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★ピタラス諸島第四、ロリアン島編★

560:やめときなよそんな事

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「さっきからうるさいぞっ! 何をしてるっ!?」

 はっ!? ヤバイっ!?? こっちに来るっ!?!?

 ティカの叫び声を聞き、見張の兵士がガシャガシャと足音を立てながらこちらへ近づいてきたではないか。
 ティカは猛獣のような目で檻の外を睨み付けている。
 俺は、俺を食べちゃいそうなティカから逃げる為と、こちらにやって来る見張の兵士から逃げる為に、サッと隠れ身のローブを羽織って、壁際にピタリと身を寄せ、息を殺した。

 ランプを手に持った見張の兵士が、檻の中を照らす。
 光を避けるように顔を逸らし、フーフーと荒い息をしながら、かなり興奮している様子のティカ。

「なんだ? 何を喚いていた?? 大声を出したところで、お前の処分は覆らないぞ、反逆者めっ!」

 檻の鉄格子に近付き、ニヤニヤとしながらティカを見る見張の兵士。
 ギリギリと歯を食いしばるティカ。
 すると次の瞬間!

 ガシャンッ!!!

「ウギャッ!? なっ!?? 何をっ!?!?」

 突然立ち上がったティカは、信じられない速さで鉄格子の真ん前まで突進し、檻の外へと両手を伸ばした。
 そして、その大きな手で、見張の兵士の頭をむんずと掴んで、引き寄せたのだ。
 カッ! と目を見開き、嬉々とした表情で、両腕に太い血管を浮かばせながら、徐々に力を加えていくティカ。

「ギギッ!? やっ、やめろぉっ!!! ギギギギギッ!?!? ギャアアァァァー!!!!!」

 頭に被っていたかぶとが、メリメリと赤い鱗の皮膚にめり込んで、見張の兵士は悲鳴を上げた。
 兵士の頭部から、体表と同じ色の真っ赤な血が流れ落ちる。
 半ば宙吊りとなった形で、ティカの手から逃れようと、必死に手足をバタバタとさせる兵士。
 しかしながら、ティカはその手を緩めない。
 断末魔の叫び声を上げ、大量の血を滴らせながら、見張の兵士は白目を剥いて意識を失った。

「ふん。口程にもない」

 捨て台詞のようにそう言って、ティカは動かなくなった見張の兵士から手を離す。
 鎧を身につけた兵士は、力なく床に倒れ込み、ガッシャーン! と大きく音が鳴った。
 
 ほんの一瞬……、本当に、一瞬の出来事だった。
 恐ろしさのあまり、悲鳴を上げる事も、心の中でゴチャゴチャ考える事も出来なかった俺は、壁にピタリと背をくっつけたまま、1ミリも動く事が出来ず、呼吸すらも忘れてしまっていた。

 な……、ななな、何やってんだよティカぁあっ!?
 見張の兵士を手に掛けるなんて、何考えてんだよぉおぉぉっ!!?

「……モッモ、まだそこにいるか?」

 視線をキョロキョロとさせながら、ティカがそう言った。
 しかしながら、俺は今、これまで一度も感じた事のないような最大の恐怖を感じている為に、返事をする事が出来ない。

 なんかさ、ヤバくない?
 俺、めちゃくちゃ余計な事しちゃった感じ??
 ティカを助けようとしたはずが……、化け物に変えちゃったのかも???

 嫌な汗が背中を伝うのを感じながら、俺はそろそろと檻の中を脱出する。
 無論、身の安全を確保する為だ。
 ティカの手が届かないくらい、鉄格子から遠く離れた位置まで移動した俺は、ホゥと一息吐く。
 
 ここでなら、返事をしても大丈夫かしら……?

「案ずるな。さすがに君を食べようとは思わない」

 そう言ったティカは、俺をジッと見つめている。
 隠れ身のローブを纏い、姿を消しているはずの俺を、ジッと見つめているのだ。

 ……え? もしかして見えてるの?? 何故???

 てか、食べようとは思わないって言うけどさ、ついさっき、俺のこと見て美味そうって言ってたよな?
 なのにそんな……、信じられっこないだろう馬鹿野郎め。

「そこにいるのは分かっている。しかし……、そのまま話してくれた方が自分も助かる。何故だか、随分と腹が減っていてな。君の姿を見て、冷静でいられる自信がない」
 
 その場にドカッと座り込み、笑いながらも真剣な口調でティカは言った。
 
 つまり……、俺の姿は見えてないけれど、ここにいるのは分かっている、って事か。
 何故? どうやってだ?? 匂いでか???
 
 ……てか、我慢できる自信がないって、ヤバイじゃねぇか!?
 俺、今姿を現したら、もれなくティカに食べられちゃうって事!!?
 なんとまぁ恐ろしいっ!!!!

