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第2章 嫁入り、全力で満喫中
俺じゃねーか!!
その日、仕事を終えて屋敷へ戻ると、いつもなら真っ先に駆け寄ってくるはずのテレーゼ嬢の姿がない。
(……体調でも崩したのか?)
玄関の扉を閉め、腰の剣帯を外すと、解放感と共に一日の重みが抜けていく。大きくひと息ついたところで、奥からマチルダが小走りに駆け寄ってきた。
「お帰りなさいませ、坊ちゃま」
「テレーゼ嬢は?」
別に出迎えが無いのを不満に思っているわけではない。ただ、毎日出迎えに来ていたから、聞いてみただけだ。それなのにマチルダは、少しばつが悪そうにまばたきを繰り返しながら、声をひそめて答えた。
「お客様がいらしてまして……」
「客?」
「そ、それが……男性なのです」
ピクリと眉を上げた俺に、マチルダは慌てて付け加える。
「いえっ、怪しい方ではございません! テレーゼ様とも親しげで、お知り合いのようでした」
知り合いと聞いて、ひとまず納得する。怪しいやつじゃないなら問題は無い。
「……そうか」
短く答えると、マチルダはホッとしたように肩の力を抜き、聞いてもいないのにペラペラと話し出した。
「どなたなんでしょうね? 素敵な方でしたよ。今流行りの……ほら、線の細い、綺麗なお顔立ちの……いわゆる、美男子と申しましょうか」
「……」
別に誰がテレーゼ嬢を訪ねようが、俺が気にする必要はない。話を終え、いつも通り執務室へ足を向けようとした。
だが、応接室の方から楽しげな笑い声が響いてきた瞬間、なぜか胸の奥がざわついた。
(……何を話してるんだ)
無意識に歩速が落ち、耳を澄ませてしまう。
「気になるんですか?」
不意に背後から声をかけられ、ギクリと振り返ると、マチルダがニヤっと口元を押さえていた。
「な、何を言ってる。別に気にしてなど……」
「まあまあ。……でもあんなふうに、男性と談笑されているのは、初めてお聞きしましたよ。そりゃ気になるのも無理はありません。ま、テレーゼ様は、坊ちゃま一筋だと思いますから安心していて大丈夫だと思いますよ」
「……っ」
余計なことを言う乳母に言葉を失い、俺はくるりと踵を返した。
「……ちょっと鍛錬してくる」
そう言い捨て、中庭へ足早に向かう。
*
中庭で剣を振り、軽く汗を流すと、さっきまでのざわつきが幾分ましになった。
(……どうもあの街歩き以来、おかしいな)
以前なら気にも留めなかったことが、妙に胸に引っかかる。汗を拭きながら邸へ戻ると、ちょうど応接室の扉が開き、テレーゼ嬢と客が出てきたところだった。
「本日は大変参考になりました。では、次の画集はぜひこの方向で……!」
「ええ、楽しみにしておりますわ」
にこやかに見送るテレーゼ嬢の横で、客の男が俺に気づき、目を見開く。
「あの……あちらはもしや?」
テレーゼ嬢がパッとこちらに目を向け、驚いたように声をあげた。
「まあっ! ヴォルフ様、お帰りでしたのね。お出迎えできなくて残念ですわ」
その言葉に、男は感激したように身を乗り出し、ほとんど駆け寄る勢いで俺の前までやって来た。
「おおっ……やはり! 本物だ……!」
感極まったように息を呑むと、慌てて姿勢を正し、ぺこりと頭を下げた。
「失礼しました。わたしはオルテンシア出版社の編集をしております、フェルナン・グレイ と申します」
名乗り終えた途端、再び目を輝かせて俺を見上げる。
「いやぁ、まさかご本人にお目にかかれるとは! この厚み、盛り上がり、完璧なプロポーション……どれも想像以上だ!」
男は興奮のあまり、今にも俺の腕に触れそうな勢いでまくし立てる。
(は? 何だこいつ……)
「本当に、この筋肉をモデルにしたら──」
「しーっ!」
慌てたように、テレーゼ嬢が男の口元を手で塞いだ。
「そ、それ以上は内緒ですわっ!」
そんなやり取りは日常茶飯事なのか、男もコクコクと頷きながら笑っている。
(……なんだ、妙に距離が近いな)
胸の奥で小さな棘のような違和感が、チクリと刺さる。
「では、今日はこの辺で失礼します。また詳しくお話を伺いに参りますので!」
ホッとしたように手を振るテレーゼ嬢を横目に、男は興奮気味に何度も俺を見返しながら帰って行った。
(なんなんだ?)
首をひねりつつ、気になって口を開く。
「出版社の男が何の用事だったんだ?」
「私がお世話になっている編集部の方ですの。次の画集についての打ち合わせにいらしてたんですわ」
何でもないことのように、さらりと答えるのを聞いて、そういえば彼女が画集を出していると話していたことを思い出す。
(画集? ……待て。以前、確かテレーゼ嬢は、『筋肉を題材にした画集を作っておりまして』とか言ってなかったか?)
さっきの編集者の興奮ぶり、テレーゼ嬢のこの慌て様。
(……どうにも嫌な予感しかしないんだが)
扉を開け放してある応接室にチラリと目を向けると、テーブルの上に無造作に置かれた原画の束が目に入った。考えるより先に足が向かい、紙をめくった瞬間──
「そ、それはっ! だめですわ!!」
彼女の声よりも早く、俺の視界に飛び込んできたのは、見覚えしかない筋肉の線画だった。
「お、俺じゃねーか!!」
思わず声が裏返る。
「ぜ、絶対ダメだ! こんなの出せるか!」
「お顔は出しませんからっ! ヴォルフ様の筋肉は、全ての筋肉女子に捧げるべきですわ!」
「捧げなくていい!!」
その叫びは、屋敷中に響き渡った。
(……体調でも崩したのか?)
