あやかし温泉街、秋国

桜乱捕り

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65話-5、結成、盟友まな板同盟

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 神音かぐねの荒ぶる感情が収まり、ようやく解放された八吉やきちがテーブルに突っ伏してから、数分が経過した頃。

 場の空気は和やかになってきて、気を取り直した四人は改め、本来の目的である焼肉を食べ進めていた。
 肉を四枚食べてはご飯をおかわりする花梨、ゴーニャ、神音をよそに、八吉は自分のペースを保ち続け、周りのペースに飲まれる事無く焼肉を楽しんでいく。
 しばらくすると、何を思ったのか神音が花梨を凝視し出し、その熱い視線に気がついた花梨が、思わず首をかしげた。

「神音さん、どうかしましたか?」

「いやね~。なんか秋風君を見てると、すごい親近感が湧いてくるな~って、思ってさ」

「あっ、神音さんもですか? 実は私も何ですよ」

「ああ、秋風君も? やっぱそうだよねー。お互いに男勝りな顔をしてるし」

「食欲旺盛な所もソックリですし」

「服装もそうだよね。動きやすい服を好んだり、スカートは嫌いだし」

「性格もどことなく似ていますよねぇ。じっとしてるのが苦手ですし」

「そして、なによりも……」
「そして、なによりも……」

 己と似た箇所を言い合っていた神音と花梨が、声を綺麗に重ね、視線を膨らみが皆無な胸に移していく。
 そこから二人は黙り込み、何度かまばたきをすると、胸から首、顔へと徐々に視線を流していく。
 そして互いに顔を合わせると、二人はバッと立ち上がり、息の合った熱い握手を交わした。

「秋風君! 今から私達は友達でも親友でもない、盟友だ!」

「はい、神音さん! 今後とも末永くよろしくお願いしますっ!」

 胸の無さに酷く親近感が湧いた二人の間に、固すぎる絆と鉄をも溶かしそうな灼熱の友情が芽生え、希望に満ち溢れた男勝りな笑顔を浮かべる。
 手を離しても二人は立ったままで、無い胸に両手を当てた花梨が、力を込めて強引に寄せていく。

「神音さんって、何か胸の為にやってたりします? バストアップのマッサージとか」

「やー……、色々と試してみたけど全部無駄に終わったよ。何をやっても効果無しだったねえ」

「ですよねぇ~……。あーあ、突然大きくならないかなぁ~」

 二人して重いため息を吐きつつ、無駄な抵抗であるマッサージを始めると、テント内の様子を見に来ていたぬえが、珍妙な光景を目にして「ぷっ」と噴き出す。

「ふっ、ふふふっ……。今度は何やってんだお前ら? まな板同士、仲良く同盟でも組んだのか?」

 鵺が軽々しく二人の地雷を踏み抜くや否や。花梨と神音は瞬時に鵺の方へと振り向き、花梨がビッと指を差す。

「ま、まな板って言わないで下さい! 鵺さんのが規格外に大きいだけですよ!」

「そうだそうだー!」

「知ってます神音さん? 鵺さんってば、Dカップもあるんですよ!」

「Dカップぅ!? 何それ、すっごい羨ましいんだけど……。ちょっと鵺さん、私達に分けて下さいよ!」

「そうだそうだー! 半分ぐらい分けて下さい!」

 呼吸が合った二人の醜い必死な訴えに、鵺は怒るどころから笑いのツボに入ってしまい、肩を小刻みに震わせながら口に手を当て、こうべを垂らす。
 声にならない笑いを発していると、鵺は悪巧みを思いついたのか頭を上げ、紅色の瞳に滲んでいる涙を指でぬぐい、わざとらしく咳払いをした。

「悩み苦しむまな板共に朗報をくれてやろう。乳牛の乳をダイレクトに吸って、生乳せいにゅうをたらふく飲んでからすぐに寝てみろ。驚く程に胸が膨らむぞ」

「ほ、本当ですか!?」

 悪魔の囁きとも言える鵺の嘘を、素直な心で真に受けた神音が声を上げると、希望に満ち溢れた目を無垢に輝かせる。
 その嘘を実行するべく、神音はすぐさま花梨の手を掴み、強引に引っ張りながら走り出した。

「秋風君も今のを聞いただろ? 早速牛小屋に行って試してみようよ!」

「ちょ、神音さん!? あんなの絶対に嘘ですって! 本当にやったらお腹壊しちゃああぁぁぁ―――……」

 嘘まみれなバストアップへの光明が差し、まったく話を聞いていない神音に捕まった花梨は、為す術なく連れ去られ、鵺の視界からまたたく間に遠ざかっていく。
 哀れな二人の姿が完全に見えなくなると、我慢の限界がきたのか。鵺は腹を抱えて下駄笑いし始め、二人が去って行った方向に指を差した。

