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第二章 花散る所の出涸らし姫

十七、目指す術者の姿とは

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 静まり返った夜更け過ぎ――

 藤花は撫子が住む邸宅を離れ、都市公園へと赴いていた。
 豊かな自然に恵まれ、古来より人と鹿に親しまれたこの地は、いつも賑わいを見せている。
 このような時刻では流石に通行人の姿はなく、静けさが満ちていた。
 満開を迎えた桜を、街灯が仄かに照らす光景は幻想的で、花見をするには最適だろう。
 そんな場所で、藤花は――

「葵殿ぉ! そちらに行きましたぞぉ!」
「分かっている! お前達は持ち場を離れるなよ!」
「勿論にございまするぅ!」
「藤花嬢は我々にお任せくだされぇ!」

 花ではなく、逞しい男達に囲まれていた。

 切っ掛けは、以前に言われた言葉。
『もう少し術者のことについて学んだ方がいい』
 今まで術者の世界とは無縁の世界で生きてきたが、撫子の世話をするにあたって、もう少し知識が必要だろうと、葵に相談してみたのだ。
 すると、『機会があれば』とのお返事をいただき、その数日後に霜凪家の車が迎えに来てくれたのだ。
 なんでも、都市公園に怨霊が集まってきたため、葵達が浄化に赴く現場へとお誘いいただいたのだ。

 まさか、いきなり、現場を見学なんて――
 到着するまで緊張していたが、藤花が心配していたような危険は何一つなかった。
 桜の木々の影には、黒い靄のような存在が群れを成しており、ゆっくりと迫る姿には此方を害そうとする意志を感じる。
 しかし、葵と、高遠を始めとする霜凪の男達は強かった。
 藤花を少し離れた所に避難させると、全員で迎え撃ち、黒い靄は少しずつ数を減らしていった。

(霜凪は、『水』の気の性質を持つ家・・・・・・象徴する季節は冬で、色は黒・・・・・・)
 此処に来るまでに、紅鏡から教わった知識を思い出す。
 五行の思想は藤花も何となく理解しているが、それが霊力や術にどう現れるのかという観点からは、想像がつかない。
 葵がどんな術を用いているのか、と目を凝らしてみるが――
「藤花嬢! 大丈夫でござるかぁ!?」
「わ、私は、全然大丈夫ですので・・・・・・」
 葵の配慮で、藤花は前後左右を霜凪の男達に囲まれている。
 視界が遮られ、筋肉と筋肉の隙間から覗き込むことしかできなかった。

 時々、此方へと寄って来る靄もあるのだが――
「ふんっ!」
 男達が殴りつけると、薄い氷を踏んだ時のような音を立てて砕け散った。
「す、すごい」
「ふふん」
 藤花の呟きに、怨霊を倒したばかりの一人が構える。
 自慢の筋肉を見せつけるかのような体勢であった。
「我らは鍛えた体こそが武器そのもの。霊力を込めて繰り出す拳に砕けぬものはありませぬ」
「うわぁ・・・・・・」
 思わず、拍手をしてしまう。

 周囲を見れば、男達の大半は、武器を持たずに己の体一つで怨霊に立ち向かっている様子。
 武器を持つ者は少数であった。
(まさか、葵様も筋肉で・・・・・・)
 霊を殴りつける麗人など見たくない・・・・・・いや、少し見たい。
 期待と不安を込めて、葵の姿を探した。

「葵殿っ」
「分かっている」
 背後から迫りくる怨霊にも動じていない様子で、葵は構えていた。
 彼女の手に握られているものは、小振りの刀。
 それを、居合のような動作で抜く。
(は、速い)
 藤花は、一連の動作を目で追いきれなかった。
 理解できたのは、葵の持つ白刃が僅かに黒い輝きを帯びていることや、怨霊の体が雪のように崩れていくことだけであった。
 怨霊との戦いなど恐ろしいはずなのに、散りゆく桜と合わさって、それは幻想的な光景に見えていた。
(葵様、素敵・・・・・・)
 戦う姿も格好いい。そして美しい。
 藤花が胸をときめかせている間に、彼女達の戦いは終わっていた。


 葵達に何度もお礼を言いつつ、霜凪の車で邸宅へと帰った頃には明け方を迎えていた。
 食事の準備をし、起床した撫子に供した後、藤花はひと眠りすることにした。
 眠気と疲労に負けてすぐ眠りに就き、目を覚ましたのは昼前のこと。
「うう・・・・・・もう、お昼の時間ね・・・・・・」
 自らも空腹を覚え、急いで昼餉の準備をしようと部屋を出る。

「ん-」
 台所で料理をしていると、外から可愛らしい唸り声が聞こえてきた。
 窓から外を覗けば、庭に撫子が佇んでいる姿が見えた。
 彼女は右手に扇子を持ち、目の前の紅鏡に突きつけるように掲げていた。
「ん-」
 撫子は目を閉じ、眉根を寄せて、必死に堪えているような表情を見せている。
(一体、何をしているのかしら?)
「ちび姫、其方は『術が使えるようになりたい』というがな」
(・・・・・・ああ、そういう感じの訓練かしら)
 紅鏡が撫子に語る言葉で、彼女は扇子に霊力を込めようとしているのかと考えた。
「術の発現には、術者の想像力が必要だ。己の霊力を、どのような形で体外に出すか・・・・・・それが定まっていない今、無理に術を使おうとしても危険だぞ」
「ん-」
 紅鏡の言葉に拗ねているのか、撫子は唇を尖らしていた。
(かわいい)
「それに、其方の霊力は・・・・・・やはり、どこかに吸い上げられてるのか・・・・・・己に蓄積できておらぬな」
「そうなの?」
 その言葉に、撫子は肩を落とす。
 霊力が無い――紅鏡曰く『常に吸い上げられている』状態であった撫子は、出会った当初は、本当にやせ細った儚げな姿をしていた。
 藤花が組紐編みを手伝い、栄養や睡眠で心身の健康を取り戻した今なら、霊力とやらも少しあるんじゃないか――と、藤花も期待してしまうが、まだのようだ。
「あの組紐だけでなく、他の要因があるのかはっきりはせんがな・・・・・・今の其方にできることは、体と心を育てることだ」
 それに答えるかのように、撫子の腹がきゅうっと音を立てる。
 恥ずかしかったのか、彼女は頬を染めて俯いた。
(かわいい)

 撫子の体と心を育てるのは、藤花の役目――
 早く昼食をお出しすべく、作業を再開した。
(撫子様・・・・・・どんな術者になるのかしら・・・・・・)
 ふと思うのは、撫子の将来の姿。
 できれば、筋肉を鍛えたお嬢様は見たくないな、と願うばかり。
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