玄関の扉を閉め、腰の剣帯を外すと、解放感と共に一日の重みが抜けていく。大きくひと息ついたところで、奥からマチルダが小走りに駆け寄ってきた。
「お帰りなさいませ、坊ちゃま」
「テレーゼ嬢は?」
別に出迎えが無いのを不満に思っているわけではない。ただ、毎日出迎えに来ていたから、聞いてみただけだ。それなのにマチルダは、少しばつが悪そうにまばたきを繰り返しながら、声をひそめて答えた。
「お客様がいらしてまして……」
「客?」
「そ、それが……男性なのです」
ピクリと眉を上げた俺に、マチルダは慌てて付け加える。
「いえっ、怪しい方ではございません! テレーゼ様とも親しげで、お知り合いのようでした」
知り合いと聞いて、ひとまず納得する。怪しいやつじゃないなら問題は無い。
「……そうか」
短く答えると、マチルダはホッとしたように肩の力を抜き、聞いてもいないのにペラペラと話し出した。
「どなたなんでしょうね? 素敵な方でしたよ。今流行りの……ほら、線の細い、綺麗なお顔立ちの……いわゆる、美男子と申しましょうか」
「……」
別に誰がテレーゼ嬢を訪ねようが、俺が気にする必要はない。話を終え、いつも通り執務室へ足を向けようとした。
だが、応接室の方から楽しげな笑い声が響いてきた瞬間、なぜか胸の奥がざわついた。
(……何を話してるんだ)
無意識に歩速が落ち、耳を澄ませてしまう。
「気になるんですか?」
不意に背後から声をかけられ、ギクリと振り返ると、マチルダがニヤっと口元を押さえていた。
「な、何を言ってる。別に気にしてなど……」
「まあまあ。……でもあんなふうに、男性と談笑されているのは、初めてお聞きしましたよ。そりゃ気になるのも無理はありません。ま、テレーゼ様は、坊ちゃま一筋だと思いますから安心していて大丈夫だと思いますよ」
「……っ」
余計なことを言う乳母に言葉を失い、俺はくるりと踵を返した。
「……ちょっと鍛錬してくる」
そう言い捨て、中庭へ足早に向かう。
*
中庭で剣を振り、軽く汗を流すと、さっきまでのざわつきが幾分ましになった。
(……どうもあの街歩き以来、おかしいな)
以前なら気にも留めなかったことが、妙に胸に引っかかる。汗を拭きながら邸へ戻ると、ちょうど応接室の扉が開き、テレーゼ嬢と客が出てきたところだった。
「本日は大変参考になりました。では、次の画集はぜひこの方向で……!」
「ええ、楽しみにしておりますわ」
にこやかに見送るテレーゼ嬢の横で、客の男が俺に気づき、目を見開く。
「あの……あちらはもしや?」
テレーゼ嬢がパッとこちらに目を向け、驚いたように声をあげた。
「まあっ! ヴォルフ様、お帰りでしたのね。お出迎えできなくて残念ですわ」
その言葉に、男は感激したように身を乗り出し、ほとんど駆け寄る勢いで俺の前までやって来た。
「おおっ……やはり! 本物だ……!」
感極まったように息を呑むと、慌てて姿勢を正し、ぺこりと頭を下げた。
「失礼しました。わたしはオルテンシア出版社の編集をしております、フェルナン・グレイ と申します」
名乗り終えた途端、再び目を輝かせて俺を見上げる。
「いやぁ、まさかご本人にお目にかかれるとは! この厚み、盛り上がり、完璧なプロポーション……どれも想像以上だ!」
男は興奮のあまり、今にも俺の腕に触れそうな勢いでまくし立てる。
(は? 何だこいつ……)
「本当に、この筋肉をモデルにしたら──」
「しーっ!」
慌てたように、テレーゼ嬢が男の口元を手で塞いだ。
「そ、それ以上は内緒ですわっ!」
そんなやり取りは日常茶飯事なのか、男もコクコクと頷きながら笑っている。
(……なんだ、妙に距離が近いな)
胸の奥で小さな棘のような違和感が、チクリと刺さる。
「では、今日はこの辺で失礼します。また詳しくお話を伺いに参りますので!」
ホッとしたように手を振るテレーゼ嬢を横目に、男は興奮気味に何度も俺を見返しながら帰って行った。
(なんなんだ?)
首をひねりつつ、気になって口を開く。
「出版社の男が何の用事だったんだ?」
「私がお世話になっている編集部の方ですの。次の画集についての打ち合わせにいらしてたんですわ」
何でもないことのように、さらりと答えるのを聞いて、そういえば彼女が画集を出していると話していたことを思い出す。
(画集? ……待て。以前、確かテレーゼ嬢は、『筋肉を題材にした画集を作っておりまして』とか言ってなかったか?)
さっきの編集者の興奮ぶり、テレーゼ嬢のこの慌て様。
(……どうにも嫌な予感しかしないんだが)
扉を開け放してある応接室にチラリと目を向けると、テーブルの上に無造作に置かれた原画の束が目に入った。考えるより先に足が向かい、紙をめくった瞬間──
「そ、それはっ! だめですわ!!」
彼女の声よりも早く、俺の視界に飛び込んできたのは、見覚えしかない筋肉の線画だった。
「お、俺じゃねーか!!」
思わず声が裏返る。
「ぜ、絶対ダメだ! こんなの出せるか!」
「お顔は出しませんからっ! ヴォルフ様の筋肉は、全ての筋肉女子に捧げるべきですわ!」
「捧げなくていい!!」
その叫びは、屋敷中に響き渡った。
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