隠れて付き合っている完璧な天使様が、実は『経験済み』だなんてきっと誰も思わない。

もろ平野

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梅雨とコーラと、恋心。

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「今日、すっごいな」

いつもはこれ程分かりやすく甘えてくることがないのだ。疲れたと言っていたけれど、相当だったのだろう。

というか、それにしても、何と言おうか。

「…………きっついわぁ」

腕の中でこうも思い切り眠られるのは、信頼されているのか、それともはたまた。

僅かに開いた桜色の唇がやけに色っぽく見えて、思わず目を逸らしてしまう。何となく自分が『悪いこと』を考えているように思えて、思考を無理やり回想に引き戻した。記憶の中から浮かび上がってきたのは、梅雨の頃のこと。





「柊さん、あと帰ってもらって大丈夫。もう大した量残ってないから」

しとしとと降る雨の音と、シャープペンシルを走らせる音が放課後の教室に響いている。『天使様』と2人きりだけれど、何のことはないいつもの委員会業務だ。

もうすぐ終わるし、と申し出たのだけど、柊さんはやんわりと笑って、

「いえ、申し訳ないですし手伝わせてください」

と言う。うーん、と1つ考えて、反駁する。

「高橋さんたちから勉強会に誘われてなかった?盗み聞きしたみたいで申し訳ないんだけど」

高橋さん、とはクラスメイトの女子生徒だ。柊さんのことが大好きなんだろうな……というのを全身で表しているような人である。

柊さんにもうすぐ終わるものを手伝わせるのも、柊さんを借りっぱなしなのも申し訳ないから、と続ける。

さああ、と静かな雨の音が響いた後、天使様は口を開いた。

「お誘いを頂いたので早く行きたいのも本当ですが、時任さんにお任せするのも悪い気がしますから」

僅かな蒸し暑さが、次に訪れるであろう夏を感じさせている。再び柔らかい雨音と、書類に走らせるシャープペンシルの音が響く。


おお、思ったより早く終わった……と、最後のプリントに記入を終えて、とんとん、とプリントの角を揃える。


「ありがとう、手伝ってもらって助かった」

「いえ、普通のことです」

何のことはない会話を交わした後、もう一度口を開く。

「さっきの今で申し訳ないんだけど、あと10分、時間を貰ってもいいかな」

『天使様』は不思議そうに首を傾げたけれど、頷きを返してくれた。

「はい、構いませんが……」

何をするんですか?という言外の問いには、

「ちょっとした『悪いこと』、かな」

とだけ答えて、教室を出る。廊下に出て外を見ると、雨足は強くなっていた。

歩きながら、1つ質問をしてみる。

「テストで50点の人が10点伸ばすための勉強と、90点の人が100点を取るための勉強、どっちが楽かなぁ」

それほど待たずに、答えは返ってきた。

「90点の人が100点を取る勉強の方が、辛いと思います……?」

何ぞその質問、という表情の『天使様』に同意を返す。

「うん、そう思う。……はい、着いた」

目の前には、やたら種類豊富なことが売りの自動販売機。

「飲み物、ですか?」

そう、飲み物である。もちろん気になるのは、なぜ『天使様』を連れてきたのか、ということだと思うけれど、それは今から。

100円を入れて、缶ジュースを1本、を2回繰り返す。

「はい、これコーラっていう最高に悪い飲み物なんだけど」

ますます分からない、という顔の『天使様』に、言葉を重ねる。

「柊さんは、ずっと全員の100点を取ろうとしてるふうに見える」

取るに足らない、烏滸がましくて罪悪感すら覚えてしまうような、意見の押し付け。ただの知ったかぶりだよ、と続けて、「健康面から考えると100点には程遠い飲み物だけど」と半ば強引にコーラを天使様の手の中に滑り込ませる。炭酸苦手だったらどうしよう。

「全教科100点ってやっぱ、大変だろうからさ。それを目指すことを否定したりはしないけど、…………俺くらいは100点じゃなくてもいいよって、ただそれだけ」

自分でもカッコつけてるわぁ、という自覚があるだけに、どうも顔が熱い。

恐る恐る、というよりは少しだけ勢いをつけて『天使様』の顔を見ると、どんな表情を選んだらいいか分からない、というような顔をしている。間に流れた時間は嫌ではないけれど、なぜだか言葉足らずだった気がして言葉を滑り落とす。

「それ、めちゃ砂糖その他が入りすぎてて体に良くはないけど、良かったら飲んで。……でも美味しいから、『悪い』けど捨てたもんじゃないよ」

ダメだ、何を喋ってもカッコつけてるようにしかならない。こうなったら即時撤退だとっとと帰ろう……と手を挙げかけると、それと同時に『天使様』が声を上げた。

口を開いて、閉じて、もう一度開いて、音が届く。

「時任さんは、すごいです。……言葉にしてくれて、自分でも納得したというか」

それは珍しく、というかその時な初めて見た、言葉にならない言葉を重ねようとする『天使様』などと大げさな名で呼ばれる、1人の女の子の姿だった。

「だから、その、……ありがとう」

柔らかな雨の匂いに乗せて、ありがとう、と言葉を紡いで『天使様』は笑う。蕾が開くように笑ったその時の天使様は、『天使様』なんて言葉では表せないくらい可愛らしくて、今度はこちらが言葉を失ってしまう。

照れ隠しついでに、もう一つ記憶の中にカッコつけてみる。

—その時抱いた気持ちを、人は『恋』と呼ぶのかもしれない。

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