。さあさあさあ」
「ちょ、ちょっと、何よ!」
 レイモンドがナトリーさんを追い立てている間に僕は二階へ駆け上がり、衣装部屋へと飛び込んで兄様の持ち物を確認する。
 一応僕は雪山経験があるけれど、兄様は仕事で行くんだから何が最良かはわからない。なのでとりあえずある物をメモっとこう。
 メモメモ。
「ルスラン様、やはり外套、手袋、靴については新しく買った方がよろしいかと」
「ルスラン、私は異動など聞いてはいないし従うつもりも」
 レイモンドとラス兄様も部屋に入ってくる。
「だよね!よし、買い物に行こう、レイモンド」
「はい!ルスラン様」
「いやだから」
「よーししゅっぱーつ!」
 馬車を呼んで三人で町に出てお店を回っていく。
 洋服、靴、帽子、金物に消耗品、薬などなど。とにかく午前中に掻き集めて兄様に持っていってもらわないと。
「ルスラン様、ラスカー様にお持ち頂くには無理な分は、纏めて業者に運ばせましょうか」
「そうだね!流石、レイモンド」
「いえいえ、ルスランさまのきめ細かい気配りには、わたくし感服しきりでございます」
「え~、本当?忘れ物ないかな、塗り薬買ったっけ?」
「買いました、大丈夫ですよ」
 時間がない、時間がない、と慌ただしく別荘に戻り、荷造りをする。
 寝室で大きなリュックに直ぐに必要になるものを考えて、優先的に詰めていく。
「ルスラン、私は別にお前と離れてまで」
「兄様、ゼノアは凄く寒いから暖かい肌着を入れておくね。あと兄様は能力があるから大丈夫だとは思うけど、心配だから飲み薬と塗り薬を効能毎に。それと外套と手袋と長靴は最新の機能の物だってお店の人が言ってたやつだから安心だね。あと携帯出来る金物関係もお店の人に相談して選んだし……あと何だ?えーと、えーっと」
「ルスラン……」
 寝台に広げた品々を、一つ一つ確認しながら丁寧に入れていると、後ろからふわりと抱きしめられた。
 優しい暖かさが背中に伝わってくる。
「……兄様」
「ルスラン、泣いているのかい?」
「…………」
 やはり聡い兄様には気付かれた。
 兄様を送り出すまでは涙を零さないように、荷造りの事だけを考えてた。頭の中をそれだけで一杯にしようと思ったのに……。
 これから過酷な雪山に行くのは兄様の方なんだから、心配なんか掛けちゃいけない。
 でも考えないようにしても頭にぎるんだ。

 二度目の人生の最初の方で体験した死の恐怖。

 死は怖い。とても怖いんだ。
 それが自分の家族に……と思うと、とても平常では居られない。
 けど兄様は優秀な人だ。騎士団に、このヘーラルに必要な人。
 ラスカー兄様は正しく評価されている。
 それを僕の感情で邪魔したり出来ない。
「泣いてない。泣いてないよ」
「そう?おめめが真っ赤だけど、違うんだね」
「違うよ。大変なお仕事するのは……ラス兄様なんだから……僕が泣いたりしちゃ……」
 一度山に入ったからこそ分かる兄様の仕事の危険性。
 僕は自身以外の色々な力を借りてこそ無事に帰って来られたけれど、兄様は騎士団の重要なお仕事で行くのだ。当然、命の危険は町での仕事とは比較にならないだろう。
 自然の脅威には抗えないし、自国民他国民問わず犯罪者に襲われるかもしれないし、何よりあの黒い陽炎のような魔物と対峙する兄様を想像なんかしたら……。
 僕が見たのはあの黒い魔物だけだけど、他にももっと恐ろしい魔物や動物がいるかもしれない。
 兄様は山のもっと奥深くまで入るのだ。
「僕には何の力も無くてなにも出来ないから、せめて兄様がお仕事に集中できるように、必要な物を揃えたいんだ。……それぐらいしか……」
「ルスラン」
 くるりと正面を向かされて抱き上げられる。
「何も出来ないなんて言わないでおくれ。お前の行動力と優しさに私は何度救われていることか」
 優しく眦を唇で拭われる。
「兄様、体には気を付けてね。無理しないで、危ないと思ったら逃げてね」
 おでことおでこを合わせて綺麗な薄紫の瞳で見つめながら、うんうんと聞いてくれていた兄様が、逃げての所でぷっと吹き出した。
 また湧き出てくる涙が零れそうになって慌てて兄様に抱き付く。
「本当に……気を付けてね。無事に……帰ってきてね」
「ルスラン……」
 一旦山に入ったら最低二ヶ月は戻っては来られないそうで、場所が場所なだけに容易には安否が確認できないだろう。
 兄様はドラグーンで頭も良いし剣術の腕も凄い。でもだからって、もしもって不安は無くならない。
「約束するよ。絶対に無事ルスランの所に帰ってくる」
「うん」
 兄様の広い背中をぎゅっと抱き返した。

