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第7話 7軒目のカフェ巡り ― 郊外への小さな旅
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7軒目のカフェ巡り ― 郊外への小さな旅
翌朝、王都の空はどこまでも澄み渡り、軽やかな風が街路樹の枝葉を揺らしていた。
六軒目を巡ったあとからというもの、二人の間には、ひそやかな共犯めいた空気が生まれていた。
夢を語り合ったあの午後が、互いの距離を決定的に縮めたのだ。
「今日は……少し遠出をしてみませんか?」
ランスの提案に、カンヌの心は弾んだ。
「遠出? それって……」
「王都の郊外に、古い修道院を改装したカフェがあるんです。名前は“ルミエール”。評判は高いですが、場所が不便でなかなか足を運ぶ人がいない。だからこそ、静かで落ち着けるはずです」
カンヌは瞳を輝かせた。
「修道院のカフェなんて、素敵! ぜひ行きましょう」
◇
馬車に揺られながら、二人は王都を抜けて、郊外の緑豊かな丘陵地帯へと向かった。
窓の外には、秋の収穫を待つ黄金色の畑が広がり、小川のせせらぎが遠くから響いてくる。
「こうして郊外に出ると、同じ王国でも別の世界みたいね」
「ええ。王都の喧騒を忘れられる。僕は、この景色の中で飲むお茶が一番好きなんです」
小一時間ほどで馬車は停まり、二人の目の前に、白壁にツタの絡まる石造りの建物が現れた。尖塔を残したその姿は、確かに修道院の名残をとどめている。
「ここが……“カフェ・ルミエール”」
カンヌは息を呑んだ。扉の上には古びたステンドグラスがはめ込まれ、柔らかな朝日が虹色の光を落としている。
扉を押し開けると、木の床がきしみ、やわらかな鐘の音が店内に響いた。高い天井には古い梁が走り、壁際には蝋燭台が装飾として残されている。
中央には大きな窓があり、そこから差し込む光が室内を温かく照らしていた。
「まるで時が止まったみたい」
「ええ。ここに来ると、不思議と心が静まるんです」
二人は窓際の席に腰を下ろした。窓の外には修道院の庭園が広がり、季節の花々と小さな噴水が見える。
「おすすめは……“ハニーローズティー”と“森の木の実タルト”だそうです」
「響きからしてもう甘美ね。それをいただくわ」
「では、僕も同じに」
やがて運ばれてきた紅茶は、琥珀色の液体にバラの花びらが浮かび、ほのかに蜂蜜の香りを含んでいた。タルトは栗や胡桃、ベリーがぎっしりと詰まっており、焼き色のついた生地が香ばしい。
「いただきます……」
一口含んだカンヌは、思わず目を細めた。
「……薔薇の香りと蜂蜜の甘さが、こんなに調和するなんて。とてもやさしい味」
ランスもタルトを頬張り、微笑む。
「木の実の歯ごたえが心地よいですね。ひと口ごとに秋の恵みを感じます」
二人はそれぞれの感想をノートに書き留め、言葉を交わしながら味わった。
「ねえ……」
紅茶を口に運びながら、カンヌが静かに口を開いた。
「わたし、こうして郊外まで足を延ばすのも、悪くないと思ったの。街の華やかさも素敵だけれど……静かな場所でしか感じられない空気があるわ」
「同感です。喧騒の中では気づけないものが、ここにはある。僕はそれを文章にして、誰かに届けたいんです」
「……あなたの文章、読んでみたいわ」
「いつか必ず、お見せします。その代わり……あなたのノートも見せてくださいね」
カンヌは少し照れくさそうに笑った。
「まだ拙いものだけど……あなたと一緒にまとめるなら、もっと良いものになる気がする」
二人はまた未来の話をした。本にするなら、郊外特集の章を作ろうか。
王都からの日帰り旅として紹介するのもいい。
景色や人々の暮らしに触れる文章を挿絵と組み合わせたら、もっと豊かになるのではないか。
話は尽きず、ノートのページはまた賑やかに埋まっていく。
やがて陽が傾き、窓から差し込む光が黄金色に染まった。
「……今日は特別な一日だったわ」
カンヌの言葉に、ランスは頷く。
「僕も同じです。あなたと一緒だからこそ、そう感じられる」
二人は視線を交わし、静かに笑い合った。
その日のノートには、こう記された。
『7軒目:カフェ・ルミエール
ハニーローズティー――薔薇の香りと蜂蜜の甘さが、心を癒す。
森の木の実タルト――秋の恵みを閉じ込めた、香ばしい一皿。
