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逃げられない(1)

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 領民の腰痛について、なるべく早くジュリアスに伝えたいと思ったクリスティーナは、久しぶりに領主の屋敷へとやって来た。

(殿下、いらっしゃるかしら? 今日はこちらにいるって言っていたけど……)

 ジュリアスの予定を思い出しながら執務室に入ると、そこにはジュリアスとヘンリーがいた。

(ヘンリーもいる! 殿下の付き人だから当たり前か……)

 ヘンリーがいて当然なのだが、あまりに久しぶりに姿を見たため、戸惑いで心臓が大きく波打った。

「あークリスティーナ! 久しぶりじゃん!」
「お久しぶりですね、クリスティーナ」
「お、お久しぶりです殿下。……ヘンリーも久しぶりね」

 執務室に三人しかいないのに、無視することは出来ない。クリスティーナは目を合わせないようにしながら挨拶をした。

「視察からこっちに寄るのは珍しいね。どうしたの?」
「実はご相談したいことがありまして……」

(そうよ! 仕事の話をしに来たのだから、気まずくなんかないわ!)

 クリスティーナは気を取り直して、桑畑で聞いたことを話した。腰痛で多くの人が仕事を休みがちであること、人手不足解消に老人が駆り出されていること、当人たちは仕事を減らしたくないこと……。

「あまり大きな問題ではないですが、これから事業の拡大を目指すなら見過ごせないかと」
「そうだね。……クリスティーナは何か案を考えた?」

 黙って聞いていたジュリアスは、答えを出さずにクリスティーナへと尋ねた。
 思いがけない質問に、クリスティーナは頭をフル回転させる。

「えっと、まず一番負担の大きそうな農作業と製糸工程を調査して、作業道具の見直しをする。とかですかね。長時間座る椅子や重たい道具を改良出来れば、多少は負担が軽減すると思います」

 クリスティーナの提案にジュリアスは頷いて、にこっと笑った。

「じゃあ、それクリスティーナに任せようかな」
「え?」
「いつか僕と交代して本当の領主になる時、何か成果がないと、皆認めてくれないかもよー? 今のうちに、自分の手柄を立てておきな」
「はいっ……」

 ジュリアスは、本気でクリスティーナを領主にするつもりなのだろう。これは交代を見据えて出された課題だ。そう思うと自然とクリスティーナの背筋が伸びた。

「クリスティーナの案、良いと思うよ。後は……対症療法的な案も一つあるといいかな。現状、腰を痛めている人を直接癒すような、ね?」
「は、はい」

 ジュリアスのアドバイスは的確だが、具体的には教えてくれなかった。ここからは自分で考えるしかない。

(対症療法的な……でもどうしたら? 薬を安価で仕入れる? 鎮痛剤は副作用がありそうだし、もっと必要としている人々に回すべきわ。うーん……)

 すぐに結論の出るものでもない。資料を集めて色々検討する必要があるだろう。

「また改善案をまとめたら、ご相談させてください」
「オッケー」
「では失礼します」

 挨拶をして帰ろうと扉に向かうと、後ろから肩を掴まれた。

「クリスティーナ、少しお時間よろしいですか?」

 振り向くと、険しい顔のヘンリーがそこにいた。

(ヘンリーのこと忘れてた……!)
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