不夜島の少年～兵士と高級男娼の七日間～

28．守り神の像

　そのまま他愛も無い話をしながら、二人はぶらぶらと道を歩く。大通りほどの華やかさはないが、その分落ち着きがあって散歩にはちょうど良かった。
　歩きながら、ところどころに亀らしき像があるのを見かけた。女神像と一緒になっているものもあれば、亀単独で鎮座しているものもある。

「ねえ、あの亀って何？」

　気になったので、アデルジェスはミゼアスに尋ねてみた。

「あれはこの島の守り神、トゥルーテスの像だよ。この島を嵐や外敵から守る海亀なんだって。女神リーネフィリンの乗り物という説もある」

「へえ……」

「他にも、脱走者を食い殺すという話もあるけれどね」

「……物騒な話になったね……」

　娼館からの脱走というのはよくある話だ。しかしこの島では逃げ場などない。船を用意するか、海を泳ぐくらいしかないだろう。
　どちらにせよ海が立ちはだかるので、そういう脅しができたのだろうか。

「このトゥルーテス、本当にいるらしいよ。脱走者を食い殺すっていうのは実話みたい」

「え？」

　アデルジェスは思わず耳を疑った。よくある伝説の類ではないのか。

「初代領主である大魔女が放ったらしいよ。守護しているのも本当みたい。ちなみにトゥルーテス像の甲羅に触って願い事をすると叶うっていう話があるけれど、そっちは迷信」

　むしろ迷信のほうが実話にふさわしいように思える。アデルジェスは呆然とするしかなかった。
　ただ、この島ならば何があっても不思議ではないのかもしれない。
　アデルジェスの現状こそ、ありえないような出来事の連続だ。

「ん？」

　ふとミゼアスが首を傾げる。何かと問いかける暇もなく、そのまま一人で歩いていってしまった。
　どうしたのだろうと後を追ってみる。すると、向かった先は今話題にしていたトゥルーテスの像だった。
　一人の子供が背伸びをして、必死に海亀の甲羅に触ろうとしていたのだ。