郊外で味わう静かな時間。遠出をしてこそ見つかる、特別な幸福。』
インクが乾くころ、二人の心には新しい光が宿っていた。
それはきっと、次なる旅路を照らす導きのように。
翌朝、王都の空はどこまでも澄み渡り、軽やかな風が街路樹の枝葉を揺らしていた。
六軒目を巡ったあとからというもの、二人の間には、ひそやかな共犯めいた空気が生まれていた。
夢を語り合ったあの午後が、互いの距離を決定的に縮めたのだ。
「今日は……少し遠出をしてみませんか?」
ランスの提案に、カンヌの心は弾んだ。
「遠出? それって……」
「王都の郊外に、古い修道院を改装したカフェがあるんです。名前は“ルミエール”。評判は高いですが、場所が不便でなかなか足を運ぶ人がいない。だからこそ、静かで落ち着けるはずです」
カンヌは瞳を輝かせた。
「修道院のカフェなんて、素敵! ぜひ行きましょう」
◇
馬車に揺られながら、二人は王都を抜けて、郊外の緑豊かな丘陵地帯へと向かった。
窓の外には、秋の収穫を待つ黄金色の畑が広がり、小川のせせらぎが遠くから響いてくる。
「こうして郊外に出ると、同じ王国でも別の世界みたいね」
「ええ。王都の喧騒を忘れられる。僕は、この景色の中で飲むお茶が一番好きなんです」
小一時間ほどで馬車は停まり、二人の目の前に、白壁にツタの絡まる石造りの建物が現れた。尖塔を残したその姿は、確かに修道院の名残をとどめている。
「ここが……“カフェ・ルミエール”」
カンヌは息を呑んだ。扉の上には古びたステンドグラスがはめ込まれ、柔らかな朝日が虹色の光を落としている。
扉を押し開けると、木の床がきしみ、やわらかな鐘の音が店内に響いた。高い天井には古い梁が走り、壁際には蝋燭台が装飾として残されている。
中央には大きな窓があり、そこから差し込む光が室内を温かく照らしていた。
「まるで時が止まったみたい」
「ええ。ここに来ると、不思議と心が静まるんです」
二人は窓際の席に腰を下ろした。窓の外には修道院の庭園が広がり、季節の花々と小さな噴水が見える。
「おすすめは……“ハニーローズティー”と“森の木の実タルト”だそうです」
「響きからしてもう甘美ね。それをいただくわ」
「では、僕も同じに」
やがて運ばれてきた紅茶は、琥珀色の液体にバラの花びらが浮かび、ほのかに蜂蜜の香りを含んでいた。タルトは栗や胡桃、ベリーがぎっしりと詰まっており、焼き色のついた生地が香ばしい。
「いただきます……」
一口含んだカンヌは、思わず目を細めた。
「……薔薇の香りと蜂蜜の甘さが、こんなに調和するなんて。とてもやさしい味」
ランスもタルトを頬張り、微笑む。
「木の実の歯ごたえが心地よいですね。ひと口ごとに秋の恵みを感じます」
二人はそれぞれの感想をノートに書き留め、言葉を交わしながら味わった。
「ねえ……」
紅茶を口に運びながら、カンヌが静かに口を開いた。
「わたし、こうして郊外まで足を延ばすのも、悪くないと思ったの。街の華やかさも素敵だけれど……静かな場所でしか感じられない空気があるわ」
「同感です。喧騒の中では気づけないものが、ここにはある。僕はそれを文章にして、誰かに届けたいんです」
「……あなたの文章、読んでみたいわ」
「いつか必ず、お見せします。その代わり……あなたのノートも見せてくださいね」
カンヌは少し照れくさそうに笑った。
「まだ拙いものだけど……あなたと一緒にまとめるなら、もっと良いものになる気がする」
二人はまた未来の話をした。本にするなら、郊外特集の章を作ろうか。
王都からの日帰り旅として紹介するのもいい。
景色や人々の暮らしに触れる文章を挿絵と組み合わせたら、もっと豊かになるのではないか。
話は尽きず、ノートのページはまた賑やかに埋まっていく。
やがて陽が傾き、窓から差し込む光が黄金色に染まった。
「……今日は特別な一日だったわ」
カンヌの言葉に、ランスは頷く。
「僕も同じです。あなたと一緒だからこそ、そう感じられる」
二人は視線を交わし、静かに笑い合った。
その日のノートには、こう記された。
『7軒目:カフェ・ルミエール
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それはきっと、次なる旅路を照らす導きのように。
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