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第百話 どうして?

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「はあ…。」

リエルは先程、使用人から聞かされた言付けを聞き、溜息を吐いていた。
今日もアルバートは来なかった。
急用ができたから来られなくなったそうだ。
もう、これで何度目になるだろう。
婚約者のアルバートはいつもこうやってリエルと会う約束を破ることが多い。

―でも…、私に文句を言う権利はない。
だって、私達の婚約は義務で決められたものなのだから。

アルバートは美しい。
まだ若いのに騎士の称号を与えられた彼は女性達の憧れである。
彼なら、どんな美女も高位貴族の娘も選び放題だ。
それなのに、宛がわれたのは身分だけしか取り柄がない平凡な容姿をした自分…。
この婚約は彼のプライドを傷つけたのだろう。
だって、婚約が決まった時、彼の表情は面倒臭そうで渋々頷くという様子で不本意なのはすぐに分かった。

それはそうだろう。
だって、彼はお姉様が好きなのだから。
でも、それでも良かったんだ。
形だけの婚約者としても、傍にいられるだけで幸せだった。
彼に愛されたいなどとそんな思い上がったことは望まない。
ただ、昔のように気軽な幼馴染の関係に戻りたい。
ただ、それだけだったのだ。
でも…、もうそれも限界がある。

―アルバートは…、今日もお姉様と一緒に…?

アルバートがリエルの約束を破る時は大半が姉、セリーナと一緒に出かけることが多い。
アルバートは昔から、リエルよりもセリーナを気に入っていた。
だって、姉はあれだけの美少女なのだ。
男の子ならば、誰もかれもが姉に夢中になる。
滅多に女の子を褒めないアルバートでさえ、姉の事はよく褒めていた。
それに、アルバートはリエルと遊ぶよりもセリーナと遊ぶことが多かった。
だから、アルバートが姉を好きなのは気づいていた。

「私も…、そろそろきちんと決断しないと…、」

このままアルバートと結婚していいのか。
リエルは自問自答していた。
貴族の結婚は義務である。
でも、本当にそうなのだろうか?
五大貴族の結束を強めるための婚約とはいえ、元々、五大貴族同士の関係は良好で団結力がある。
婚姻関係がなくなったからといって関係性が悪くなるとも思えない。

何より、このまま一緒になってもお互いに不幸になるだけ。
リエルは決断した。
やっぱり、一度彼ときちんと会って話し合う必要がある。
そして、これからの事を決めよう。
リエルは早速、行動に移すことにした。

「あら…?何だか空が陰ってきた。」

さっきまで快晴だったのに黒い雲が立ち上っている。

一雨くるかもしれない。

リエルは窓の外を見上げながらそう呟いた。

その時、使用人の一人がリエルの部屋に現れた。

「あの…、お嬢様。セリーナお嬢様がお嬢様に話があると言われ、お部屋まで来て欲しいと…、」

「え?お姉様が?」

リエルは首を傾げた。珍しいこともあるものだ。
姉、セリーナはリエルに必要以上に近付かない。
たまに話かけてくることもあるがそれは、いつもアルバート関連の話題だ。
また、アルバートとの惚気話を聞かされるのだろうか?

姉はあの婚約発表をされて以来、自分に対抗心を燃やしている。
本来なら、自分が彼の婚約者になれたのに実際に選ばれたのは妹のリエルだった。
プライドの高い姉には許せなかったことだろう。

それ以来、姉は自分が如何にアルバートと親密な仲であるかを見せつけ、自慢してくるようになった。
姉の気持ちにはリエルも気付いていた。
そして、姉も気付いているのだ。自分の気持ちに。

姉の話を聞かされるたびにリエルは心が悲鳴を上げそうになる。
彼の心を手に入れている姉が羨ましい。
こんな形だけの婚約者など、空しいだけ。
私が欲しいのは、こんなものじゃない。
そんな浅ましい思いが喉元まで出かかってくる。

だが、いつもそれを笑顔の仮面を被り、隠した。
これが自分の精一杯だった。
それなのに、姉はいつもリエルの心を容赦なく抉り続ける。

どうして、私に構うの?
どうして、放っておいてくれないの?
お姉様と彼が想い合っているのは知っている。
それで十分ではないか。
これ以上、何を望むというの?

そう思いながらもリエルはそれをぶつけられないでいる。
だって、自分は姉から愛する男を奪ったのだ。
これは…、罰なのかもしれない。
だから、姉の言葉を甘んじて受け入れるしかないのだ。

リエルは廊下を歩きながら、一体今度は何を言われるのだろうと考えていた。
姉が部屋に呼びつけるなんて今までなかったことだ。
姉がリエルに構う時は廊下で擦れ違ったり、食事の席だったり、部屋までわざわざ来たりすることが多い。

そう思いながら、リエルは姉の部屋に向かっていた。近付くにつれ、リエルは妙な声が聞こえることに気が付いた。

「…?」

何だろう。あれは、姉の声?
何だか、苦しそうな…、でも何処か甘さを含んだ声だ。
どこかで聞いたことがあるような…。
そう思いながら、リエルは姉の部屋の前まで行った。見れば、扉が薄く開いていた。
すると、今度ははっきりと聞こえた。

「あ…!ああ…、」

え…?この声って…、リエルは扉を叩こうとした手を止め、固まった。
そして、リエルは思い出した。
母が父以外の男とお楽しみをしていた所を運悪く目撃してしまった時の事を…。

あの時も母は甘い声を上げていた。
姉の声はその時と同じだった。
リエルは気付いた。
これは、もしかして…、
男女がそういう行為をするという…、

リエルは瞬時に頬を赤くした。
間が悪かったみたいだ。
出直そう。
そう思い、踵を返したが

「あ…、アル、バート…!」

え…、リエルは思わず立ち止まった。
ゆっくりと振り返る。
ドクン、ドクンと心臓が嫌な音を立てる。
見てはいけない。
そう思うのにリエルはふらり、と扉に近付いた。
ゆっくりとドアノブに手を掛ける。
キイ、と音を立てて薄く開いていた扉があっけなく簡単に開いた。

リエルはそこに広がった光景に目を見開いた。

「アル、バート様…?どう、して…、」

そこにいたのは…、姉の上に覆いかぶさり、アルバートが姉にキスをしている姿だった。
姉は薄いネグリジェ姿で着衣が乱れ、胸元が露になっていた。

「…り、リエル!?な、何でここに…?」

アルバートはリエルに気付くと、バッと姉から離れた。
だが、リエルは見たのだ。
彼が姉に口づけをしている姿も姉の胸に手を添えていた所も…、
愕然とした。
二人がこれから何をしようとしていただなんて聞かなくても分かる。
つまり、二人は…、そういう関係なのだ。
リエルは唇を噛み締め、そのまま背を向けて駆け出した。

「ま、待て!リエル!」

後ろでアルバートが叫んだ気がしたが振り向かなかった。
そのままリエルは全速力で走った。



今でも目を瞑るとあの光景を思い出す。
あの時の出来事はそれだけ、リエルにとって衝撃的なものだった。
ショックだった。
二人が想い合っているのには気づいていた。
でも、実際にあんな生々しい現実を突き付けられると、心が受け入れられなかった。

もう、駄目だと思った。
彼とは結婚できない。
婚約を破棄しよう。
そう思ってしまったのだ。
婚約破棄の決め手はあれがきっかけだった。

でも、リエルは思い返す。
どうして、あの時…、と思ってしまう。
彼はあの時、何を言おうとしていたのだろう。
でも、それを知るのが怖い。
リエルは自分がどうしたらいいのか分からずにそっと俯いた。
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