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三章
①
しおりを挟むカタンと軽い金属の擦れる音と共に回収箱が口を閉じる。白い手紙が吸い込まれていくのを横目に見送って、リアは小さく跳ねながら道路の僅かな高低差を飛び越えた。
「出せました?」
「ああ、今日か明日には役所の者が回収してくれるだろう」
リアの横に並びながら赤い視線がまだ背後に糸を引く。
「どこに出したんですか?」
「家の者にね。一応街を移動したら知らせているんだ」
「なるほど……」
それが教会の者にも伝わって、リアの所在も把握されているのかもしれない。
「時間を取ってすまなかった」
「気にしないで下さい。そんなに待ってませんもん」
ノストグの隣。王都の真上に位置し、主要都市で一番小さな領地のウノベルタ。ここに神殿はなく、目立った何かがあるわけではないらしい。
しかし、ネバスでは緑髪が、ノストグでは寒色の髪がよく見られた中で、この街では様々な色の髪を揺らした人々が集っている。
今まで見た二つの街が偏っていただけなのかもしれないが、リアにとっては真新しく、視界をカラフルに彩るそれらは心を躍らせた。
だから、ハリスを待っていた間も全然退屈なんてしていなかったのだ。
ノストグのように絶えず届いていた清らかな水音がないせいか、静かな印象は強い。
「今日はどの辺りまで進みます?それとも一日で抜けられちゃいますか?」
神殿がないということはここにはそう長居をする予定もないということ。残すはカルタニアの火の神殿のみ。そこへ行ってしまえばリアとハリスの旅は終わってしまう。
少しでも一緒にいたいとは思うけれど、関係のない場所に立ち寄ってハリスの時間を取ってしまうのも気が引ける。
不思議な夢は記憶の手掛かりではなかったが、魔力が戻っていることは確かだ。これから生活していくうえでも魔法は使えた方がいいというハリスの助言で神殿を巡る旅は続いている。
「……ハリス……?」
返答がないことを不審に思い、立ち止まるとハリスも同様に動きを止める。
険しい顔で視線を落とし、口を引き結んだハリスは、息をついて肩から力を抜くと決したように顔を上げた。
いつになく強張った端正な顔にリアはきょとりと瞳をしばたたかせる。一体どうしたというのか。
「図書館に寄って行かないか」
「え……?」
何を言われるのかと内心怯えていれば、何やら言葉が吐き出された。しかし、すっと耳を通り過ぎてしまってよく理解できなかった。
「図書館に、寄って行かないか……」
首を傾げたリアにもう一度同じ言葉を吐く。どうやら先ほど聞いたものは勘違いではなかったらしい。
「ウノベルタに神殿はないが、リオリス国立図書館という国随一の蔵書数を誇る図書館があるんだ」
もしかしてリアの知る「図書館」とは同じ響きの別の何かかもと思ったが、どうやら認識は間違っていないらしい。本が並んでいるあの図書館だ。
身構えて損をした気分だ。やけに怖い顔をしていたので何か大事なことを言われるのだと思っていた。
(それにしてもそんなに有名な図書館なんだ……)
ウノベルタに入る前には特に何もない、なんて言っていたのに。
「何か読みたい本があるんですか?」
「いや、俺じゃなくて……」
それ以外に何の用があるのかと思えば、ハリスは視線をうろつかせて最後にチラリとリアを気にしながら「リアは……」と零す。
「君は本を読むのが好きだろ?だから……どうかと思って……」
(俺のために……?)
