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77.裏返される手

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 隣の部屋に移動し、しばらくするとアデルジェスの頭から靄が晴れていった。
 頭がまともに動き出してくると、アデルジェスはエアイールと二人きりという状況に戸惑う。

「もう何かしようとはしませんから」

 慌てるアデルジェスを見て、エアイールは苦笑する。
 エアイールは薄荷水のような飲み物を用意する。アデルジェスがそれを飲んでいると、先ほどのフェリスとのやりとりも思い出されてきた。

「思考能力を弱める薬を使われたのですよ。甘い香りがしませんでしたか?」

 エアイールの言葉に、アデルジェスは頷く。確かに甘い香りがした。

「そちらはさほど強い薬ではありません。効果は悪くないのですが、抜けるのも早いのです。問題はこちらです」

 そう言ってエアイールは杯を指した。薄紅色に濁った液体で満たされた杯だ。

「強壮剤というのは間違いではありませんが、むしろ極めて強力な興奮剤というべきでしょうね。これを飲んで励めば、まあ、まず心臓が止まるくらい強力です」

「え……」

 アデルジェスは驚いて杯を見つめる。

「それって……俺を殺そうとしたっていうこと……?」

「そうですね。腹上死でもさせたかったのでしょう」

 おそるおそる呟くと、エアイールがあっさり答える。

「何故……?」

 アデルジェスは呆然とする。
 命を狙われるような心当たりはない。ましてフェリスが幼馴染のあの子ではなかったというのなら、数日前が初対面ということになる。数回顔を合わせただけで、そこまでの恨みを買う覚えもない。

「詳しいことは後ほどミゼアスに聞いてください。この件はミゼアスが担当ですから。ところで、まだ頭痛はしますか?」

 エアイールはそう言って、しなやかな動作でアデルジェスの額に手を当てる。

「い、いや……もう頭痛はしない……」

 エアイールは仕草の一つ一つが妙に色っぽい。アデルジェスはどぎまぎしていた。

「熱もないようですね。念のためにもう少し休んで、それから移動しましょうか」

「あ……うん……」

 内心の動揺を隠すように、アデルジェスは飲み物に口をつけた。さわやかな香りと微かな刺激が口の中に広がる。

「昨日、あのようなことを言ったわたくしが何を言うのかと思われることでしょうが……ミゼアスのこと、裏切らないでくださいね」

 ぽつり、とエアイールが口を開く。

「え……?」

 ついアデルジェスはエアイールの顔をまじまじと見てしまう。しかしエアイールは微笑みを浮かべたままで、穏やかだった。

「ミゼアスにも怒られました。昨日は少し煽りすぎてしまったようですね」

「はあ……」

 アデルジェスは状況についていけていなかった。
 昨日は散々に嫌な話を聞かされた。それを言った口から、今度は逆ともいえるような言葉を聞かされているのだ。
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