アレキサンダー・プディングタイム・ショート

楠丸

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1章

人間寿司

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 某地方都市の大通りに建つ、八階建ての、白亜仕様の外観を持つ企業ビルだった。ホンダラ商会、という社名がカルプ貼りされたその大きくそびえるビルの前に、三人の若い立哨警備員がいる。

 いずれも身長ばかりはそこそこあるが、制服の生地が余るまでに痩せこけた細長型の体つきをしている。

 そこへどこからともなく、一人の男がぬっと現れた。

 男はスキンヘッドで顎髭を生やし、タンクのような胸板に鎧のような僧帽筋をし、三人の警備員を片腕にぶら下げて、頭上まで上げ下げ出来んばかりの腕をしている。身長は2メートル超えで、推定体重は120キロといったところか。

 服装は金色のリングガウン、ラメのブーツを履き、両拳にはオープンフィンガーグローブを嵌めている。やや潰れ加減の、打撃系格闘家によく見られる低い鼻をしている。

「すみません。入店許可証はお持ちでしょうか」左端のエントランス脇に立つ、顔立ちを見ると比較的根性がありそうで、聡明そうな顔をした警備員が男に声を掛けた。

「どけ、と言ったらどうする?」男が肚から押し出すような低声で言い、警備員は一瞬、うっとなった表情を浮かべたが、その顔はすぐに臨戦のものに変わった。

 警備員が見上げる形の睨み合いが続き、エントランス右脇の二人は、固唾を吞み込んだ顔と、へっぴりの体恰好でそれを注視している。

 警備員が、やーっ! という声を発して、男の顔面に左右のワンツーを放ち上げた。スピードはそこそこで、基本的に運動神経は悪くないのだな、と思わせる動きだが、場慣れしていないことが腰つきから覗える上、腰の回転が伝わっていない「手打ち」のパンチだった。

 入場するレスラーのような男は、上体を軽く反らすだけでそのパンチを見切り、腰をふんと入れた掌底打ちを、警備員の顔面中央に入れた。制帽が飛び、小気味よい打撃音と擦過音を立て、警備員は尻から路面に落ちた。

 エントランス右脇に立つ、草花のような体つきをした警備員が、顔を歪めて大きく両腕を振り上げ、男に殴りかかった。殴り方としては、プロレスで言うところのナックルパートのようで、握った拳の指側で相手を打つものだが、その動きは、ヒステリーを起こした女そのものだった。

 いー! いー! と聞こえる、気合のつもりらしい裏返った声を振り撒きながら、懸命に男の肩、胸をぽこぽこと叩くその警備員に右のローキックが入り、彼は声も立てられずにうずくまり、団子虫の恰好になった。

 残ったもう一人の警備員は、化石のように表情、体を硬直させ、案山子のように立ち果てるばかりになっていた。

 男が歩を詰めると、彼は背中を向けて走り出した。完全な職務放棄である。男がその警備員の襟首を捕まえることは造作もないことだった。初めのダッシュ具合、走り方で、運動神経がまるでないことが瞭然と分かる。

 男は片腕だけでその警備員を制圧、掌握し、加減したボディブローをその鳩尾に叩き込むと、泣き声混じりの苦悶の声を上げる彼を、軽々と叩きのめした二人の同僚の前に引きずった。

 男の片手だけで、三人の男の体が段を成して、殴りかかった順から、下、中、上、と手際よく、せっせと積み上げられた。

「人間寿司、完成だ。お前が皿で、お前がしゃりで、お前がネタだ」男はその三段重ねの警備員達を見下ろしながら、クールな呟きを落とした。

「俺はお前らスットコ警備保障の本部から派遣された抜き打ち試験官だ。お前ら、こんな体たらくじゃ駄目だぞ。今日から腕立て、腹筋、背筋、ヒンズースクワット百回、それと、格闘のイメージトレーニングを自分に課せ。強くなる努力ってもんを、自分から始めろ。分かったか」

 泣き声と悶え声を発し、積み重なったままの寿司達に男は残し、回れ右をしていずこへともなく去った。

「ママ、あれ、何?」若い母親に手を引かれた幼い男児に指を差された一貫の寿司は、各々屈辱の表情を浮かべることしか出来なかった。




 
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