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12.拉致

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「え……あ……いや……」

 アデルジェスは意味を成さない言葉を呟きながら、後ずさりした。これまで戦場でも感じたことのないような威圧感だった。
 ゆっくりとミゼアスが近づいてくる。足音を立てない優雅な動きだ。しかし、アデルジェスは蛇ににらまれた蛙のように動けなかった。
 とうとう目の前にまでミゼアスがやってきた。ミゼアスはアデルジェスの胸のあたりまでしか身長がなく、見上げられているにも関わらず、遥か上から見下ろされているかのように感じた。

「きみ、何か言っていたよね」

 朱色の唇から皮膚の上を這うような、甘くねっとりとした声が紡ぎだされる。
 アデルジェスは引きつりながらミゼアスを見ることしかできなかった。
 近くで見ると、遠くで見たときよりも素晴らしい美貌だった。昨日はひたすらきつさだけが浮き上がっていたような目は大きく、気が強そうなエメラルドの輝きを持っているものの、どこかあどけなさがあった。
 目元を彩る長い睫毛、つんと筋の通った鼻、艶やかな赤い唇、全てがまるで作り物のように整っていて名工の手による繊細な人形のようにすら見えた。

 圧倒されながらも、ついまじまじと顔を見てしまう。すると、案外幼いのではと感じてきた。昨日見たときは十六、七歳くらいだろうかと思ったが、こうして素顔を見るともっと幼く見える。十五……いや、もしかしたら十三、四歳くらいだろうか。
 こんな年下の少年にどうしてここまで気圧されなくてはならないのだと思うが、足はすくんで身体が言うことを聞かない。

「きみ、名前は?」

「アデルジェス……」

 ミゼアスの問いに、アデルジェスはかすれた声で答える。

「そう。通行手形、見せて?」

 逆らうことなど考えられもせず、アデルジェスは言われるがまま通行手形を見せた。

「ふうん、まあ普通だね。これだと到底僕には届かない。まあいいや、僕に任せなよ」

 ミゼアスは口元を歪めて笑みを形作る。
 何を言われているのかわからず、アデルジェスがその場に立ち尽くしていると、腕を絡め取られた。

「え?」

 思わず目を見開いてミゼアスを見るが、ミゼアスはアデルジェスの隣にいたネリーに視線を向けていた。

「もらっていくよ。いいよね?」

 言われたネリーは無言のままミゼアスを見ていたが、ややあって首を縦に振った。

「どうぞ」

「ちょっ……ネリー!?」

 アデルジェスは悲痛な叫びをあげる。

「ごめんなさい。ミゼアスは数少ない五花なの。五花は通常時、娼館主たちよりも客よりも偉いのよ。つまり、あたしじゃ逆らえないの」

 沈痛な面持ちでネリーは答える。

「じゃあ、行こうか」

「どこに!?」

 アデルジェスの叫びなど無視してミゼアスは腕を絡めたまま歩き出す。

「ほら、きみたちも。置いていくよ」

 ミゼアスは言い争いを止めたまま茫然とやりとりを眺めていた子供たちに声をかける。

「は……はい! ミゼアス兄さん!」

 子供たちは先ほどまで言い争っていた相手たちに背を向け、はじかれたように駆け出した。

「え? え? どういうこと?」

 事態が飲み込めず、アデルジェスは混乱したままミゼアスに引きずられていく。力をこめられているわけではないのだが、逆らえない。
 本気を出せばアデルジェスのほうが腕力では勝っているはずだ。振りほどくことなど簡単だろう。しかし引きずられる以外の行動がとれなかった。

「頑張ってねー」

 のんきで気の抜けたような声が響く。
 手を振るネリーの姿が遠ざかっていった。
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