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二章
5.逃避
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香澄が永瀬の家を出て数十分後。
自宅の最寄り駅に着き、帰り道を歩いているところで、香澄のスマホが突然震えだした。――永瀬からの着信だ。
彼は朝に弱い。特に休日は予定がなければ10時頃まで寝ていることが多いので、まだ6時を回ったばかりのこの時間に起きるのは非常に珍しい。
帰宅後、起きる頃合を見計らって謝罪のメッセージを送ろうと思っていたのだが、どうやらその前に目を覚ましてしまったようだ。
香澄はひとつ大きく深呼吸をすると、通話ボタンを押した。
「…もしもし」
『香澄?いまどこ?』
もしかしたら開口一番叱られるかも、と思ったが、聞こえてきた声は怒りというよりは心配を多く含んでいるように思えた。…自分がそう思いたかっただけかもしれないけれど。
「今、家に帰ってるところ。ごめんなさい、何も言わず出てきちゃって。今日朝から予定があったの、すっかり忘れてて…」
『起きたらいないからびっくりした。起こしてくれてよかったのに』
「ぐっすり眠ってたから…。でも今度からは、そうするね」
言いながら、彼の家に泊まりに行く「今度」はいつ来るのだろう、と答えのない問いが頭をよぎった。
『…あのさ、今日また会えないかな。少しでもいいから、会って話したい』
その言葉に、香澄は暫し押し黙った。
会って話すとは…何を?他に好きな人がいるから別れたいと?それとも疑う自分を宥めて、言いくるめようと?
そのどちらにも、今の自分では冷静に耐えられる自信がない。
「用事、夜遅くまでかかりそうなの。明日からまた仕事だし、だから今日は…ごめん」
『…そっか。分かった』
「本当に、ごめんなさい。…それじゃあ、ね」
そう言って電話を切ろうとした香澄を、永瀬が「香澄」とその名を呼んで引き止めた。
「…なに?」
『なんかあった?』
「え?」
『いや、俺の勘違いかもしれないけど…昨日いつもと様子が違った気がしたから。もしかして、何か悩んでるのかなって』
察しのいい彼は、やはり香澄の不自然な態度に気付いていたらしい。
香澄は逡巡した。今この不安を口にするべきかどうか。
勘違いならいい。でも…そうじゃなかったら?
その先の自分の行動がまるで予測できない。まだ何一つ整理しきれていないこんな気持ちのままでは、いたずらに状況を混乱させるだけだ。
「…ううん。何でもないよ。心配してくれてありがとう。…ごめん、私急ぐからそろそろ」
本当はそんな用事などないが、早く電話を終わらせたくて嘘をついた。これ以上声を聞いていたら、虚勢を張れそうになかったから。
『分かった。また連絡する』
「…うん。また」
途切れた電話から、無機質な機械音が響く。
なんとか上手く平然を演じられたことに胸をなでおろしながらも、先の見えない暗闇に捕らわれたまま、香澄は解決の糸口を再び見失ってしまった。
自宅の最寄り駅に着き、帰り道を歩いているところで、香澄のスマホが突然震えだした。――永瀬からの着信だ。
彼は朝に弱い。特に休日は予定がなければ10時頃まで寝ていることが多いので、まだ6時を回ったばかりのこの時間に起きるのは非常に珍しい。
帰宅後、起きる頃合を見計らって謝罪のメッセージを送ろうと思っていたのだが、どうやらその前に目を覚ましてしまったようだ。
香澄はひとつ大きく深呼吸をすると、通話ボタンを押した。
「…もしもし」
『香澄?いまどこ?』
もしかしたら開口一番叱られるかも、と思ったが、聞こえてきた声は怒りというよりは心配を多く含んでいるように思えた。…自分がそう思いたかっただけかもしれないけれど。
「今、家に帰ってるところ。ごめんなさい、何も言わず出てきちゃって。今日朝から予定があったの、すっかり忘れてて…」
『起きたらいないからびっくりした。起こしてくれてよかったのに』
「ぐっすり眠ってたから…。でも今度からは、そうするね」
言いながら、彼の家に泊まりに行く「今度」はいつ来るのだろう、と答えのない問いが頭をよぎった。
『…あのさ、今日また会えないかな。少しでもいいから、会って話したい』
その言葉に、香澄は暫し押し黙った。
会って話すとは…何を?他に好きな人がいるから別れたいと?それとも疑う自分を宥めて、言いくるめようと?
そのどちらにも、今の自分では冷静に耐えられる自信がない。
「用事、夜遅くまでかかりそうなの。明日からまた仕事だし、だから今日は…ごめん」
『…そっか。分かった』
「本当に、ごめんなさい。…それじゃあ、ね」
そう言って電話を切ろうとした香澄を、永瀬が「香澄」とその名を呼んで引き止めた。
「…なに?」
『なんかあった?』
「え?」
『いや、俺の勘違いかもしれないけど…昨日いつもと様子が違った気がしたから。もしかして、何か悩んでるのかなって』
察しのいい彼は、やはり香澄の不自然な態度に気付いていたらしい。
香澄は逡巡した。今この不安を口にするべきかどうか。
勘違いならいい。でも…そうじゃなかったら?
その先の自分の行動がまるで予測できない。まだ何一つ整理しきれていないこんな気持ちのままでは、いたずらに状況を混乱させるだけだ。
「…ううん。何でもないよ。心配してくれてありがとう。…ごめん、私急ぐからそろそろ」
本当はそんな用事などないが、早く電話を終わらせたくて嘘をついた。これ以上声を聞いていたら、虚勢を張れそうになかったから。
『分かった。また連絡する』
「…うん。また」
途切れた電話から、無機質な機械音が響く。
なんとか上手く平然を演じられたことに胸をなでおろしながらも、先の見えない暗闇に捕らわれたまま、香澄は解決の糸口を再び見失ってしまった。
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