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第一章 或る令嬢の没落

三、斜陽の令嬢

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「はぁ・・・・・・」
 生あくびやため息が止まらない。

 お洗濯の最中でも、思い出すのは昨日の出来事。
 婚約者の振る舞いに、血を流す女性、そして波のように迫る男達――
 混沌とした光景が、夢か回想か曖昧なまま脳裏をぐるぐると回り、藤花は明け方になって布団から這い出した。
 水垢離のように体を清め、お粥を少し食べたが、頭も体もうまく働かない。

 昨日は法事に一日を費やした為、家事と内職が溜まっているのだ。
 女給の仕事へ行く前に、ちゃっちゃと片付けて――

「私・・・・・・何でこんなに頑張っていたのかしら・・・・・・」
 洗濯物を干しながら、ふと呟く。
 両親が亡くなってから、藤花は家事と労働に勤しんでいた。
『結婚するまで、御両親の遺産は大事にとっておいた方がいい』と婚約者の母親に言われて、生活を切り詰めてきたのだ。
 女学校を退学し、お手伝いさんを雇うのを止めて、自分の生活を賄っていた。
 しかも、大輔が学生になってからは、彼に仕送りまで――

(結婚しないって言っているのだから、もうお金も送らなくていいよね)
 高鴨の婿として迎えるため、彼の精進のためになるからと信じて仕送りしていたのだ。
 それを、あんな形で裏切られるとは。

(・・・・・・そんな事より、もっと有意義なお金の使い方をしないと)
 洗濯を終えて、ぐるりと辺りを見渡せば、雑草を抜いただけの寂しいお庭。
 掃除をかかさない屋敷も、所々がたがきている。
(春になったら、家の修繕を頼もうかしら)
 壁を塗り直したり、雨漏りのする箇所をふさいだり。
 これから、新しい婿を探さなければいけないのだから――と、ふと考えて。

「お婿さん、なんて来てくれるのかしら・・・・・・」
 ぽつりと呟く言葉が、何もない庭に響く。

『みっともない』『恥ずかしい』とまで言われた小娘に、新たな縁談を探す伝手はない。
 高鴨子爵家は、藤花の生まれる前――曽祖父が子どもの頃までは、不自由ない暮らしを送っていたらしいが、金融恐慌や事業の失敗で次第に廃れていった。
 そして、今の当主夫妻が相次いで亡くなってからは、風前の灯とも世間では言われている。
 残された血縁は、藤花一人のみ。
 大輔の婿入りが決まっていたからこそ、かろうじて存続している家であった。

 せめて、『霊力』というものがあれば――藤花は昔の出来事を思い出す。
 古くから続いている華族の中には、悪しき怨霊や妖怪を征伐し、国を護る者達もいるらしい。
 母はそんな家系の生まれだったらしいが、霊力に恵まれず、他家へと嫁ぐことになったという。
 自分や藤花が、そのような才を持っていれば、生活に困らなかったはずだ・・・・・・と、父亡き後に母が申し訳なさそうな顔をしていた。

 このままでは、世間の流行りに乗って廃爵となってしまうのみ。
 正直に言うと、税金や諸々の支出を考えると、小娘一人で屋敷を支えるのはしんどい。
 爵位を返上し、屋敷を売り払い、どこか住み込みの女中や女工となるほうが、生活は身軽である。
 しかし、両親を亡くして間もない藤花にとって、屋敷を捨てる事は躊躇われた。

(今度、弁護士さんと相談しようかしら)
 現在は、大輔の宣言だけの婚約破棄。
 氷室家の意向も確認しておきたい。
 洗濯籠を抱えながら、藤花はこれからの予定を組み立てるのであった。
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