 荷造りが終わるとラス兄様は竜体でゼノア山へと飛び立った。
 綺麗な薄紫の竜の姿が見えなくなるまで手を振って見送ると、またナトリーさんがやって来て鉄製の門の外側でプンプン怒り出す。
 どうやらラスカー兄様と一緒に山へ入るつもりだったらしい。兄様とは約束してないんだけどね。
 やっかいな感じなので僕とレイモンドはさらっと無視して別荘内に避難する。
 兄様の居ない此所に用は無いから、早々に帰ってくれた。まあ何か叫んでたけど。
 竜体になった事で思ったよりたくさん荷物を持って行ってもらえたけど、部隊への物資も送ろうと思ってレイモンドと町に引き返し、缶詰や干物、医療品などを買い付けて業者に山への配送を頼んでおく。
 別荘に戻った頃にはくたくたで、晩ご飯もコーンポタージュと蜜柑半分しか食べられなかった。暖かい暖炉の前で食べる蜜柑は格別だよね。ノーリッシュでは焼き蜜柑が定番らしいんだけど、僕は日本のコタツ+ミカン状態を思い出してそのまま頂いた。

 翌朝、僕は実家に帰るミッションを実行した。
 レイモンドは凄く慌ててたけど、ラス兄様が配置異動になって不在になった以上、別荘に居てもね。
 邸に戻るかどうかは父様とちゃんと話をしてから決めようとは思う。
 もしまだ早いと思ったらギルシュ兄様の所にお邪魔させてもらえないかな。それかまた別荘に戻るか。
 とにかく一度様子を見に帰らないと。と思って帰ってきて、馬車の旅に疲れたからちょっと休もうと自分の部屋に入って……。
 そうだ、僕は自室に入った筈だ。
「なんでこんなに真っ暗なんだろう」
「起きた?ルスラン」
「エルノア兄様!?」
 どうやらエルノア兄様に抱き込まれている状態らしい。
「そうだよ、俺とルスランの二人きり」
「ちょっと待って、エル兄様。今僕達どういう状態なの?ここ何処?どうしてこんなに真っ暗なの?」
「ふふ、質問ばっかりだね、ルスランは。大丈夫だよ」
 何が?なにがどう大丈夫なの。
「ここなら誰にも邪魔されずに二人で、二人だけで居られるんだ」
「え?」
 混乱するばかりの状況と兄様の言葉に、いったいどんな表情をしているのか見たくても、この暗闇では確認出来なかった。



 家庭教師のシリルが、ルスランの世話係ニア・シェイドの勉強をみるべくやって来ると、邸内は使用人がバタバタと慌ただしく走り回っている。
 雇っている者達への教育も行き届いているノーヴァ家で初めて見る光景だ。
 メイドのマリアに案内され、いつものように先ずは邸の主人に挨拶しようと居間に入る。
「失礼いたしま……」
 家令のタイニーがノーヴァ公爵と共に、大きなガラスが嵌められた掃き出し窓から庭に出て行く所だ。
 ただならぬ雰囲気に、シリルも二人の後を追う。
「おいタイニー、何処に行くつもりだ?いったいどうなっている、説明しろ!」
「もう少しこちらへ。どうか冷静さを忘れずにお願いいたします。もう少しです……ああ、この辺りならなんとか」
「ルスランが居なくなったんだろう?悠長に庭を散歩している場合か!」
「ルスラン様が?!」
「シリル先生、申し訳ありませんが今日は勉強どころではない状況でして」
「いいから説明しろ、タイニー!」
「では。いま邸内外はもちろん、敷地内全てを捜索するよう指示していますが、多分見つからないでしょう、お二人とも」
「二人?ルスラン様と誰の事です?」
「エルノア様ですよ、先生。ルスラン様はお部屋には居られませんでした。なので先に学校から戻られていたエルノア様のお部屋にいらっしゃるのかとそちらへ伺うと、これが」
 上げたタイニーの右手には白い小さな紙片が握られている。
「何だそれは」
「エルノア様のお部屋にあった書き置きです」
 タイニーがアクロアへ手渡す。
 紙にはたった三行、『探すな』『追うな』『二人で行く』とだけ書かれている。
「筆跡もエルノア様のものです。つまりエルノア様はルスラン様とお二人の世界へ旅立たれたのかと」
「それは……」
 第三者からみてもまるで駆け落ちだ、という言葉をシリルは飲み込んだ。
「……あンの……阿呆、めがぁ!!」
 ドンッ!と地響きがした瞬間、巨大な赤竜が出現した。
『許さん……許さんぞ、息子といえど、こんな馬鹿なことをしでかす者など……』
 竜の足下は深く円状に窪み、興奮している為か体からシュウシュウと蒸気が上っている。
「ああ、こうなるから邸から離れたのですね」
 左手に右拳をぽんと打ちつけたシリルが暢気に感心する。
 カッとなったアクロアが竜体化しても邸が壊れないようにと庭へ出て距離を取ったのだ。
「ルスラン様の事となると平静ではいられない方でして」
「でしょうね」
『何を暢気なことを言っているんだ!早くルスランを見つけないと!』
「だから私は忠告したのに」
「そうなのですよ、先生。私も進言したのですが。結局ルスラン様に嫌われて、逃げられて、攫われて」
『嫌われてなどいないわ!逃げられてもいない、距離を置かれただけだ!』
「でもさらに遠く離れてしまったんですよね、結局」
「ええ、別荘よりも遠いかもしれません。何せエルノア様もドラグーンですから」
「下手をすれば都市境の塀を越えているかも知れませんよね」
「まったくです」
 ギャオオォォォ!!
 アクロアが放った咆吼でタイニーとシリルは吹き飛ばされそうになるのを、しゃがんで姿勢を低くし、やり過ごす。
「エルノア様の行き先の見当は付いているのですか?」
「……それが頭の痛い所でして」
 優秀な家令の言うことなだけに、これはマズい事態であると感じるシリルだった。
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