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強者の祭典

再会

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 アルガーンからアルプロンタまでは馬で走れば二日、荷車を引いていれば四日程度だが、荷車付きで長期間の馬の貸出金は中々の額だし、今回は低額の定期運行馬車に乗ってアルプロンタへ行くことにした。定期運行馬車っていうのは特定の国と国を行き来する大きめの荷馬車で、所謂バスみたいな物だ。
 ある程度離れた国だと直接の便は無く一度別の国を経由することが多いのだけど、アルプロンタの様な大きな国だと数は少ないが直通便もあり、俺達は今その場車に乗っている。

「うぷっ……」
「ちょっと。吐くなら降りて脇でして下さいね。この馬車先頭なんですから」

 青ざめた顔で口元を押さえるクラガに、エリシアが呆れたように肩を竦めた。

 アルプロンタ直通馬車が翌日の早朝にあると知った俺達は、それぞれ事前に準備を整えてからギルドの酒場で宴をしていたのだけれど、年齢的に酒が飲めない俺と自分の飲める量を把握しているエリシアとは対照的に、クラガは浴びるように飲み干していた。……あの木刀の支払いの解決が余程嬉しかったんだろうな。

 そんなこんなで当日。絶賛二日酔いで死んでいるクラガとは対照的な程晴れやかな青空の下、三台の荷車が並んで進んでいた。幌のお陰で直射日光もないし気温もそれ程高くない。進むスピードはそれ程速くはなく、時折揺れる馬車が心地良いくらいだ。クラガにとっては地獄だろうけど。

「今日はどの辺りまで行くんでしたっけ?」
「アルガーンから一番近い運行馬車の補給地、だったかしら。近いと言ってもかなりの距離はあるそうですから、夕方くらいになるそうですよ」
「そうですか」

 最初は初めて乗る幌付きの馬車に多少興奮していたが他の乗客もいる手前あんまり動き回ることも出来ないし、景色を見ようにも窓なんてものは無いし、正直若干飽きてきた。

「貴女たちもアルプロンタのお祭りにいくの?」

 どう暇を潰そうか考えていると、前に座る初老の女性が話しかけてきた。

「お祭り? 統合武道祭典コンバートル・フェスティバルのことですか?」
「ええ。この時期のアルプロンタは国中が大賑わいでね。屋台やパレードが至るところで催されてね、その戦い以外を目当てに来る人も多いのよ。一番後ろの馬車に小さな子達がたくさん乗っていたけれど、あの子達もそれが目当てなんじゃないかしら」
「そうなんですね。おばあさんもそうなんですか?」
「ええ。この時期になるといつも夫と一緒に行くのよ。もう何年目かしらね」

 そう言って笑う女性。しかし両隣に座っているのは彼女の夫とは思えない若い男と子供だったから不思議に思っていると、馬の手綱を握っている男が大きく咳払いをした。……なるほど。良いご夫婦のようだ。

 てっきり統合武道祭典コンバートル・フェスティバルしかやっていないと思っていた俺とエリシアは、その女性から毎年どんな催しがあるか聞いたり、興味をもった他の乗客達と色んな事を話しながら、なんだかんだと楽しい馬車の旅を満喫していた。

 それからしばらくして、日が傾き始めた頃に中央の馬車からそれは聞こえた。

「お、おいあれ!」

 怯えた様な男の声が聞こえたかと思えば連鎖するように悲鳴が聞こえ、俺達も幌から顔を出してその方向、左右に広がる草原の左側に目を向けると、複数の何かが近づいてくるのが見えた。

「あれは……レッサーデビル?」

 レッサーデーモン。確かシルエットはカンガルーに近い、小さな手に強靱な足を持つ魔物。しかし見た目はそんな可愛いものでは無く、名前の通り悪魔みたいな赤黒い皮膚の醜悪な見た目だ。基本十体以上の群れで行動し、中堅以上の冒険者でも三人以上いないと危険のある魔物だ。

「運行馬車の進路は魔物が出ない様ギルドや周辺の国によって常に整備されているのですが……やはり完全ではありませんね」
「飛ばすぞ! 全員捕まってな!」

 運転手の老父が怒鳴ると、馬車の速度を上げ後続の馬車も同じように着いてくる。

「これは……追いつかれますね」

 レッサーデビルの群れとの距離は徐々に詰まりつつある。この馬車と二番目の馬車はもしかしたら逃げ切れるかもしれないが、それは三番目の馬車を犠牲にした場合だ。

「アリア、行きますか?」

 エリシアが荷物の中に手を入れ、その中の木刀を取り出す。俺はそのまま頷こうとして、視界の隅に怯えて泣いている子供が目に入った。

「いえ、エリシアはここに残って下さい。もしかしたら取り逃した奴や別の魔物が来る可能性もありますし、それに私よりエリシアの方が安心して貰えます。……クラガさんまだ死んでますし」

 寄り添って貰えるなら自分より少し上の子供より綺麗なお姉さんの方が良いだろう。……良いよな?

「分かりました。アリアなら心配ないと思いますが、お気をつけて」

 俺はしっかり頷き、如月を持って馬車から飛び出す。
 相手は数が多い。取りこぼす可能性も踏まえると、戦うのは出来るだけ馬車から離れている方が良いだろう。俺は速度を上げて、レッサーデビルの群れへ駆けた。防具を着けてない分いつもより身軽に動けるけど……その分慎重に戦わないと。

 先頭の個体とぶつかる寸前、俺は上に飛び相手の突進を避けながら如月で首を跳ね飛ばし、その後ろの個体を上から両断しながら着地し、更に回転して周囲の個体の胴を斬り付ける。

――離れた距離から火焔弾でも打ち続けておれば良いのでは無いか?
「それだと子供とかが余計怖がるかもしれないからな。ここならまだ離れてるから派手なことさえしなければ見えないだろう、し!」

 正面からの蹴りを如月で受けながらそのまま後ろへ飛ばされ、そのまま振り向いて後ろにいたレッサーデビルの足を斬る。

「んなっ!」

 しかしその刀身は足を両断せず、むしろ厚い筋肉に捉えられてしまった。その隙を逃すまいと、残った数体のレッサーデビルが周囲から牙と爪を剥き出しにし襲い掛かる。とっさに手足の防具で防ごうと構えるが、そうしてから今防具を着けていないことを思い出した。

 間に合うか……!?

 こうなっては仕方ないと左手に魔力を流し魔法の準備をするが、それを放出するより早く、その牙や爪が俺に届くよりも早く、全てのレッサーデビルが文字通り原形をとどめず崩れ落ちた。

「……え?」
「ごめん。みんなを落ち着かせてたら遅くなっちゃった」

 突然の出来事に呆然としていると、背後からかけられた聞き覚えのある声に振り向いた。

「レイさん!?」
「うん。久しぶり」
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