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1話 愛してと願う事

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 炎。

 その炎は黒かった。

 漆黒のすべてを包みこむ闇の色。
 夜の闇よりも、もっともっと濃い黒。

 そして全身を包むようなおぞましい感じ。

 私は今その炎に囲まれていた。
 はぜる火に、肌を焼くような強い熱気。

「嫌っ!!助けて!!おばあ様っ!!お母さま!!!」

 閉じ込められたガラス張りの部屋で私は必至に叫ぶけれど、ガラス越しに見えるお母さまと姉のデイジアは笑っているだけ。ほかの神官達も私が焼かれるのを無表情で見つめている。

 私は一人ガラスの小さな温室のような場所に閉じ込められ大勢の神官達が取り囲む中で焼かれている。

 ガラス張りの建物の中は闇の炎で覆われ逃げられない。
 肌を焼くような熱さと息苦しさと……そしてなにより魂すら奪われそうな感覚。

 部屋中を覆っている炎は私を包み込み、それなのになぜか私の周りで燃え盛るだけで、私に燃え移らない。それでも息苦しさで意識が飛びそうになる。

『あなたは可愛いデイジアちゃんの為に生贄になるの。
 安心して、貴方のもつ【聖気】はちゃんとデイジアちゃんに引き継がれるわ。
 アルベルト皇子も貴方ではなく、デイジアちゃんと結婚することになる。
 貴方はいらないのよ。ソフィア。おとなしく【セスナの炎】で焼かれなさい』

 と、心の底から嬉しそうに言うお母様の顔が浮かぶ。
 
 昔からそうだった。お母さまは私を醜い子として扱って、いつも金髪で可愛いデイジアばかり可愛がっていた。
 私はお母さまの視界にすら入る事を許されなかった。

 それでも、歴代聖女の中でも最高の聖気をもっていたといわれる、おばあ様が生きていた頃は私も聖家『リザイア家』の聖女の一員として扱われていたけれど、おばあ様が死んだ途端、母の指示で神殿の皆が私を無視するようになった。
 必要最低限の身の回りの者がつくだけで、私は神殿の一角に閉じ込められた。

 だから聖女の儀式で私の【聖気】の力が強いと知った時、とても嬉しかった。

 茶髪で醜い私でも【聖気】があればみんなに認めてもらえる。
 お母様に見てもらえる、デイジア程じゃなくても愛情を貰えるかもしれない。

 そんな事を考えていたのに。

 でも、現実はもっと残酷だった。

 私のもつ【聖気】をデイジアに譲渡するために、私は生贄にされた。
 
 デイジアの契約した魔炎【セスナの炎】で焼かれれば、私のもつ【聖気】はデイジアに移行すると私は閉じ込められ、焼かれている。

 苦しい。熱い。助けて。死にたくない。

『貴方は死ぬの。デイジアのために』

 何故か外にいるはずのお母様の声が聞こえた気がした。
 
 どうして? 私は何がいけなかったの?
 デイジアと同じだけ愛してなんて言わない。
 それでも、少しの愛情が欲しかった。
 私を見て欲しかった。

 茶髪なのがいけないの?
 デイジアみたいに美人じゃないからいけないの?

 勉強もいっぱいしたよ。
 聖女の修行も凄く頑張った。おかあ様に認めてほしかった。

 それでも認めてもらえるのはいつもデイジア。
 私じゃない。

 死にたくない。生きていたい。まだやりたいことはたくさんある。


「いつか、僕が皇帝になったら結婚してほしい」

 そう私に微笑んでくれたアルベルト皇子の顔が浮かぶ。

 小さい時した約束。
 私の住む小さな神殿の敷地内に偶然迷い込んできてから、アルベルトは私と遊んでくれるようになった。
 あの時は結婚の意味なんてわからなかったけれど、彼が最初で最後の友達だった。
 隔離されていて、世間を知らない私の相手をしてくれた唯一のお友達。

 時々忍び込んできてくれて、私と一緒に遊んでくれた。
 それがとても嬉しくて、彼の事が大好きだった。

「アルベルト皇子はあなたには似合わないわ。私がもらってあげる」

 今度はデイジアの顔が浮かんだ。

 デイジアは小さい時アルベルト皇子の事を、身分の低い妾の子ってすごい馬鹿にして虐めていたのに、アルベルト皇子が頑張って皇位に近づいた途端、欲しいって言いだした。

 デイジアが欲しいって言いだして、お母さまも同意してしまった。
 そして、アルベルトさえも。

 小さい時から、私のものは全部欲しいとデイジアが言えばお母さまが私から取り上げる。
 それが当たり前で、どうしようもなくて、逆らえなかった。

 そしてお母さまがお前は、皇位につけない庶子の子供がお似合いだわと、アルベルトと婚約したはずだったのに、婚約もなかったことになった。
 みんなの前でアルベルトに婚約破棄されてしまったから。
 神殿の儀式の最中、公衆の面前で私はアルベルトから婚約破棄を言い渡されて、その場でデイジアとの婚約が発表された。

 それからアルベルトも、私を虐めるようになった。
 まるで汚物をみるかのような目で私を見て、デイジアと一緒に無視したり悪口を言うようになったんだ。

「お前みたいな茶髪の醜い女、皇位に有利になるから近づいただけだって」

 唯一のお友達だと思っていた子すら、友達じゃなかった。
 結婚してほしいという言葉すら嘘だった。

 なんで? 私が何をしたの?
 私は何もしてないよ。
 だれかに愛されたいと願う事がそんなにいけない事なの?
 私は誰かに愛される事を望むことすら許されないの?

 デイジアほどじゃなくていい、お母さまに私を見てほしかった。
 デイジアみたいに抱っこされたなくてもいい、でも声をかけてほしかった。
 目を合わせてほしかった。

 じりじりと迫って来た炎がとうとう私を包み込む。

 そして――

 ぶわぁぁぁぁぁ!!!

 物凄い爆音で炎が急に爆ぜ、闇の炎が私を飲み込んだ。

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