それは、なんて幸福で残酷な響きだろう。身体の奥でソワソワと何かが湧き立って背筋が伸びる。そして、胸に走る窮屈な痛みが浮いた意識を現実に引き戻す。
「先を急がなくてもいいの……?」
「少しぐらい良いんじゃないか……」
勘違いしたら駄目。
ハリスは純粋に、せっかく来たのだから覗いて行ったらどうだと提案してくれているんだ。それだけなのだから変に喜び過ぎてはいけない。
だから―――。
ハリスが頷いて欲しそうにこちらを見ているのは、きっとリアが都合よく考えているから。
「じゃあ、行ってみたいな」
ただ本に対する興味だけはない。あなたと一緒にいるためという下心を見られたくなくて俯き気味にリアはそう答えた。
「わあ……すごい……」
自然と口が開いて感嘆の息が漏れる。国随一と言うからにはそれなりに広く大きなものなのだろうと思っていたが、まさかここまでとは想像していなかった。
円形状のシンプルな作りの建物だが、珍しく木造で作られていて暖かさを感じさせる。中央には螺旋階段があり、随分と高い位置まで伸びている。
「ここは十階まであって、各階ごとにカウンターで手続きをして本を借りるんだよ」
ハリスの視線の先、階段の横にはカウンターが設置されていて、職員と思わしき数人が作業に当たっている。
あそこに読みたい本を持っていけば貸し出しの手続きが済むらしい。また、返却は図書館出入り口にあるボックスに入れるようだ。
室内は壁一面に並ぶ大きいものとは別に、フロアに平行に並べられた本棚たちと読書用の長机。本棚ごとに数字が割り振ってあり、分類別に分けられている。
確かにこれだけ本があれば、階ごとに管理をしないと大変かもしれない。
ちょうど返却されたであろう本を積んだ職員が横を通り過ぎる。つい目で追っていれば、該当の本棚で立ち止まったと思えばふわりと本が浮きあがり隙間に収まっていった。
(魔法が使えると片づけるのも便利だなあ……)
上段は脚立など何か道具を使わないと届かない。ああやって魔法を使えれば結構楽に作業を済ませることが出来る。
よく見たら照明は天井などに備え付けられた物ではなく、暖色の光を灯したランプがふわふわと浮いている。これも魔法なのだろう。
「すごいなぁ……」
いくら周囲を見回しても興奮と関心は尽きずにあっちへこっちへと視線をうろつかせてしまう。
(イツキくんが見たら、きっと目を輝かせてただろうな……)
この圧倒される空間に、黒い髪を持った少年は目をキラキラさせて声を上げただろうと思うとどうしても寂しさが過る。
「リア?どうかした?」
「いえ、イツキくんが見たら同じようにすごいすごいって言うかなって……」
「確かにな……うるさそうだ……」
想像したのか、ハリスは煩わしそうに眉を寄せたが、その表情の中に親しみが隠れているのがわかる。
(今頃どうしているのかな……)
ノストグでのお披露目の時、リアは寝込んでいたせいで遠目から見ることすら叶わなかった。ハリスもずっと付き添っていてくれたから同じだ。
「やっと神子様が来て下さった」
「これで安心ね」
そう語らう街の人々を見た。皆一様に明るい表情で安堵を漏らしている。
神子と言う存在の大きさを改めて実感させられる。そんな人々を横目にハリスは「何をするわけでもないのに」と小さく言い捨てた。
「神子は癒す力を持っているが、だからと言って国民全員がその力の恩恵に与れるわけじゃない。誰にでも力を使っていたら体がいくつあっても足りないだろう?」
リアの疑問を読み取って付け足す。大きな事故などが発生した際に怪我の治療が行われることはあっても普段は王宮か王都の本殿にいるらしい。
もし何かあった時、その時は神子がいるから安心だと。そう思わせることが大事なのだと。
(やることがたくさんある訳じゃないんだな……)
それなら心配も多少は和らぐ。リアよりも小さな体が眼に浮かぶ。
せめて元気でいてくれたらいいと、そう思う。
ズラリと並んだ本に圧倒されながらゆっくりとした足取りで歩いていれば、「何か借りてもいいよ」と背後のハリスが言う。
「本当に?」
「ああ。リアの名義では借りられないから俺の名前で借りることにはなるが……一冊二冊ぐらいならそう時間もかからず読めるだろ?」
「そうだけど……」
そんなにのんびりしていいのだろうか。あと一つ神殿を訪れれば終わるのに、直前で時間を使っては……。
「あとは火の神殿を訪れるだけなんだし、少しぐらい大丈夫だよ」
迷うリアを後押しするべくハリスが言葉を重ねた。「ほら」と背中に手を添えられ、もう片方は前方に伸ばされてリアを先に促す。
「じゃあ……少しだけ……」
「うん」
少しだけ、少しだけ。それならきっと許されるかな。
本当にいいのかなと、迷う気持ちもあるがやはり好きな人と一緒にいられるのは嬉しいもので、リアはワクワクした心に素直に従って本を手に取った。
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