「いるのか? いないのか??」

 見えてないはずの俺を、ギロリと睨むティカ。
 そのお顔がもう、怖くて怖くて……

「いいいっ!? いまっすぅっ!!!」

 俺は急いで返事をした。

「良かった、まだいてくれたか。……さっきは済まなかった、美味そうなどと言って。しかし、我々紅竜人にとっては、野鼠は食物以外の何ものでも無いんだ。許してくれ」

 到底謝罪しているとは思えないほどに、悪びれる事なく俺を食べ物だと見なしていたことを告げ、軽く頭を下げるティカ。

 前も思ったけど、謝る気があるんなら、ちゃんと誠意のある動作をした方がいいと思うよ?
 何その軽い会釈?? 
 散歩中の挨拶じゃないんだからさぁ。

「自分は今から、ここでこいつを喰う。せっかく身体中の痛みが引き、立てるようになったというのに、腹が減った状態のままではチャイロ様をお守り出来ぬのでな」
 
 ……はい?
 今、サラッととんでもない事言ったよね??
 ティカは勿論、檻の外で倒れている見張の兵士を指差しているわけで。
 まさかとは思うけど……、共喰いするつもりですか???
 やめときなよそんな事、グロ過ぎるよ。

「予定に変更が無ければ、チャイロ様や自分を含め、生贄の儀式に参加する者達は昼過ぎに出発するはずだ。ただ、自分もまだ儀式を経験した事がない故な、詳細は分からない。生贄の祭壇がある奈落の泉へは、都を一度出た後、森の中を真っ直ぐ北へと進んでいく。さほど距離はないと聞いているが、儀式には高齢の大臣達はもちろん、楽隊の者も、王族の姫君達も参加されるはずだ。大人数での移動となる為に、皆の歩みはおそらく遅いだろう。チャイロ様は、専用の金箱に入られて運ばれる手筈となっているはず。救うとなれば、箱に入られる前が良いが……。何か良い案はあるか?」

 そう言いながらティカは、檻の中から手を伸ばして、倒れている兵士の尻尾を掴み、ズリズリと自分の方へと引き寄せ始めたではないか。
 
 お願いだから……、今はやめて!
 百歩譲って、共喰いはしてくれてもいいよ。
 止めたってどうせするんでしょ? 腹ぺこなんだもんね。
 だけど、せめて俺がどっか行ってからにしてくんないっ!?
 共喰いの現場なんて、これっぽっちも見たかないからねっ!!!

「えと……、あ、その事なんだけど……。ちょっといろいろと事情があって、チャイロは一度泉にし……、あ、いや、泉に行きたいんだって。だから、その……」

 さすがに、チャイロが泉に沈みたがっているとは言えまい。
 本当なら、チャイロの正体とか、何故泉に沈みたがっているのかとか、蛾神の事とか、全部洗いざらい説明すべきなんだろうけれど……
 今は手短に説明しないと、共喰いの見学をしなければならなくなるから駄目だ。

「ふむ、泉へ赴かれたいと仰られたのか……。真意は分からぬが、チャイロ様がそれをお望みなら、そうして差し上げねばならぬな」

「そ、そうだね。それでね……、外にいる僕の仲間にも状況を伝えられたから、たぶん助けに来てくれると思う。だから、何か行動を起こすのは、生贄の泉についてからって事で」

「なるほど、了解した」

 そう言ったティカは既に、気を失った見張の兵士の尻尾を檻の中に引き入れて、いつでも食べられる状態である。
 長居は無用だ……、早くここを出よう!

「じゃ、じゃあそういう事で! また後でねっ!!」

 そそくさと、この場を後にしようとする俺。
 しかしティカが……

「待てモッモ!」

「ふぁっ!?」

 まだ何かご用事でっ!?

「君はどうやって泉まで行くつもりだ?」

「へ? どうって……、あ、考えてなかった……」

 ティカに問われて、はたと気付く俺。
 どうやって、生贄の泉まで行こうか?
 生贄の儀式に向かう他の皆さんに紛れて行くか??
 けど……、さほど距離がないとはいえ、森の中だし、歩くのは嫌だなぁ。

 それにだ、俺は今現在、自由の身である。
 つまりは、このまま一人で王宮の外に脱出する事も可能なのだ。
 となると、一度外に出て、グレコと合流してから、チャイロを助けに向かえばいいのでは?
 ……いやいや、それはやめよう、チャイロの側にいなくちゃね。

「生贄の儀式には、生贄の他にも様々な供物を用意する。兵士達が南西の倉庫で用意をしているはずだ。姿を隠せるのなら、その供物に紛れて運ばれてはどうだ?」

「あ~……。うん、良い案だね。じゃあそうする」

 沸沸と煮えたぎる心の内をティカに悟られぬよう、棒読みで俺はそう答えた。

 ……けっ!
 このロリアン島に来てからは、ほんと散々だな俺ってばよっ!!
 拉致されたかと思えば、献上品にされて、ペットにされるかと思いきや、皆が厄介者扱いしてるチャイロのお世話係にされて、ついでに仲間だと思っていたゼンイには裏切られるし、挙げ句の果てには、移動する為とはいえ供物の仲間入りだぞ、冗談じゃないっ!!!

「うむ。では、また後ほどな」

「……うん、また後で」

 気を失っている兵士の尻尾を引き千切ろうと、両腕に力を込め始めたティカをその場に残し、俺はそそくさと地下牢を後にした。
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