アレキサンダー・プディングタイム・ショート

楠丸

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3章

アンクルハローズ

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 私鉄駅のプラットホーム、それぞれ、白とピンクのシュシュでポニーをまとめた、紺色のブレザーネクタイ、スカートに、飾りつけの特にされていない通学鞄を持った、二人の女子高生だった。白のソックスが秋の温かな日差しに眩しく映え、サイズ小さめの革靴に包まれた足も愛らしい。

 二人は育ちの良さが覗える話し方をし、緻密な書き込みの入った英語のノートを見せ合い、笑顔で勉強の談義を交わしている。

 その二人の女子高生の前に、一人の中年男がぬっと立った。

 デニム地のチューリップハット、ピンクの長袖シャツにウエストバッグ巻き、黒のスラックス、裸足の足に草履という出で立ちをした、五十代と思われるその男は、腰に着けた手首の掌を水平に立て、二人の女子高生に向かって、にっこりと満面の笑みを浮かべた。

 きゃあ! という悲鳴が上がり、顔一面を引き攣らせた女子高生達は、ノートを小脇に抱え、列車の先頭方向へ逃げ去った。

 氏名不詳のその男は、掌を下ろしても、その顔に愉悦の笑みを浮かべ続けていた。

 小気味よくスイングする電車内には、学校帰りの男女中高生が多い割数を占めていた。チューリップハットの男が見つめる先には、三人仲良く並んで座る、淡いブルーのブラウスに紺のスカートという制服姿をした女子高生が座っていた。彼女達は、ボリュームを抑えた声で、屈託なく笑いながら会話をしている。話の内容は、推しのアイドルに関することのようだった。三人とも、若さの醸し出す愛らしい顔をしている。

 数瞬ののち、その顔が凍りつき、ぎゃあ、という悲鳴が発せられた。

 目の前に、目尻を下げ、口角をにんまりと上げた中年男が、掌を水平上げして、案山子のような体恰好で立っていたためだった。

 その男は、少女達の悲鳴を背に、前の車両へと移動した。

「有名なんだよ。最近、柏のほうにも出るんだって。こんにちはおじさん‥」車両の端から、男子高校生の話し声が上がっていた。

 駐屯地のタワーが見える町だった。昭和の頃には商売も盛んであったが、現在はシャッターを下ろし、長くそのままである廃商店の立ち並ぶ、人気のない通りを、編み上げのベストに白ブラウス、チェックのスカートの姿の女子高生が、鞄を荷台に載せ、自転車で走っていた。背中までの髪を下ろし、耳を出したヘアスタイルで、兎を思わせる顔立ちをしている。

 下校中の彼女が漕ぐ自転車に、どこからか涌いて出たように現れたチューリップハットの中年男が、そのペダルの動きに合わせるようにして並走し始めた。兎のような女子高生のほうを向く顔には、満面の笑みが浮き出している。

 女子高生は、顔いっぱいに驚きを刻み、高い悲鳴を上げ始めた。悲鳴の兎顔女子高生が漕ぐ自転車に、男はしばらく貼りついて走り続けた。

 沼地の雰囲気を持つ、開発の行き届いていない町だった。暗みの落ちた、駅から住宅街へ続く道を、二人の女子高生が、路面の小石を踏みしめるような足取りで歩いていた。

 踝まで吞み込んだスカート、エナメルの靴、龍や日章旗の図柄、愛國、喧嘩上等などの文字が刺繍されたジャンパー、暴走族のチーム名らしいロゴのステッカーを貼り、ぺちゃんこに潰した鞄を肩に担ぎ、濃いファンデーション、マスカラ、紫のルージュを塗り、一人が茶髪のポニーテール、もう一人が青のメッシュが入ったアフロパーマの髪をしている。

「今日、マジむかついたよ。でも、あんな婆あ、殴ったってしょうがねえし」「あんなんシカトに限るよ。どうせ思いつきで、適当のぶっこき抜かしてんだからさ。だから、卒業か、やめる時に一発かまし入れて、奥歯がたがた言わしてやろうよ」「んだな」

 二人は迫力満点に交わしながら、じゃり、じゃり、とにじり歩いた。

「あ?」茶髪ポニーテールの少女が眉を鋭く潜めて、真横を睨んだ。アフロパーマの少女も、同じ方向を見た。

 チューリップハットを被った五十男が、何をアピールしたいのか、両掌を水平に立てた恰好で立ち、にっこりと笑いかけている。

「変態野郎!」高く張り潰した巻き舌の怒号を発したアフロパーマの少女が、男の顔面にフック気味のパンチを打ち込み、頬肉が高く鳴った。

「死ねよ、この変態野郎!」茶髪ポニーテールの少女も、よろめいた男の腹部に前蹴りをぶちかました。

 チューリップハットが飛び、てっぺんの禿げた頭が露わになった。倒れた男の胸部、腹部、背中を、キックのシャワーが洗った。

 アフロパーマの少女が唾を吐き捨て、二人は睨みと罵りを肩越しに送りながら、住宅街の方向へ歩み去り、消えた。

 男はしばらくその場に這ったのち、手を着いてよろよろと中腰になり、落ちたチューリップハットを拾い、被り直した。

 そこへ男女の小学生グループが通りかかり、鼻血の顔をした男はまた、生ある全てのものを慈しむような笑みを浮かべ、掌を水平に立てた。

 小学生達は、誰一人として、彼に構うことなく、ランドセルを鳴らして、ませた語彙表現の会話をしながら通り過ぎていった。

 
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