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♡ベランダ聖母♡

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 地方の繁華街の真ん中に聳えるマンションの最上階に住む武田恵子(27)は、ベランダに出て、縁に乳を乗せて日光浴させるのが唯一の癒しだった。

 商社マンの夫の稼ぎはいいが、出張が多く、ほとんど家に帰らない。赤ん坊の世話は全て恵子で、外に出ることすらままならない。夫が過度の心配性で、いや、異常と言っていい、恵子が他の男と喋るのも、接触するのも我慢ならないらしい。金があるからと結婚したのを今、恵子は激しく後悔している。

 だから今恵子はベランダの縁に乳を乗せ、搾って垂れた母乳を地上で大口開けて待っている売れない小説家の前田省吾に飲ましているのだ。

 武田恵子とは、3ヶ月程前に知り合った。小説のネタを探しに知らない街をぶらぶら歩いてると、繁華街の小さな神社にたどり着いた。境内で寝転んで空を見上げていると、視野をマンションに奪われた。

「うらぶれた地方都市にしては、立派なマンションだこと」

 そんな事を思いながら眺めていると、最上階(といっても15階ぐらいだ)に住む綺麗な女性が、ベランダの縁に乳を乗せているではないか。

「な、何してるんだ?」

 そんな省吾に気づいた恵子は、すぐに部屋へと引っ込んだ。

 次の日も省吾は、神社へと向かった。

 昼は近くのコンビニで買って、神社で食べた。夕方になっても、彼女は現れなかった。見られてしまったんだ、もうベランダには出てこなくなってもおかしくはない。諦めかけた黄昏時、彼女が現れた。そして省吾を見つけてから、恥ずかしげにブラを外し、ベランダの縁に乗せた。

 省吾は用意してあったダンボールを掲げた。そこには省吾の電話番号が書かれていた。恵子は一旦部屋に戻った。そしてスマホ片手に、ベランダに乳を乗せた。

「なぜ、ベランダに乳を?」

「これだけが、私の唯一の癒しなの」

 それから2人は話をした。何日も、何日も、神社とベランダで、夫のこと、子どものこと、視力がいい事、運動会のリレーでこけた事、過去の恋愛の話、近所の迷惑なおじさんのこと、色々なことを話した。もちろん、売れない小説家であることも。

「私のこと、書いていいわよ」

「ちょっと突飛すぎて、どうかな」

「ねえ、書いてよ、お願いよ」

「もう一つ、何かあれば、ね」

 省吾がそう言うと、恵子は乳を絞り、母乳の雨を降らした。




 省吾の書いた『ベランダ聖母』は大ヒットを記録して、映画化もされた。それから省吾が出す作品はことごとく売れ、ベストセラー作家の仲間入りを果たした。

「君の母乳を飲むたびに、創作意欲が湧いてくるんだ」

「うふふ、嬉しい。もっともっと、飲ませてあげる」

 そう言った恵子は今年で37歳、7人の子どもを持つ母親だ。そして8人目を今、お腹に宿している。
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