「あっはっはっはっはっ! だぁーっはっはっはっはっはっはっ!!」

 その弾みに弾んでいる笑いが木霊する中。顔中を引きつらせて二人を見送った八吉が、笑い転げている鵺に顔を移す。

「……お前、本当に悪魔だな」

「ヒーッ、ヒーッ……。や、八吉ぃ、神音って信じられねぇ程に真っ直ぐな性格してんな。気に入ったわ」

「今のお前がそう言っても嫌味にしか聞こえねえよ。頼むから神音をあまりイジメねえでくれ」

 やや怒り気味に八吉が文句を垂らすと、鵺に向けていた顔をテーブルに戻し、冷めた焼肉を口に入れる。
 その態度にあまり面白味を感じなかった鵺は、更なる悪巧みを思いつき、懐から携帯電話を取り出した。

 そこから二十秒後。八吉のポケットに入っていた携帯電話から、メールが届いた事を知らせる音が鳴る。
 珍しい音を耳にした八吉は、眉をひそめつつ箸を置き、ポケットから携帯電話を取り出した。

 メールの送り主はすぐ近くに居る鵺であり、内容を見てみると件名に『大きく声を出して読め』と記されていた。
 その件名をなぞった目を細めるも、八吉は画面をスクロールして本文を確認してみる。

「えーっと、なになに……、んっ? 秋風と神音はペチャパイ……? おい鵺、なんだこのふざけた文章は―――」

 不可解なメールを読んでしまった八吉が、満足気ににへら笑いをしている鵺に目を向けた瞬間、誰かに胸ぐらを掴まれた。
 突然の出来事に「んっ?」と声を漏らした八吉が、恐る恐る顔を前にやると、そこにはジト目で睨みつけている花梨と神音の顔が視界一杯にあり、じりじりと寄ってきていた。

「おい八吉。今、私の事をペチャパイって言っただろ?」

「私にも言いましたよねぇ? いったいどういう事なんですか?」

 牛小屋に行ったはずの二人が目の前に居るにも関わらず、未だに状況が掴めていない八吉は、丸くしている目で二人の顔を交互に見返していく。

「えっ、ちょ……、はあっ!? お、お前ら、牛小屋に行ってたんだろ!? なんで今のが聞こえんだよ!?」

「そりゃあ聞こえるさ。なあ、秋風君」

「はい。秋風と神音はペチャパイって、しっかりとこの耳で聞きました」

「嘘だろ!? 地獄耳でも聞き逃すような小さい声だったじゃねえか! お、おい鵺! お前のせいだぞ!」

 底無しの焦りで切羽詰まった八吉が、鵺を巻き添えにしようとするも、全ての元凶である鵺は八吉に指差しながら再び下駄笑いをしており、話を微塵も聞いていなかった。
 呆れ返った八吉が口元をヒクつかせると、胸ぐらを掴んでいる手に力が入り、グイッと前に引き寄せられる。
 そして、神音が空いている手で八吉の首を正面に向け、眉間にシワを寄せている顔を近づけていき、花梨に横目を送った。

「なーんか、急に焼き鳥が食べたくなってきたなあ。秋風君は、どう?」

「あー、やっぱり神音さんとは気が合いますねぇ。実は私も、巨大な焼き鳥が食べたいな~って、思っていたんですよ」

「……へっ? 焼き鳥? ……お、おい、まさか、俺を食うつもりでいるのか?」

「他に誰がいるっていうんだよ?」
「他に誰がいるっていうんですか?」

 目前まで迫る二人の顔が、声を揃えて言い放つ。すると、未曽有の恐怖を肌で感じ取った八吉が震え出し、大粒の汗が頬を伝っていく。
 焼き鳥に飢えた二人の捕食者の目は、今から八吉を食うと言わんばかりに捉えており、本気で食べられると危機感を抱いた八吉が、生唾をゴクンと飲み込んだ。

「お、落ち着けお前ら……。俺は雑食だから、食っても絶対に美味くねえぞ……?」

「美味い不味いは食ってから判断するさ。なあ、秋風君」

「はい。たぶんですが、八吉さんは美味しいと思います。私はタレで食べてみたいなぁ」

「いいねえ。じゃあ私は塩で食おっと」

「食う気マンマンじゃねえか! そ、そうだ、鵺、鵺っ! 助けてくれ! 俺を守ってくれるんだろ!?」

 窮地に追い込まれた八吉が、神にすがる想いで切願し、鵺という名の助け舟に手を差し伸べる。
 しかし、数十分前に四人を守ると大胆に宣言した鵺は、笑い過ぎたせいか力無く地面に突っ伏しており、体を小刻み震わせていた。
 その笑いの沼に囚われている鵺の耳に、八吉の必死な訴えが届いたのか、涙をまみれの嬉々とした顔を覗かせる。

「ハァ、ハァ、ハァ……。八吉、良い奴だったぜお前。せめてものなさけだ、骨ぐらいは拾ってやるよ」

「なっ……!? お前騙しやがったな! あ、いや、マジでお願いだ鵺! いや、鵺さん! 鵺様! 今だけでいいから助けてくれ!!」

 巻雲けんうんが颯爽と流れる青空の下。八吉の悲痛な助けは断末魔へと変わり、秋の風に乗って牛鬼牧場内に流れていく。
 その断末魔はしばらくの間は鳴り止まず、牛や羊達の平和な鳴き声を掻き消していった。
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