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逃げられない(2)

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「な、何かしら?」
「少し外に出ましょう。二人でお話ししたいので」

 ヘンリーは表情を変えぬまま、さっさと部屋の外に出ていく。
 おろおろとジュリアスに助けを求めたが、笑顔で手を振られた。

「で、殿下……」
「最近会ってなかったんでしょ? 婚約者なんだから、ちゃーんと話してあげなよー。ヘンリー寂しがってたよ」
「分かりました……では、失礼します」

 覚悟を決めてヘンリーの後を追うと、彼は庭で足を止めた。

「こうしてお話するのも久しぶりですね」
「そ、そうだったかしら……」

 後ろを向いたままそう言われて、曖昧な返事を返す。

「えぇ、三ヶ月以上も放置されていましたから」
「ごめんなさい、仕事が忙しくて……」
「もちろん仕事の忙しさは理解していますよ。ですが社交場への出席もほとんどなさっていませんね」
「お、お茶会やサロンには出ているのよ?」

 クリスティーナは確かに多忙だったが、人付き合いを疎かにしていた訳ではない。
 ソフィア主催のお茶会などに参加し、様々な人と交流を深めていた。

 そう伝えるとヘンリーは深いため息をついた。

「では僕との参加だけ、見送られているのですね」
「あっ、違……」

 振り返ったヘンリーと目が合った。彼の目には力がこもっており、何かに耐えているようだった。

(お、怒ってる? そうよね、理由も分からず避けられたら、誰だっていい気分はしないわよね……)

「ご、ごめんなさい……」
「なぜ貴女が謝るのですか? それは何に対しての謝罪でしょうか?」
「え、えっと、最近会わなかったこと……?」
「それは何故ですか?」
「っ……」

 それは何故か、ヘンリーを好きになったからだ。そう言えたらどんなに楽だろう。
 だけどクリスティーナは何も言うことが出来なかった。

「すみません。答えを急かし過ぎました。クリスティーナは、僕の婚約者でいることが嫌になりましたか?」
「っ! そんなことない!」

 それだけは違う。必死に否定すると、ヘンリーの表情が心なしか和らいで見えた。

「クリスティーナ、僕たちは家同士の政略結婚を予定しているのではありません。お互い好意を持った上での婚約、ですよね?」
「えぇ……そうね。その通りだわ」

(偽りの、だけれど)

 心の中でそう呟くと、少し虚しくなった。でも事実だ。

「では婚約者らしい振る舞いを一つ、お願いをしてもよろしいですか?」
「もちろん。私に出来る事なら何でも言って」

 笑顔を作ってそう答える。好意はバレてはいけないが、嫌われたくはない。たとえ偽りの関係でも、期限までは婚約者なのだ。求められることは全てやるつもりだった。

「来週、夏祭りがありますね。一緒に出かけましょう。迎えに行きますので」

 お誘い、というより確定事項の報告のようだった。
 まさかデートに誘われると思わなかったクリスティーナは、思わず口ごもる。

「あーその日は……」
「まさか仕事でなないですよね? 祭りの日は女神を讃える日。皆のお手本であるべき伯爵が、仕事をする訳がありませんよね?」
「もも、もちろんよっ」

 矢継ぎ早にそう言われては、仕事をするとは言えない。
 
「では楽しみにしていますね」

 ヘンリーの顔は笑っていたけれど、そこからは何も読み取れなかった。

(本当に楽しみにしてる!? どういうつもりなの……?)

「わ、私も楽しみよ……」

 ヘンリーの意図が全く分からなかったが、そう答えるしかなかった。
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